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白馬の王子様との約束

お読みいただきありがとうございます。


本作は、全8話で完結予定の短編恋愛ファンタジーです。


かつて自分を守ってくれた少女を、十五年越しの約束どおり迎えに行くお話です。


最後までお楽しみいただけましたら幸いです。

晴れ渡る空の下。


公爵邸の庭園にある小道で、身なりのいい一人の少年が、同年代の子どもたちに囲まれていた。


「お前、公爵家だからって調子に乗るなよ」


「生意気なんだよ」


口々に浴びせられる罵倒。

次いで、いくつもの手が少年へと伸びる。


「や、やめてよ……」


抵抗を試みるが、少年にできるのは身体を丸め、頭をかばい、泣きながら耐えることだけだった。


僕は、公爵家の長男なのに。


本当は、誰よりも強くならなくちゃいけないのに。


それなのに、いつも咳が出る。

剣を握ることさえ、まともにできない。


神さまから、加護だってもらえなかった。


そんな僕に、両親は冷たく当たる。


なのに、どうして。

どうして、他の人にまでいじめられなくちゃいけないんだろう。


その時だった。


「あんたたち、何やってるの?」


凛とした少女の声が、庭園に響いた。


顔を上げると、小道の脇にある一段高い植え込みの上に、一人の少女が立っていた。


そこは石積みで縁取られた花壇だった。

青々とした低木のあいだから、彼女がこちらを見下ろしている。


年は、彼らと同じくらいだろうか。


太陽を背にした少女は、石積みの縁へと軽やかに足をかけた。


ふわり、とスカートの裾が舞う。


彼女はためらいもなく飛び降り、軽やかに着地する。


そして、いじめっ子たちをじろりと睨みつけた。


「げっ、出た。“白馬の王子”だ」


誰かがそう呟いた、次の瞬間。


「ヒーローキック!」


駆け出した彼女の足が、先頭にいた少年の腹へ、見事な飛び蹴りを叩き込んだ。


「この私にコテンパンにされたくなければ、さっさと逃げることね」


彼女は腕を組み、堂々と胸を張った。


いじめっ子たちは舌打ちをすると、しぶしぶといった様子で離れていった。


「可愛くねえんだよ、このゴリラ女!」


「凶暴女、嫁のもらい手なんかねぇぞ!」


そんな捨て台詞を残して。


「なんですって、むきー!」


彼女は目を吊り上げ、悔しそうに地団駄している。


「……あの、」


僕が声をかけると、彼女は、はっとして振り返った。


「ごめん、ごめん。あのクソ……悪ガキに怒っちゃって、君のこと忘れてた」


てへっとお茶目な顔をして、彼女は座り込む僕に手を差し出した。


「私はセレスティア・ベルフォードよ」


その名を聞いて、思わず息を飲んだ。


子どもは七歳になると、教会で加護があるか確かめてもらえる。


──セレスティア・ベルフォード伯爵令嬢。


彼女は、“追い風の加護”を授かった伯爵令嬢として有名だった。


追い風の加護は、何をしても不思議とうまくいく祝福。


反対に僕は、何の加護も持たない“加護なし”だった。


初めて会う彼女に、僕の胸がぎゅっと苦しくなる。


「ねぇ、あなたのお名前は?」


返事をしない僕を前にしても、彼女の笑顔は何も変わらなかった。


陽に照らされた姿が、きらきらと輝いていて……気づけば僕は、差し出された手を掴んでいた。


「僕は、アルフレッド・グランヴィルだよ」


彼女は嬉しそうに笑った。


「よろしくね、アル!」


それから、公爵家では同年代の子どもたちを招いたお茶会が、たびたび開かれた。


病弱で、加護も持たない僕は、

相変わらずいじめっ子たちに目をつけられる日々を過ごしていた。


「加護なしのくせに、公爵家の長男だってさ」


「近づくなよ。うつるかもしれないだろ」


言い返したくても、

身体が思うように動かない。


