小さな暴君
会議室の空気は妙に張りつめていた。
理由は明白。今行われているのが生徒会と風紀委員会の合同会議だからだ。
風紀委員ーーそれはこの学園において、生徒会が定める「校則」とは別の規則、「風紀規定」を独自に定め運用する存在。その規定は服装や身だしなみ、ときに生徒の私生活に踏み込むことさえある。
生徒会と対立することも多く、その主な理由は「校則」と「風紀規定」の衝突にあった。
「先日そちらが制定した「風紀規定第56項」は明らかに我々が定める「校則第89条2項」に抵触しかねない。それ故に「風紀規定第56項」については、そちらで再度検討の上、変更もしくは撤廃をしてもらいたい」
是乃氷羽は感情を排した冷たい声を放つ。それが提案ではないと、誰もが理解した。理はこちら側にあることを、彼は一切疑っていない。
「冗談じゃない!」
声の主は、あの是乃氷羽を真正面から睨み据えて言い返した。是乃とは対照的な、熱をもった声が会議室に響き渡る。
「アタシにはアタシの正義があるの。あんた達に指図される謂れはないわ」
ツインテールを揺らしながら是乃に訴える少女。背も低く、体つきも華奢。「風紀委員」の腕章は生地を余らせ、頼りなく巻かれている。だが、腕を組み椅子に深く腰掛ける様は、その見た目に不釣り合いなほど尊大だった。
室内は一触即発だった。少なくとも俺には、この場を収められる人間がいるようには思えなかった。
「また会長に噛み付いてるよ、あの「小さな暴君」様は」
「去年のこともあるし会長のこと嫌ってるんだよ」
俺の周りからヒソヒソとそんな声が聞こえてくる。
「南城先輩、あの中等部の子誰ですか?」
俺は隣に座る副会長に小声で問いかけた。
「あら、知らなかったの?ああ見えて紅葉君と同じ高等部一年生よ」
耳元にかかる小声混じりの吐息が俺の思春をくすぐる。やめてくれ、その術は俺に効く。
彼女の名前は南城テレス。日本有数の大企業兼九条学園最大のスポンサーである南城グループ取締役の一人娘にしてこの学園の生徒会副会長。
そのおっとりとした雰囲気と優しい声、それなりに高い身長と柔らかな体つきから発せられる包容力から、裏では「九条学園のお姉さん」なんて呼ばれていたりもする。
「風紀委員長の帝羅小鞠ちゃん。ちょっとやりすぎちゃうところもあるけど、すっごく仕事ができる子よ」
「へぇ」
人に聞いておいて気のない返事を返してしまう。しかし、そんな俺の態度にも眉ひとつひそめることなく、南城テレスはいつものおっとりとした笑みを浮かべた。やめてくれ、その術も俺に効く。
***
結局、合同会議は双方の意見が平行線のまま終わりとなってしまった。
長時間座りっぱなしだった為に固くなってしまった体をほぐすように背伸びをする。
帰り支度をさっさと終えた俺は会議室を後にした。廊下は夕陽に照らされ、今日という日の終わりを告げているように感じた。
「待ちなさい、青葉紅葉」
俺は背後から呼び止められた。決して大きな声ではない。彼女の声質がそう聞こえさせたのだ。
振り返るとそこには、あの風紀委員長、帝羅小鞠の姿があった。
一度たりとも面識はない。それでも帝羅は俺の名前を迷いなく呼んだ。
……どうやらアリスの言うように、俺は思っている以上に有名みたいだ。
トコトコとこちらへ詰め寄ってくる姿は小動物の愛らしさを彷彿とさせる。だが、その表情はキツく俺を睨みつけるようでさえあり、俺の緩んだ気が引き締まる。
「何の用ですか風紀委員長様」
自分自身の緊張をほぐす為に冗談めかして答える。そんな俺の返答がお気に召さなかったのか、帝羅の表情はさらにキツくなった。
「単刀直入に聞くわ」
帝羅はビシリと俺を指差す。
「生徒会の犬のあんたが、どうしてあのメイド部なんかに入ったの?」
誰が生徒会の犬だって?
小娘が調子にのりおって。
ちょっと顔が良くて庇護欲がそそられるからって、人を犬呼ばわりとは何と無礼な!
そんなに知りたきゃ教えてやろうじゃないか!ーーと啖呵を切れるような立場ではなかった。
「…チョウサノタメデス」
俺はもちろん建前を口にした。本当のことなんて言えるはずもない。
泳ぎかけた視線を無理やり引き戻し、極力平静を装う。
「調査?何でそんなまどろっこしいことするのよ」
帝羅は少し怪訝な表情を浮かべた。
「去年あれだけ暴れ回っておいて、何ならアタシ達風紀委員にまで決闘を仕掛けおいて、未だ無罪放免で野放しになってるなんてホント信じられない。今すぐにでも取り締まるべきよ」
言葉を紡ぐたびに、肌を指すような行き場を失った彼女の怒りが俺に向かってくる。
「俺にそんな権限はない。文句があるなら会長にでも言ってくれ」
正直俺は今すぐにでもここから逃げ出したかった。だってずっと怖いんだもん。
「…確かにペットに文句をしょうがないわね」
帝羅は俺の言葉を案外素直に受け取り落ち着きを取り戻す。一人で納得したように頷く様子に俺は安堵する。ようやくこの会話も終わる。
犬だのペットだの言われたことは多少気に食わないが。
「それに…」
先程までの喧騒が嘘のように世界は静寂を取り戻す。
「もうメイド部を追い込む手立てはあるもの」
その言葉を聞き逃すなと言わんばかりに。




