奇跡の出会い
公爵との遭遇から一週間が経った。公爵はあの後速攻馬車で街を出て、ついには連邦の国境を出たとロンドリスから速達報告が届いた。おそらくすぐ王に泣きつくだろうが、今回の件ですっかりドワーフ族と王国の仲が悪化してしまっている。王妃達に止められ王もしばらく手出し出来ないだろう。
仲間達は装備の完成を待ちながら各々鍛錬や休養をしている。そんな中、誠司は工房で仲間達の装飾品を作っていた。旅の無事を願い、一人一人デザインから考えた。マンモルで真由の髪飾りを作ったときもそうだったが、やはり自分は手先を動かす仕事が向いている。裁縫でもなんでも、集中して自分だけの世界に入れるのが何より好きなのだ。
(それにしても王国相当酷いんだな…)
公爵と遭遇したあの日、マンモルでお世話になった魔法学院のジュール学院長に今の王国の状況を尋ねる手紙を送った。一昨日帰ってきた返事には、相当悪化している国内情勢が書き連ねてあった。
「王がスラムの子供を蹴飛ばしたことを発端に暴動、窃盗、おまけに貴族の屋敷に襲撃なんて…」
工房の休憩スペースではクラノスが手紙を読み返して頭を抱えていた。王が市街視察に出ていた際、横ぎったスラムに住む子供を捕縛し蹴り飛ばしたという。子供は王子と同じ年齢の子だそうだ。
「もとはと言えば王が税金を上げたり圧政を行うから…」
誠司もクラノスが心配になりそっと休憩に入る。誠司たちがストラスを出た直後、平原復興税という形で税金が上げられたという。おまけに議会を通さず王の勅令の形だった。勿論ロリング家だけが知っていたそうだが。
「復興のために使ってくれるならわかるけど…今平原どうなってるんだろう」
「魔物の血や死体は片付けたそうだ。土壌汚染が一部悪化しているところがあるが、そこはマンモルから研究員を派遣して薬を開発中。汚染を免れた場所は肥料を投入して次の年に作付けできるように進めているようだよ」
クラノスがもう一枚手紙を出してくる。ジュール学院長以外にも送っていたのかと差出人を見るとストラスの作戦でお世話になったロイ隊長だった。きっとより情報を求めて送っていたのだろう。
「騎士団の士気も下がっている。暴動の鎮圧に派遣された騎士団員が任務を放棄したり、あとは巡回中に露店の商品を盗んだり…父上が駐屯地すべてを回って喝を入れることも大変だからな…どうしたものか」
「…ねぇ、俺たちがこっち来る前の王国の治安って今と比べて悪化してる?」
誠司の問いに顔を上げたクラノスは重苦しい顔であぁと返事をした。
「正直、急速に悪化している感じがするよ。…やはり王は…」
魔王の傀儡となっているのか。誠司の推察段階だが、ここまで状況の悪化が激しいともうその通りにしか思えないのだ。
(問題は魔王の目的だな。本当に王を配下に置いているとして…他の国や王妃達は支配されていないのが奇跡なんだろうけど…)
王都にいる王妃や王子、そしてクラノスの実家のガードナー家やエバンス家からは返信が来ない。学院長の手紙から生存は確認できているが、検閲で引っかかっているのかそれとも手紙を書く暇すら無いのか。クラノスがとにかく心配だ。真由たちの前では気丈に振舞っているが、裏でため息をついているのは全員知っているのだ。カグヤの同僚達がうかつに王家に近い人達に近づくわけにはいかない。
(ほかに王都近くで、比較的自由に動ける人……あ)
「ねぇ、アイラの弟のオックスさんに頼んでみない?騎士団員だしフローレンスさんとも面識あるんでしょ?王城は無理でもなんとかならないかなぁ」
「名案だ誠司!早速アイラに声を掛けてみよう。きっと協力してくれる!」
顔を輝かせたクラノスが走っていく。平民の騎士団員が貴族に近づくなんて無礼かもしれないが、何となくオックスならうまく事を進めれるのではと誠司は予想していた。そう、トキメキに飢えてフローレンスから定期的に話を聞いているという彼だ。なんかものすごいどうにでも出来そう。
「誠司殿、廊下を筋肉馬が疾走していったんですが」
「ご、ごめんなさい…気にしないでください」
笑いながら工房に入ってきた若手の職人に苦笑いで返しながら、誠司も休憩を切り上げ作業に取り掛かった。
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それから4日後。爆速でオックスから手紙が届いた。なんとオックスからの手紙だけではなく、王妃や王子、そしてフローレンスとガードナー家と全員分の手紙が小包に入っていたのだ。いったいどう検閲を潜り抜けたのか、忍者のカグヤも驚く仕事の速さと手腕だった。