「やめなさい、あんたたち!」


聞き慣れた声とともに、セレスティアが駆け込んでくる。


彼女はいつだって迷いなく僕の前に立ち、いじめっ子たちを追い払ってくれた。


「またやったら、今度こそコテンパンじゃ済ませないんだからね!」


腕を組んで胸を張る彼女の背中は、小さなはずなのに、とても大きく見えた。


強くて、まっすぐで、

誰かのために怒れるセレスティア。


僕はいつからか、そんな彼女に憧れるようになっていた。


お茶会の喧騒から少し離れた庭園の端。


石積みで縁取られた花壇のそばに、

僕とセレスティアは並んで腰を下ろしていた。


「もう。たまにはやり返しなさいよ」


頬を膨らませながら、セレスティアが言う。


その言葉に、僕は顔を曇らせた。


「……僕、体が弱いから」


膝を抱え、うつむく。


「喧嘩なんてできないし。

無理をしたら、すぐに咳が止まらなくなるんだ」


本当は、やり返したい。


僕だって強くなりたい。


どれだけ願っても、

身体は僕の言うことを聞いてくれなかった。


「そっか」


セレスティアの声が、急に小さくなる。


「ごめんね。無神経だったよね」


いつも強くて、誰よりも堂々としている彼女らしくない、元気のない声だった。


その声に、僕ははっと顔を上げた。


「違う!」


初めて自分でも驚くほど大きな声が出た。


セレスティアが、

目を丸くして僕を見る。


「セレスティアは、いつも強くて……かっこよくて」


胸が苦しくなる。

うまく言葉にできない。


……それでも、伝えたかった。


「僕の、憧れなんだ」


彼女はしばらく、

きょとんとしていた。


やがて、ふっと笑みをこぼす。


「何それ。女の子に、強くてかっこいいなんて」


「ご、ごめん……」


どうしよう。

彼女を守りたいのに、逆に傷つけてしまった。


「ううん。ありがとう」


セレスティアは、

少しだけ照れたように笑った。


「でもね、アル。

私だって、そんなに立派じゃないのよ」


「え?」


「だって私、すぐ怒るし。乱暴だし。

お父さまにもお母さまにも、そんな性格じゃ将来が心配だって言われてるもの」


彼女は、さっきまでいじめっ子たちを追い払っていた手を、ぎゅっと握りしめた。


「きっと、私も一人じゃうまく生きられないわ」


その言葉に、胸が苦しくなる。


「僕もだよ」


気づけば、そう答えていた。


「僕も、一人じゃ生きていけない。

身体も弱いし、加護もない。何をしても、みんなみたいにはできないんだ」


セレスティアは悲しげに目を伏せ、

しばらく黙っていたが、やがてぱっと顔を上げた。


「じゃあ、一緒にいればいいじゃない!」


「……え?」


「私たち二人を足して、二で割ったら、ちょうどいいわよ」


彼女は当然のことのように、笑った。


「私がアルを守る。

アルは、私が困った時に助けてくれればいいの」


「僕が?」


「そうよ。アルは頭がいいもの。

私にないものを、たくさん持ってるわ」


差し出された手は、小さくて、あたたかかった。


「だから、一緒にいましょう」


僕は、その手を両手で包んだ。


「うん」


泣き虫で、弱くて、何もできない僕でも。


彼女となら、少しだけ未来を信じられる気がした。


「いつか……」


セレスティアが、不思議そうに首をかしげる。


「いつか僕が、

白馬の王子様になって迎えに行くから」


「え?」


「今日みたいに、君が僕を助けるんじゃない。

今度は僕が、君を助ける」


精一杯の決意だった。


けれどセレスティアは笑わなかった。


「うん。待ってるわ、アル」


その笑顔を見た瞬間。


僕は本当に、いつか彼女を迎えに行こうと決めた。

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