第73話 刺激
リリー、マイア、それにモリンは久しぶりに
ソフィアの部屋を訪れていた。
この所、ソフィアと男性陣はとても忙しそうだった。
ソフィアには1つ気がかりなことがあって、ジョシュアに頼んで、
皆に来てもらうようにしたのだ。
ジョシュアはその間にと、他の仕事しに
ソフィアの執務室に向かって行った。
皆は、ソフィアに見せようと沢山の飾り箱を持参して現れた。
侍女長がお茶をセットしてくれたので、あとは呼ぶまで
大丈夫だと言うと、彼女は下がって行った。
「ソフィ、忙しそうね」
リリーが微笑むと、ソフィアは膨れ出した。
「まったくだ。……本当に……。
まあ、でもそのおかげと言っては語弊があるが、
新しい魔法を試すかもしれん」
マイアは驚いていた。
「そうなの?!あなたでも試していない魔法があるのね?」
ソフィアは笑い出した。
「そりゃあ、あるさ。山のようにある。
時代とともに必要のなくなった魔法や、実益に向かない魔法が
沢山あるからな。学校の魔法授業のカリキュラムは毎年見直すんだぞ?」
「知らなかったわ〜〜。教授なさる先生は、影でそんなことも
してくださっているのね」
ソフィアは、笑いながら箱に目をやった。
「ところで、それが例の物達か?」
モリンがいつものように穏やかに答えた。
「ええ、ソフィア、1度見てもらってもいい?」
「もちろんだ」
モリンは1つの箱を開けた。
中からは何枚も刺繍されたハンカチが出てきた。
ソフィアは、このために手を洗っておいたのだ。
商品だから、汚してはいけない。
忘れないように気を付けて良かった。
そう思いながら、1枚のハンカチを手に取り広げてみた。
「ほお〜〜、これは……綺麗だな……」
感心したように、表裏を見る。
それは柔らかな色合いの刺繍糸で縁取りされ、
角にイニシャルと花が刺繍してある。
何とも柔らかな手触りで、色も上品だった。
ソフィアは、にっこりとモリンを見た。
「モリン、やっぱりすごいな。君は、とてもすごい。
美しいと思う。いいか?私でも美しいと思うのだから
絶対に人気が出て、評判になるぞ」
モリンはホッとしたようだった。
「ありがとう、ソフィに褒めてもらえるとホッとするわ」
実は3人は、商会を立ち上げる計画を練っているのだ。
これは意外にも、リリーからの誘いだった。
リリーは、幼い頃からソフィアの遊び相手だった。
が、当然相手にしきれない時がほとんどだ。
ソフィアは、女の子が興味を持つ遊びは参加しないのだ。
男の子と遊んでばかりで、ほとんどついていけない。
それでもリリーは、ソフィアのそばにいた。
両親から、そうするように言われていたこともある。
でも1番の理由は、ソフィアが遊びを発明していくのを
見るのが楽しかったのだ。
それは大抵の大人が、やってはいけませんという遊びだ。
よくもまあダメだということを、次から次へと思いつくものだと
感心しながら見ていた。ルークでさえ、その面白さに
夢中になって遊び、大人に怒られることを繰り返していた。
そして その内、ソフィアが安全に遊べるように
魔法を使っている所を見つけた。
どこかの1本橋を渡る時、崩れそうな木の小屋の秘密基地、
川にかかっている大きな丸太の橋、
いつでもソフィアが先回りして、落ちても、崩れても、
倒れても、と色々なことを想定して魔法を仕込んでいた。
この発見は、リリーの中のソフィアという友達の印象を
劇的に変えた。とても感動すら覚える出来事だった。
そして、自分はソフィアのようなアイディアを持つ人間に
なりたいと思ったのだ。しかも人の役に立てるような。
それはリリーにとって簡単な事ではなかった。
リリーの得意なことは、人の気持ちの流れを見ることだったのだ。
幼い頃から、公爵家の令嬢らしくしつけられたリリーは、
真面目だったこともあり、順調に令嬢と呼ばれるに
ふさわしい教養を身につけていった。
幼いうちから、どの家に呼ばれても誰に見られても
利発で、恥ずかしくない女の子。
要は、大人から見る良い子だったのだ。
それに不満を持ったことはない。
自分は、そう振る舞うのが普通だったから苦痛などなかった。
その場にふさわしい話、怪しい話から穏便に逃げる方法、
相手を和ませたり、喜ばせる会話。あまりに無礼であれば、
父や兄達に、目配せして助けてもらう方法。
何でも苦痛なくできた。子供らしく質問も折りを見てしていたので
とても評判の良い、淑女だった。
そんなリリーの夢は、いつか自分の商会を持ち、
人に何かを提供する仕事だったのだ。
両親には内緒で、マイアとモリンに夢を打ち明け
大喜びで賛同してくれた2人と共同経営で商会を起こす予定なのだ。
マイアは、ソフィアの魔法ばりに数字が好きだった。
特に、それに利害が絡むと恐ろしい力を発揮する。
実際、学校に残って数字の学問を極めないかとか、
経済省から引き抜きも来ていた。
が、自分に役所は向かないと思うとリリーの提案を選んでくれた。
モリンは、絵画と物を作り出すことが呼吸をするかのようにできた。
見た物をそのまま、空想をそのまま、現実に産み出せた。
その中で、彼女が選んだのは女性の衣類や小物をデザインすることだったのだ。
彼女は、家庭の環境もあり異国のものを沢山目にすることができる。
幼い頃から、変わった色合いや模様、布の織り方に至るまで
経験できたことは、モリンの造形美を作り上げる基礎になっていた。
刺繍に、レース編み、機織りに、糸の開発、染色と何でもできた。
モリンの家は、商会をすでに立ち上げているが
どうせなら自分の力も試したいと、リリーに賛同したのだ。
そのモリンの作品を、リリーが貴族の間に広め、
マイアが事務や商品価値の設定、
会計まで受け持ち、商会を形作ろうとしていた。
それが成功したら、市井向けの商品も開発しようとなっていた。
ソフィアに計画を打ち明けた所、手放しで賛成してくれた。
女性も、仕事をしたいのならするべき時代にするのだと
大賛成だった。家庭に入りたい女性は入れば良い、
仕事をしたい女性はすれば良い。
我々、貴族は市井の民から遅れているのだからというのだ。
大賛成ついでに、国王にそれとなく後押しするよう根回しし、
公爵は自分が説得しようと、約束までしてくれた。
だからソフィアは、彼女達の進捗状況が気になっていた。
モリンは、他にも、ストールや、手袋、夜会用の扇子、
ドレスは持って来られなかったので、デッサン画、
挙げ句は、自分がデザインした宝石まで見せてくれた。
モリンは笑った。
「あとは、靴と帽子ができれば最高なの。
帽子はできそうだけど、靴は難しくて……。
職人を探すことになるかもしれないわ」
ソフィアは、笑っていた。彼女達のおかげで
民の仕事が格段に増え、良いものには対価が支払われるかもしれない。
それは雇用と活気に結びつき、幸せも増えるかもしれないからだ。
「リリー、マイア、モリン、頑張れよ。
応援しているからな」
そう言ったソフィアは、とても嬉しそうだった。




