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怪異は文章通りにしか動かない〜噂が現実になる街で、怪異を解く〜  作者: パリトン
偲ぶ会

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お伽話級

噂が本当になる街で、呪いの噂に「一行」書き足して無害にする男の話です。


「ねえ湊さん。この棚で一番すごい道具って、どれ?」


 結が店番に慣れてきた証拠に、質問が増えた。はたきで荷札の埃を払いながら――触るなと言われているので、埃だけ払う技術を彼女は既に習得している――結は棚を見上げた。


「すごい、の定義によるな」帳簿をつけながら湊さんが答える。「便利さなら手袋。実戦なら傘。値段なら、触るなの鏡」


「じゃあ質問を変えます。この棚って、世間的にはどのくらいすごいんですか」


「世間的には」湊さんは帳簿から顔を上げて、少し考えた。「……中の下、だな」


「えっ」


 わたしと結の声が揃った。相合傘も、追跡の手袋も、あれだけ働いたのに、中の下。


「道具には、俺が勝手に決めてる等級がある。投錨した噂の硬さで三段だ。――生活級。学校一つ分か、町内一つ分の噂を使ったやつ。うちの棚はほぼ全部これだ。手袋も合鍵も、どこかの学校の、名もない可愛い噂で出来てる」


「相合傘もですか? あんなに強いのに」


「あれは生活級の当たり個体だ。三代続いてる分、硬い。……その上が名物。街一つ分の噂で出来た道具。この街だと、そうだな――駅前の交番に、代々受け継がれてる『忘れ物の日誌』がある。あの日誌に書かれた落とし物は、なぜか必ず届く。街の全員が『交番に届く』と思ってるからだ。ああいうのが名物。土地に根を張ってるから、持ち出すと死ぬほど弱くなる」


「じゃあ、一番上は」


 湊さんは、はたきの止まった結と、身を乗り出したわたしを順に見て、少しだけ声を落とした。講義のときの、いい方の声だった。


「お伽級。――昔話を投錨した道具だ。……少なくとも、俺が扱える中では、な」


「昔話って、桃太郎とかの?」


「そうだ。考えてみろ。国一つ分の文面ってのは、お守りの禁忌とか赤い糸とか、それだけでも化け物みたいな硬さだった。だが昔話はその上を行く。何百年、この国の全員が、子供の頃に、ほぼ同じ筋で聞かされてる。反復の回数が桁違いで、コピーの劣化がほとんどない。じいさんの代もひ孫の代も、犬は正直で、灰は花を咲かせる。……あれはもう文面じゃない。地層だ」


「その、お伽級の道具って、実在するんですか」


「する。数は少ないがな。北の方に、『花咲かの灰』を持ってる婆さんがいる。枯れたものを、一晩だけ咲かせる灰だ。枯れ木でも、枯れた田んぼでも――噂じゃ、枯れかけた人間の容態も、一晩だけ持ち直すらしい。一晩だけだぞ。治りはしない。咲くだけだ。それでも、最期の夜に間に合わせたい人間が、日本中からあの婆さんを探す」


「維持費は、あるんですよね。生活級であれだけ厳しいなら、お伽級なんて」


 いい質問、という顔を湊さんはした。


「灰の婆さんは、犬を飼い続けてる。正直な犬をな。死んだら次の犬。あの昔話は、犬が掘って、灰が咲く話だ。文面の条件から犬は外せない。……六十年、犬を看取り続けてるそうだ。あとは西の山寺に『笠地蔵の笠』が一枚。雪の夜にだけ働く笠で、被せた相手に、後日かならず『お返し』が来る。何が返ってくるかは選べん。あの寺の坊主は、だから雪が降ると山を降りて、行き倒れを探して歩く」


「……なんか」結がぽつりと言った。「お伽級の持ち主って、道具に人生を食われてません?」


「食われてる」湊さんはあっさり肯定した。「等級が上がるほど、維持費も上がる。道具を持ってるのか、道具に飼われてるのか、分からなくなる。――だから偽物が出回る。乾のところには月に一回は『打ち出の小槌を仕入れた』って売り込みが来るそうだ。ちなみに小槌の本物は、確認されたことがない。あれだけは、噂の方が道具を探してる」


 わたしは何となく、訊いてみた。深い意味はなかった。本当に、なかったのだ。


「湊さんが一番欲しい道具って、何ですか。お伽級で」


 帳簿のペンが、一拍だけ、止まった。


「……玉手箱」


「浦島太郎の?」結が笑った。「開けたら、おじいちゃんになっちゃうやつじゃないですか。そんなの貰ってどうするんですか、罰ゲームですよ」


「そうだな。罰ゲームだ」


 湊さんも笑った。笑ったけれど、目は帳簿に戻っていて、それきり顔を上げなかった。


 開けると、歳を取る箱。


 結はまだ知らない。この人が、四十七年のうち三十年を、少年の見た目のまま生きていることの、本当の意味を。わたしも半分しか知らない。ただ、この人が三十年、あらゆる怪異を調べ、道具に変え、荷札を書き溜めてきた理由の輪郭に、今、初めて触れた気がした。


 この人はずっと、開けたら歳を取れる箱を、探しているのかもしれない。


 夕方五時のチャイムが鳴って、結が「お茶にしますか」と立ち上がったときだった。


 階段を上る音が――しなかった。


 音がしないまま、事務所の扉が、遠慮がちに三回、ノックされた。湊さんの目が細くなる。この階段は古くて、猫が上っても軋む。


「……開いてる」


 扉を開けて入ってきたのは、制服の少年だった。中学生くらい。きちんと折り目のついた学生服で、きちんとお辞儀をして、きちんと閉めた扉の前に立った。育ちの良さが、仕草の全部に出ていた。


 ただ、夕方の窓の光が、彼の輪郭のところで、ほんの少しだけ――素通りしていた。


「あの、突然すみません。相談があって来ました。ここは、その、そういうお店だと聞いたので」


 少年は言いにくそうに、制服の裾を握った。


「先に言っておかないといけないことが、あって。……僕、お金が持てないんです。財布とか、物が、掴めなくて。それでも、いいですか」


「相談の中身による」湊さんの声は、いつも通りだった。いつも通りすぎて、逆に、聞いたことのない声だった。「先に名前と、用件を」


 少年は背筋を伸ばして、はっきりと名乗った。折り目正しい、いい発声だった。


「藤井航平です。中学二年です。……あの、変なことを言います。笑わないでほしいんですけど」


 彼は一度だけ息を吸って――吸う必要なんて、たぶんもう無いのに――言った。


「僕、たぶん、死んでるんです」

途中から読んでくださった方へ。

以下1話のリンクになります。

https://ncode.syosetu.com/n7029mv/1/

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