手紙にはロリング家と王が手を組んで暴走していること、そしてそれに一部の貴族議員が乗っかっていること。そして民の不満が各地で爆発しており治安が悪化していることが記されていた。王妃と王子も城の中で貴族議員によって半ば監禁状態だという。給仕の侍女に扮したフローレンスとオックスが王妃と王子の部屋まで言って聞いたと書かれてありアイラとクラノスが卒倒しかけたのはここだけの話だ。
(本当に王国の治安が悪化しているんだ。瘴気の核を浄化しても、これじゃあすぐ発生しそうだ)
手紙を囲って読んでいる中で誠司は心を痛めていた。誠司だけじゃない、横にいる真由もアイラもクラノスも苦しそうな表情をしている。ガードナー家は各地の暴動の鎮圧に加え、瘴気に充てられた魔物の対処に手を焼いているそうだ。このまま続けば国がどうなるのか先が見えないと珍しくスクトゥムが弱音を手紙に書いていた。
「―どうして、瘴気の核は浄化したのにこんな酷いことになっているんだろう。私が核を浄化したら、平和になるんじゃなかったの?」
真由がぽつりと落とした声が忘れられない。こっちの世界に来て、誰かに必要とされて愛されて、しっかり前を向いて生きられるようになった真由にとって、自身の行いである程度平和になったと信じていた王国がまた傾いているのだ。聖女として各地を回ったことがもうかき消されているような感覚になっているのだろうか。そんな彼女の姿を誠司はそっと支えることしかできなかった。
外はもう真夜中だ。薄暗い街に月の光は届きにくい。今日は満月だとユキが言っていたが、中々この街からは見えないだろう。一人工房に残り作業していた誠司は汗をぬぐった。中々細かい装飾に手先が非常に器用な誠司でも苦戦しているのだ。集中力が切れてきたのだろう。ため息をついて振り返るとそこには老人がいつの間にか立っていた。
「こんばんは、いい腕をしておるな」
「こ、こんばんは…⁉」
驚いて挨拶を返す誠司。足音すら気付かなかったが、この老人はいつからいたのだろう。年齢はドンと同い年ぐらいだろうか。口の髭を長く伸ばし、ドワーフ族らしく低身長だ。だが身に着けている服はどこか年代が違うように思える。
「ため息をついていたようだが、何か悩み事があるのかね?良ければこのじぃに教えてくれんかの」
「え、いや…そんな大したことじゃないんですけど…その、仲間の故郷が今治安が悪くなってて…自分もお世話になった人たちがみんな苦しんでいるんです。それなのに今自分はこうして好きなことに打ち込んでいたり色々考えることができていて、いいのかなって」
初対面の老人に即座に悩みを打ち明けてしまった。誠司は自分でも驚いたが、不思議とこの老人になら話してもいい。そんな気になってしまっているのだ。
「…それに、一番大切な人が頑張って沈めた瘴気の被害が、今度は人災みたいになっていて…彼女も自分のしたことが意味無かったのか、自分の存在意義はって悩んでいるんです。どう声を掛けたらいいのか…」
「君はいつでも他人のことを考えているんだね。優しい子だ」
老人は目を細めて穏やかに微笑んだ。誠司は驚いて目を合わせる。
「好きなことに打ち込んだっていいじゃないか。だって彼に付き合って一緒に悩んでいたらずっと悪い方向に動いてしまう。みんな沈んでしまうより君だけでも違うことをしてあげるともしかしたら良いアイデアが思いつくさ。それにね」
老人はゆっくり息を吐いて言葉を続けた。
「君たちがすぐに王国に戻ったところで、何か解決するかい?王は親戚と暴挙に出ている。聖女信仰の国と言っても王と親戚は彼女達を駒のように思っている。むしろ聖女を連れて戻ったら聖女の名を使ってもっと悪事を企むだろう。それなら君たちは公国に向かうと良い。最初の目的を果たしなさい」
「え、なんでこんなに詳しいんですか…?」
仲間の故郷が、としか伝えていないのにロリング家の話まで出てきたことに誠司は驚いた。老人は年の功だよ、とにっこり笑った。
「聖女に伝えてあげなさい。人が生きるのに存在意義なんていらない。自由に自分らしく、自分のために勉学を学び、仕事を身に着け、他人と手を取り合う心をもって生きていきなさいと。それに王国各地で聖女に助けられた人たちみんな、貴方のことを忘れずに感謝し続けるんだよ…少し偉そうだったかな」
「…いえ、そのお言葉通りだと思います」
老人の言葉に誠司はどこか祖父を思い出した。厳しい昭和の価値観の人だが、根は善性の塊みたいな人だ。祖父に頭を撫でられた感覚がずっと忘れられない。
「君の悩みも吹き飛んだかな」
「えぇ。ものすごくすっきりしました。ありがとうございます」
懐かしい感覚に泣きそうになりながら笑う。老人もニコニコと笑みを絶やさない。
「さて、君は仲間の神聖武器に着ける装飾を作っているんだね。どこで止まっているのかな。私はこれでも職人の端くれ。見せてくれないかな」
