星五つのよくできたおまじない
噂が本当になる街で、呪いの噂に「一行」書き足して無害にする男の話です。
調査は、思ったより簡単だった。怖いくらいに。
「クラスと部活で、お守りを買った子は八人。彼氏か彼女ができたのは、そのうち六人です」
放課後の事務所。わたしはノートを開いた。この一週間、聞き込みというより、ただの雑談で集まった話ばかりだ。恋の話は、みんなよく喋る。
「で、その六人ですけど……湊さんの言った通りでした。岡さんは、彼氏ができた次の週に、小学校からの親友と絶交。バレー部の先輩は、お姉さんと口をきかなくなったって。三組の子は幼馴染と、うちのクラスの子はお母さんと。……六人全員、彼氏ができた直後に、誰かと切れてます」
「切れた相手に、共通点は」
「……それも、湊さんの言った通りです。全員、その子が一番仲良かった相手でした」
言葉にすると、ノートの文字が急に冷たく見えた。
「縁は、増えてない。付け替えられてるんだ」湊さんは棚に寄りかかった。「一番太い縁を一本ほどいて、それを材料に、新しい縁を一本編む。仮にそういう文面だとすれば、全部の説明がつく。――だが仮説は仮説だ。証拠がいる」
「証拠って、どうやって。お守りの中を見るとか?」
「開けない」
即答だった。
「お守りは開けちゃいけない――そういう決まりだからですか?」
「そうだ。だが行儀の問題じゃない。考えてみろ。『お守りを開けると罰が当たる』。この文面を、日本で何人が信じてる?」
「……えっと。ほぼ、全員?」
「そうだ。国ひとつ分だ。学校ひとつ分どころの騒ぎじゃない、この国で一番硬い部類の器だよ。つまりお守りの袋ってのは、最初からこの世で最強クラスの封印なんだ。……作った奴はそれを分かってて、中身を隠す蓋に使ってる。既製品の巨大な噂を、部品として流用してる。ぞっとするほど、設計が上手い」
良すぎる文面には、書いた奴がいる。先週の湊さんの言葉が、耳の奥で嫌な音を立てた。
「じゃあ、中身が見られないなら、証拠は」
「中を見る必要はない。――篠宮、レビューを最初から読むぞ。六百二十三件、全部だ」
「全部!?」
「文面が全て、と教えたはずだ。レビュー欄は現代で一番でかい文面だよ。答えってのはな、大抵、最初から全員の目の前に書いてある」
答えは、九十七件目にあった。
『★★★★★ 本当に彼氏できました!! 効果やばいです。なんでか親友と喧嘩しちゃって最悪だったけど、それ以上にハッピーなので星5!』
見つけた瞬間、指が止まった。湊さんに画面を向けると、彼は「続けろ」とだけ言った。
あった。いくつも、あった。
『★★★★★ 彼女できた。関係ないけど兄貴と絶縁した。人生プラマイでいえばプラス』 『★★★★☆ 効果ありました! お母さんと冷戦中なので星ひとつマイナス(笑)』 『★★★★★ ずっと好きだった人と付き合えました。おばあちゃんの葬式に出られなかったのだけ心残り』
六百二十三件のうち、五十一件。恋が叶った報告のすぐ横に、誰かと切れた報告が、無自覚に、笑いながら添えられていた。誰ひとり、二つの出来事を繋げていない。星の数は、ほとんど五つ。
「これが証拠だ」湊さんは静かに言った。「被害届は一件も出ない。全員が、代金を払ったことにすら気づかず、満足してる。……いいか篠宮、これがよくできた呪いだ。先日のあんたの噂は、あんたを孤立させた。誰が見ても被害だった。だが今回のは、被害者が星五つをつける。こっちの方が、桁違いにたちが悪い」
「……止められるんですか、これ」
「止めるには出品者だ。文面の原本を握ってる人間。――アプリの匿名出品者を割るのは、俺の領分じゃない」
湊さんは、心底嫌そうな顔で、スマホを取り出した。
「……餅は餅屋だ。性格の悪い方の、な」
「へえ。面白いね、それ」
雑居ビル四階。乾千秋は、わたしたちの持ち込んだ話を聞き終えると、椅子を軋ませて笑った。
「フリマアプリの匿名出品者の特定。物によるけど、できるよ。僕は情報の口入れ屋だからね。――で、常盤くん。いくら払えるの」
「前金で相場の倍。それ以上は出さん」
「倍、ねえ」乾さんの目が、すっと細くなった。「じゃあこうしよう。金は倍でいい。ただし端数として、調査で分かったことを僕にも共有すること。全部だ」
「……何を企んでる」
「企むも何も。似たような『よくできた商品』の話をね、最近ちょくちょく聞くんだよ。合格祈願の靴紐。金運の待ち受け画像。安眠のぬいぐるみ。どれもレビューが数百件で、どれも文面の設計が良すぎる。――同じ工房の匂いがするとは思わないかい?」
工房。量産。わたしの背中を、冷たいものが這った。あの『合格』の返信を寄越した誰かは、一件ずつ手作りしているんじゃない。商品として、流している。
「三日で調べておくよ。ああそれと、篠宮さん」
帰り際、乾さんはわたしを呼び止めて、にこりと笑った。
「例の貸し、まだ使ってないからね。忘れないでいてくれると嬉しいな」
忘れられるものなら、忘れたかった。
その夜、ベッドの中で、わたしはレビューを遡り続けていた。悪い癖だ。怖いものほど、確かめたくなる。
最古のレビューは、十一か月前。
『★★★★★ お試しで買いました。ほんとに効くかも? 友達にも勧めます! by am_04』
am_04。アカウントをタップすると、ページはもう存在しなかった。退会済み。他のレビューも、投稿も、何も残っていない。
……最初に買ったのは、どこの誰なんだろう。十一か月、縁を材料にし続けたら、人はどうなるんだろう。
考えながら、ふと、思い出そうとした。確か去年、隣のクラスにいた子。文化祭の準備のとき、二人で買い出しに行った子。よく笑う子だった。あの子、最近見かけない。転校したんだっけ。誰かと話してるところを、そういえば、ずっと見ていない。
名前を、思い出そうとした。
……出て、こなかった。
顔は覚えてる。声も覚えてる。文化祭の買い出しで、二人でアイスを食べたことも覚えてる。なのに、名前の入るべき場所だけが、きれいに、空白だった。
途中から読んでくださった方へ。
以下1話のリンクになります。
https://ncode.syosetu.com/n7029mv/1/




