第78話 懸念
侍女長は、ここ2、3日のソフィアの様子を心配していた。
仕事は、いつになく早く仕上がっているらしい。
部下の訓練も、すこぶる順調だとソフィアの近侍が言っていた。
ジョシュアは、相変わらずソフィアの全てのめんどうを
ほぼ完璧にやってのけ、以前より早く身支度ができるほどだ。
……ただ、ソフィアは……なんと言うか、フワフワしているように感じた。
明日は、とても難しい訓練に入ると言っていた。
侍女長は、ソフィアに尋ねたのだ。
「ソフィア様、体調はいかがですか?
以前と違うところはありませんか?」
心配して尋ねたのだが、ソフィアは柔らかく笑い答えた。
「侍女長、大丈夫だ。変わりはない。
忙しいので心配してくれたのだな?すまないな。
毎日の侍医の診断も変わってはおらん。心配するな」
主人に、そう言われたのでは何も言えない。
「そうですか。では安心しました。
でもソフィア様。変わりがあったらお教えくださいませ」
「ん??そうだな、あなたにも必ず伝えよう」
世界中で1番輝かしい自分の主人。その笑顔に安堵もするが、
やはり心の中のひっかかりを取れずにいた。
ジョシュアにも、話してみた。ジョシュアは、少し困ったように笑い、
自分も気をつけて様子を見るから大丈夫だと言われてしまった。
侍女長は、かなり迷っていた。
この自分の心配を、誰かに話すか……??
ジョシュアに大丈夫だと言われてしまっている。
……誰に……?
迷った末、訓練中にソフィアが危険な目に合わぬようにと
オーリーに相談を持ちかけた。
オーリーは、2人の午後休が合うように調整し、
侍女長を王宮の外に連れ出した。
「ルディア殿、さあどうぞ」
ルディアに手を差し出した。それは自然なエスコートに見えたので、
ルディアもオーリーの手を取る。
オーリーは、自分の腕を取らせ、ゆっくりと歩き出した。
ルディアは、戸惑いながら尋ねた。
「オーリー様、午後休まで取らせてしまって……。
貴重なお休みに、申し訳ありませんでした。
少しソフィア様のご様子を、お尋ねするだけでしたのに……」
オーリーは、部下が見たら驚愕しそうなくらい
柔らかい笑顔で答えていた。
「いいえ、ルディア殿。ちょうど休暇が溜まっていたので、
取らなければならなかったのですよ。あなたもでしょう?
侍女頭が、喜んで許可してくれましたよ?」
「ええ、それはそうなのですが……。でもオーリー様に
合わせていただいて、申し訳ないのです」
「まあまあ、たまには息抜きもいいではありませんか」
オーリーは、侍女頭と約束していた。連れ出す時は
必ず侍女頭の許可をとること。メガネを掛けさせないこと、
ルディアの意思を尊重すること。
「オーリー様、彼女は稀に見る能力の持ち主なのです。
特に、王族直属にするには色々と配慮せねばなりません。
彼女はそれがたった2年の経験で、できてしまう優秀な侍女長なのです。
オーリー様も、ご自身の名誉を汚されませんように」
侍女頭の威厳は、本気の近衛総隊長に勝るとも劣らぬものだった。
オーリーは苦笑しながら答えた。
「侍女頭殿。私は真剣なのです。まだ彼女に打ち明けていないくらいに。
まずは信頼してもらえる友人にならなければいけません。
信じていただけますか?」
そう答えたオーリーは、充分に経験の積んだ
1人の男性としての魅力を持っていた。
普段のざっくばらんな荒さはなく、伯爵家の息子として充分な品も、
優美さすら含んでいる。
侍女頭は、ため息をついた。
いつも侍女の交際には気をつけなければならない。
近侍や近衛、騎士、貴族、役人。普段話す機会がなくとも
言い寄られたりする侍女は、たくさんいる。
既婚者までも隠れていることがある。
また浅はかにも、自分から近寄る侍女もいる。
残念ながら相手も侍女達も、全員が誠実なわけではない。
なるべく全員の交際の相手を、把握する必要があるのだ。
そうであっても、全員を守ることは難しいのだから……。
そして内密に付き合っているものなど、たくさんいるのが現実だ。
「もちろんオーリー様、貴方様のことは信用しております。
くれぐれもオーリー様とルディアの名誉を守ることを優先してください」
とても厳しい顔で、許可が下りたのだった。
街を歩いていると、視線の端に警備で巡回している騎士が
何名か目に入った。皆、自分が見たものが信じられないようで
固まっているのが遠くからでも分かる。
オーリーは苦笑しながら、他言無用と視線でひと睨みすると
騎士達は、物分かりよくサッと巡回を再開して行った。
明日には、広まるな……。
メガネを掛けていないし、髪をおろしているので侍女長とは気がつかない。
オーリーには好都合だ。
オーリーは、ルディアが緊張しないように
可愛らしいカジュアルなレストランを予約していた。
席についたルディアは、呆気に取られていた。
まさかレストランまで予約されているとは思わなかったのだ。
しかも話しやすいように個室だった。
ルディアは、オーリーが勧めたランチを頼んだ。
飲み物は、まだ昼だからとオーリーがサイダーを頼んでいるようだった。
そのサイダーを1口飲んだ後、ルディアは恐縮して話し出した。
「オーリー様、とてもお手数をお掛けしたようで
本当に申し訳なく思います」
オーリーは、クスクスと笑っていた。
「そんなことをおっしゃらずに。
俺も貴方とゆっくり話したかったのです。
俺のワガママに付き合っていただいて、申し訳ない」
「いいえ、とんでもありません。
私こそ、心配のあまりオーリー様のお時間をとって……」
オーリーは微笑んで、ルディアを促した。
「さあ、もう謝りっこは無しにしましょう。
ソフィの何かを心配なさっているのですね?」
ルディアは、そのひと言にせきを切ったように話し出した。