「勿論です、お願いします!」
それから誠司は謎の老人に教わりながら装飾品造りを再開した。デザイン案から道具の細かい使い方、調整までゆっくり細かく教えてもらう。職人の端くれ、と彼は言うが熟練の手の動きに誠司は惚れ惚れすることしかできない。老人は最近の道具は進化したなぁと感慨深そうに手に取るが、何度か見るだけで使い方を理解している。長年業界にいないとできない技だ。
楽しい時間があっという間に過ぎたかのように窓の外からうっすら明るい光が入ってきた。日の出だろうか。誠司がハッとして老人を見ると彼は名残惜しそうに眼を細めた。
「時間か。いやぁ楽しかったわい、ありがとう誠司君。老人に付き合ってくれて」
「…!俺の方こそ、この少しの時間で一気に成長出来ました、ありがとうございます、エノスさん」
エノスと呼ばれた老人は驚いた顔をしたがすぐにまた穏やかに微笑んだ。どうやら合っていたようだ。エノス。先代聖女一行のパーティーメンバーにしてドワーフ族の戦士。戦士と職人を兼業していたとはドンからうっすら聞いていたこともあり、誠司は途中から気付いていたのだ。
「ほっほっほ、いやぁわかっちゃったか。やっぱり賢いね誠司君」
「ここで働いてらしたんですね…って、どうやって顕現されたんですか?普通にもの触っていたし…」
脚はおぼろげだがその手はものを触れる。幽霊ならすべてすり抜けるはずだ。エノスは口ひげを撫でるといたずらっ子のように口角を上げた。
「実は死んだあと魂がこの街から離れなくての、せっかくだし後輩たちを見守っていたんじゃよ。こうして姿を見せるのは初めてだけどな。君たちが鉱山の瘴気を浄化してくれたおかげでちょっと神聖力が通ったんじゃろ。ほれあの斧、わしが魔王戦で使ってたやつ。あれを媒介してるんじゃよ」
「ちょ、色々急に情報を…‼‼‼?」
工房の炉のすぐ近くの壁に丁重に飾られた斧。初日にドンに教えてもらったドワーフ族の神聖武器―エノスが使っていた武器。そこを介して姿を見せているということに誠司はひっくり返りそうだった。
「いい反応だの。まぁこれ出来るの一回だけだけどなぁ。ちょっと誠司君と話したくて出てきちゃった♡」
「貴重な機会を俺なんかに使っていいんですか?」
恐る恐る尋ねる誠司にエノスは勢いよく笑い飛ばし手を誠司の頭に乗せガシガシと動かす。
「あったり前だよぉ、こんなに真摯にモノづくりに取り組む姿が最高だったんだから、どうかこの先もモノづくりを楽しんでくれ」
首がもげそうになりながら誠司は言葉に詰まった。分厚い手のひらから伝わる温もりが、祖父の姿に重なる。誠司は涙を我慢する余裕もなかった。
「いいかい、武器が出来上がったら君たちは迷わず公国へ行きなさい。マサノブに会って、もっとこの世界の事を知ってそして王国へ戻って王を魔王から解放するんだ。…魔王は生きている。わしらが倒したのは魔王、いやハイエルフの一部だった。奴は聖女の―真由ちゃんの魂を狙っている。」
ハッと顔を上げる。言葉を遮るつもりはない。もうエノスの体は光に包まれほとんど消えているのだ。
「魔王はずっとこの世界の頂点に立ちたい、それだけの野心で人々を苦しめて楽しんでいる。そんな奴に世界を渡したら絶対だめだ。今度こそ魔王を打倒してくれ。魔王を倒せれば女神が復活する。そうしたら君たちは元の世界に戻れるぞ。絶対にだ」
「…‼‼わかりました、絶対に俺たちで魔王を倒します。ありがとう、エノスおじいちゃん」
魔王は生きている。やはりあの賊は魔王だった。そして姿を消したハイエルフ。改めて確証を得られた。誠司は勢いよく鼻をかむと残りわずかとなったエノスに抱きついた。胸から上しかもう残っていないエノスもがっしりと力を振り絞り誠司との別れを惜しむ。
「大丈夫、君たちは絶対に元の世界に―家族に会える。何があっても諦めるんじゃないぞ。わしらが守る。―アルとマサノブにあと1000年ぐらいはこっちに来るなと伝えてくれ」
「うん、うん…‼‼」
エノスは最後にそっと誠司の頭を撫でる。そして朝日に照らされ静かに光の粒になってゆっくり斧に戻っていった。誠司は目を真っ赤にしながらも、彼の言葉を胸に刻み付けた。
朝日が身に染みる。壁に飾られた斧に一礼し、誠司は己の行くべき道を心に決めたのだった。
オックスとフローレンスのドキドキ潜入作戦はいつか書きます(笑)
報酬は勿論トキメキの供給。この日オックスは休みを使い切り無断欠勤をして怒られましたとさ(笑)
エノスおじいちゃんのところ書けたのが大満足♡
最初戦士って書いてましたけど職人と兼業です:;(∩´﹏`∩);:見逃してください‼‼‼




