第70話 休憩
近衛の執務室に戻ったオーリーは、書類を書き上げた後
遅い昼食をとりに、食堂へ向かった。
警護になると、この上なく能力を発揮するオーリーだが、
書類は苦手だった。頭の中に入っているから
書類なぞいらないだろうと本気で考えるタイプだ。
食堂で、トレイに肉を山盛りのせると、
さてどこに座ろうかと見渡す。
と、窓辺にソフィア付きの侍女長が座っていた。
オーリーは、優しい表情をして侍女長に話しかけた。
「あなたもこの時間に休憩ですか?」
「オーリー様!」
彼女は、少し驚いたように立ち上がろうとした。
オーリーは、それを止めて彼女に尋ねた。
「こちらでご一緒しても良いですか?」
「えぇ、もちろんです。お座りください」
オーリーは時々、昼休憩で彼女と一緒になることがあった。
遠征後は、一緒に食事することも増えた。
彼女の名前は、ルディア・ラ・フォント。
田舎の男爵家の娘で、行儀見習いで王宮に来たはずだったのに
侍女頭に見出され、2年でソフィア付きの侍女長に抜擢されていた。
だから歳もオーリーが驚くほど若かった。
まだ20歳で、ジョシュアやカイより2つも年下なのだ。
とてもそうは見えない落ち着きっぷりだった。
普段はメガネをかけているが、これは童顔なので年齢が若く見られぬよう
侍女頭に勧められたと話していた。
だから休憩時間に他の侍女達と一緒でない限りメガネは外しているのだ。
確かに……、メガネを外すと幼さの残るような大きな青い瞳。
髪は仕事のためにまとめ上げているが、綺麗な銀髪の後毛が覗いている。
童顔で、可愛らしさが目立ってしまうのだ。
普段は、あんなにクールに見えるのに……。
オーリーは、侍女頭の判断と手段に感服するしかない。
これで侍女達に威厳を保つこともできるし、
男達からの余計なちょっかいも防げる。
侍女頭が、いかに彼女を見込んで引き挙げたかがよく分かるようだった。
しかし、メガネを外してしまえば、一見彼女とは分からない。
オーリーは、自分の気持ちを隠しながら食事を進めた。
「侍女長殿、休憩やプライベートな時間は
名前で呼ばせていただいても構いませんか?」
「はい……?……面倒ではありませんか?」
「いや、面倒ではないですよ。侍女長殿と呼んでると
休憩ではなく、仕事をしているような気分になるのです。
迷惑ですか?」
「あぁ、そうなのですね。仕事と休憩の切り替えは大切です。
そういう事でしたら、名前で呼んでいただいて構いません」
「ありがとう、ルディア殿」
オーリーは、名前で呼ばせてもらうことに成功した。
ルディアは、彼女の主人ソフィアと同じく
自身に向けられる好意にうとかった。
ほぼ、気がついていない。
彼女は、騎士団からの近衛からも、近侍や侍従の中にも
好意を寄せているものがいるなど、これっぽっちも気がつかない。
オーリーは、苦笑した。
配下のものは主人に似るっていうが……。
まあ、俺には好都合か……。
オーリーが彼女を見染めたのは遠征中だった。
朝から晩までが警護だったオーリーのために、
彼女は寝る所だったのに、大きなストールを羽織り
オーリー様、と声をかけながら台所へ降りてきたのだ。
そして食事を温めてくれた。
オーリーは、声は侍女長なのに見知らぬ女性が降りてきて驚いた。
柔らかく見える彼女に戸惑い、メガネをしていないことに気がついた。
それは、グリフォンの赤ん坊と同じくらい愛らしかったのだ。
衝撃的だった。長い銀髪は、ジョシュアの灯したランプの光で
キラキラとしていた。
いた……!!
オーリーの本能は、彼にそう告げていた。
彼女が、俺の運命だ。
本能にそう告げられたオーリーに、もはや迷いはなかった。
まず近づかなければ……。
オーリーは見かけと違い、緻密に作戦を経て、
成功するためには、時間を長くかけることを苦にしない男なのだ。
「今日のソフィとジョシュは、どうでしたか?」
オーリーは、彼女と話を共有するところから初めていた。
「本日は、ジョシュア様が魅力的でございました」
ルディアは、いつものように淡々と話した。
「ジョシュが?」
「はい。ソフィア様は、いつものようにジョシュア様にこれでもかと
甘えていらっしゃいましたが、本日はジョシュア様もお疲れのご様子で……」
「そうですね、ジョシュも疲れが出てもおかしくない」
オーリーがそう言うと、ルディアは目を丸くするようなことを
普通に話し出した。
「ええ、オーリー様。ジョシュア様は、弱っていらして
ソフィア様に甘えていらっしゃったのです。
あれはソフィア様の母性を引き起こし、
普段のしっかりしたジョシュア様との違いに
ソフィア様の女性の一面が呼び起こされるでしょう。
本日のジョシュア様は、本当に良い仕事をなさいました」
ルディアは、本当にジョシュアに感心しているようだった。
オーリーは、あっけにとられて、つい聞いてしまった。
「ルディア殿……?あなたも甘える男性は、お好きですか……?」
ルディアは首を傾げ、しばらく考えた。
「ええ、オーリー様。ただ1つ条件があります」
「条件??」
「普段は、しっかり、切れ者、冷静、どれでも構いませんが
甘えないことです。どうしてもと言うときに甘えていただければ
私も、その甘え方は好きでしょう」
オーリーは、笑いを堪えるのに大変だった。
これは仕事さえ真面目にすれば、俺が甘えても許してくれるかもしれない。
自分の趣味も受け入れてもらえるかも……。
オーリーは、笑顔で言った。
「ルディア殿に甘えられる男性は、幸せですね」
ルディアは、真面目な顔で答えた。
「私に甘えたい男性は、いるとは思えませんが?」
そんなルディアに、オーリーは笑いながら言った。
「そうでしょうか?さ、ルディア殿、この話は
俺とあなただけの秘密ですよ?」
「ええ、もちろんです、オーリー様。
主人の噂話と捉えられては、絶対にいけませんから」
ルディアは、大真面目に答えたのだった。




