↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怪異は文章通りにしか動かない〜噂が現実になる街で、怪異を解く〜  作者: パリトン
老けたな

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
27/41

手錠より固く

噂が本当になる街で、呪いの噂に「一行」書き足して無害にする男の話です。


「そこまでよ」


 最初に動いたのは、詩だった。湊さんの前に、小さな体で割って入り、執行人を正面から見上げた。


「三代目の詩よ。保管の家の当主として言うわ。常盤湊は、うちの管理財産。うちの目録に載った資産に刃を向けるなら、律の家といえど、相応の手続きが――」


「手続きは済んでいる」律は、詩を見もしなかった。「法廷の令状は、家格に優先する。保管の家の当主なら、条文くらい引けるはずだ」


 詩が、詰まった。引けるのだ、条文を。引けるから、詰まった。


「……話にならないわね」


「話は、最初から一つしかない。歩いて来るか、運ばれるか」


 律の指が、鞘の鱗から、荷札を一枚、剥がした。古い、小さな荷札。剥がれた瞬間、紙が燐みたいに燃えて、文面だけが、空気に残った。


『蛇に睨まれた蛙は、動けない』


 ――脚が、消えた。


 感覚ごと、消えた。倒れることすらできず、わたしはホームに立ったまま、指一本、動かせなくなった。隣で結が、詩が、同じように固まっているのが、視界の端に見えた。湊さんだけが、辛うじて、膝をついた姿勢で耐えていた。


「動くなと言う手間が省ける」律の声は、作業の声だった。「安心しろ。国の地層は使っていない。学校三つ分の、行儀のいい金縛りだ。十分で解ける」


 剥がして、燃やして、撃つ。荷札一枚が、技一つ。あの鞘の鱗の一枚一枚が、装弾された弾倉なのだ。燃えて消えた湊さんの棚が、武器の形に編み直されて、歩いている――そういう相手だった。


「……確認する。常盤湊。罪を認めるか」


 膝をついたまま、湊さんは、顔を上げた。


「認める」


 一切の、留保がなかった。


「志願なき錨打ちを、俺は、選んで打った。理由はあったが、理由は罪を消さない。裁きは受ける。逃げも隠れもしない。――だが、順番が違う」


「順番」


「この先の町に、男が一人いる。三十年、人の縁を刈り、死者の像を肥やし、国中の子どもの指で人を撃った男だ。……なあ、執行人。お前の先代は、志願なき錨打ちで、家族を杭にされたんだったな。その犯人は、裁かれたのか」


 律の表情が、初めて、動いた。ほんの、一ミリ。


「……未決だ。犯人の名が、辿れなかった」


「名が、辿れなかった」湊さんは、ゆっくりと繰り返した。「奇遇だな。この先にいる男も、名が辿れない。自分で自分を解錨した男だ。……なあ、律。名を消して罪を消す奴が、この世に二人いると思うか?」


 沈黙が、ホームに落ちた。電車が一本、二人の間を、通過していった。


「……推測で、執行は曲げない」


「だろうな。だから、推測じゃないものをやる」


 湊さんは、動く方の手で、懐から白い荷札を出した。ペンを走らせ、読み上げながら、自分の左手首に――インクの線の残る手首に、紐を結んだ。


「『常盤湊は、七日のうちに、律の前に、自ら出頭する』。……以上だ。破ればどうなるかは、書くまでもない。誓いを破った人間の行き先は、界隈の理の通り。俺は堕ちて、怪異になる。そうなったら――」


 湊さんは、律の刀を、顎で示した。


「お前のその黒い荷札の、出番だろう。手錠は外せる。牢は破れる。だが誓いは、破った瞬間に、俺自身が俺を処刑する。……手錠より固いぞ。この世界じゃ、な」


 律は、長いこと、湊さんの手首の荷札を見ていた。文面を、執行人の目で、三度は読み直した。それから、静かに鞘の刀を提げ直した。


「――否だ」


 え、と声を出しかけて、脚の感覚が戻り始めているのに気づいた。金縛りが、解かれていた。


「誓いは受け取る。だが、七日は待たない」律は、わたしたちの横を通り過ぎて、ホームの先へ歩き出した。「連行は、既に始まっている。目的地までの経路に、寄り道が含まれるだけだ。……行くのだろう。案内しろ」


 つまり、それは。


「……ついて来る気か。お前が」


「執行人は、身柄から三間と離れない。それだけだ」律は、振り返りもしなかった。「それと、常盤湊。一つ、訂正しておく」


 夕方の光の中で、執行人の背中が、初めて、少しだけ人間の温度を持った。


「名を消して罪を消す男が、二人いるとは、俺も思っていない」


 海沿いの町に着いたのは、日暮れだった。


 糸は、駅を出て、坂の上を指していた。古い住宅街の、その先。潮の匂いの中を、五人と一振りで、坂を上る。結が途中、律に飴玉を差し出して、三秒、無視され、四秒目に無言で取られた。詩が「躾のなってない犬ね」と言い、律は反応せず、飴は口に入った。


 坂の上に、家が見えた。


 二十四番の絵の家。何十万人の子どもが、知らずに毎日眺めていた、あの部屋のある家。窓に一つだけ、明かりが点いていて――その窓辺に、白いワンピースの小さな影が、こちらに向かって、ぶんぶんと手を振っていた。


 おかえりちゃんが、お客さんの到着を、喜んでいた。

途中から読んでくださった方へ。

以下1話のリンクになります。

https://ncode.syosetu.com/n7029mv/1/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。