十五年越しの再会
執務机に突っ伏したまま、
アルフレッドは目を覚ました。
どれほど眠っていたのだろう。
固まった背と肩が軋み、思わず大きく伸びをする。
ぼんやりと天井を見上げているうちに、
先ほどまで見ていた夢の余韻が胸に広がった。
「……懐かしい夢を見たな」
誰もいない執務室で、小さく呟く。
あの日から、もう十五年になる。
病弱で、加護もなくて。
誰かに守られてばかりだった幼い僕に、彼女は笑って言った。
──私たち二人を足して二で割ったら、ちょうどいいわよ。
アルフレッドはそっと懐へ手を入れ、
小さな箱を取り出した。
蓋を開ける。
そこには、淡い輝きを宿した指輪が一つ。
昨夜、何度も確かめたはずなのに。
今日もまた、傷ひとつないそれを見て、自然と口元が緩んでしまう。
「今日こそ、君に会いに行くよ。セレスティア」
机の端には、朝一番に届けさせた花束と、
彼女へ贈る品々が並んでいた。
どうやら昨夜は、準備に浮かれすぎて徹夜してしまったらしい。
それでも、眠気より。
高鳴る気持ちの方が、ずっと勝っていた。
長い間、胸の奥で抱き続けてきた約束を。
「ようやく果たすことができる」
そう勇んで、アルフレッドは伯爵家へ向かった。
たどり着いたアルフレッドを待っていたのは、
ベルフォード伯爵夫妻と、一人の少女だった。
セレスティアよりも年下に見える、どこにでもいそうな愛らしい少女。
そんな姿を見ても、
アルフレッドの心は少しも動かなかった。
「……セレスティアは、どこにいるのですか」
問いかけると、
伯爵は気まずそうに視線を泳がせた。
「そ、それが……セレスティアは、少々身体が弱くてですね。公爵閣下のお役には立てないかと」
伯爵は、
隣に立つ少女をそっと前へ押し出す。
「こちらは次女の──」
少女は頬を染め、
恥ずかしそうにアルフレッドを見上げていた。
……くだらない。
アルフレッドは、
ただ呆れたように息を吐く。
セレスティアの方が、ずっと綺麗だった。
太陽みたいに笑って。
怒る時は誰よりも強くて。
泣いている僕に、何度だって手を差し出してくれた。
目の前の少女を責めるつもりはない。
だが、彼女をセレスティアの代わりにしようとする伯爵には、吐き気がした。
「伯爵」
アルフレッドは、ゆっくりと伯爵へ近づいた。
「私は、セレスティアがどこで療養しているのかを聞いています」
「い、いや。
しかしあの子は病弱で、今では加護もろくに──」
そこまで言いかけた瞬間。
ドンッ、と鈍い音が室内に響いた。
アルフレッドは伯爵の顔のすぐ横へ腕を突き出し、背後の壁を叩いた。
「っ……!」
伯爵の顔から、さっと血の気が引く。
「私が若いからといって、ずいぶん軽く見られているようですね」
低い声だった。
それでも、逃げ場をなくした獣を追い詰めるような圧があった。
「もう一度だけ聞きます」
伯爵の目を、まっすぐ見据える。
「セレスティアは、どこにいるのですか」
伯爵は震える唇を開いた。
「……へ、辺境の療養地です」
「場所を」
「は、はい……すぐに地図を用意させます!」
ようやく得た答えに、
アルフレッドは腕を下ろした。
その目から冷たい光は消えていなかった。
地図を受け取ると、
アルフレッドは休む間もなく馬車を走らせた。
──数日後。
北部辺境にある、小さな集落──リュネ村。
山と草原に囲まれたその土地は、
王都から遠く離れ、行商人が訪れるのも月に一度あるかどうかだった。
村の外れに建つ、小さな古びた小屋で、
セレスティアはゆっくりと目を覚ます。
「……もう朝なのね」
重い身体を起こし、壁の上部にある小さな通気窓へ手を伸ばした。
木の小扉をつっかえ棒で開けると、眩しい朝の光と、ひんやりとした風が室内へ流れ込んでくる。
空は、雲ひとつない晴天だった。
「いいお天気……なのに、身体は相変わらずね」
小さく息を吐き、
セレスティアは扉に手をかける。
がちゃ。
その先には、
満面の笑みを浮かべる、見知らぬ大柄な男が立っていた。
「……」
セレスティアは、ゆっくりと扉を閉めた。
そして両手の指先で、
まぶたの上から目元を軽く押さえる。
「……疲れているのかしら」
首をかしげ、少しだけ待った。
気を取り直して、
もう一度そっと扉を開ける。
そこにはやはり大柄な男が、満面の笑みで立っていた。
「…………」
バタンッ!
今度は、先ほどよりもずっと大きな音を立てて扉を閉めた。
「おかしいわ。とうとう幻覚まで見えるようになったのかしら……」
セレスティアはふらりと寝台へ戻ると、掛け布団に潜り込んだ。
「もう一度寝ましょう。きっと、寝れば治るわ」
頭まで布団をかぶった、その時だった。
コン、コン、コン。
扉の向こうから、控えめなノック音が響く。
「セレスティア」
聞こえない、聞こえない。これは幻聴よ。
「セレスティア。開けてくれ」
聞こえないったら、聞こえない。
「君に会いに来たんだ。約束を果たしに来たんだよ」
どこか泣きそうな声が、扉越しに聞こえてくる。
セレスティアは、ぎゅっと目を閉じた。
けれど、ノックは止まらない。
コン、コン、コン。
「セレスティア」
「……もうっ!」
とうとう我慢の限界だった。
セレスティアは勢いよく掛け布団をはねのけ、怒りに任せて扉へ向かう。
そして扉を開けないまま、思い切り叫んだ。
「勧誘も、押し売りもお断りよ!」
ぴたり、と。
扉の向こうが静まり返る。
帰ったのかしら、とセレスティアが思った次の瞬間。
「違うよ」
低く、それでもどこか切羽詰まった声がした。
「僕だよ。セレスティア」
その声に、セレスティアは息を止める。
「……僕?」
「アルフレッド・グランヴィルだ」
一瞬、記憶の底に沈んでいた小さな少年の姿がよみがえった。
色白で、細くて。
すぐに泣いてしまうのに、私のことを憧れだと言ってくれた、あの子。
「……アル?」
震える手で、セレスティアは扉を開けた。
そこに立っていたのは、自分より頭ひとつ分以上も大きく、逞しい身体をした青年だった。
仕立てのいい服を身にまとっている彼は、
昔とはまるで別人に見える。
だけど、その瞳だけは。
泣き虫だったあの少年の面影を、確かに残していた。
「え……?」
セレスティアは、何度も瞬きをする。
「ま、まさか……本当にアルなの?」
「うん」
青年は、ほっとしたように笑った。
「会いたかった。セレスティア」
「えええええええっ!?」




