第69話 霧
翌朝、ヘイネシア王国の一団は密に連絡を取ることを約束して
帰国して行った。
ルークは、彼らから得た情報を確認しに急いだ。
オーリーは近衛の部屋へ、ジョシュアはソフィアと執務室へ。
何にしろ、普段の業務を手早くこなさないと
他の作業にかかる時間が減っていく。
ソフィアも、今回ばかりは諦めて黙々と仕事をしていた。
魔法省の週の休日は2日だ。他の部署は交代制で2日取れる。
急遽、休日出勤になった近侍達は、
次々をこなすソフィアにあっけにとられながらも
早く仕事が片付くので、とても喜んでいた。
閣下には、次の機会に何か新しいものを紹介しよう。
口々にそう言いながら、ソフィアが喜びそうなものを考えるのも楽しかった。
ジョシュアは、次々と仕事の仕分けをしていった。
ソフィアにしかできないもの、自分にしかできないもの、
自分がソフィアの代わりにできるもの、近侍だけでできるもの……。
朝1番の仕事で、これが最重要なものだった。
これをきちんとすれば、午前中に書類は片付けられる。
午後の訓練は、ソフィアが変わりはいらないと譲らなかった。
ソフィアが言うには、教えている時にアイディアが出てくる。
柔軟な思考でいたいと、言うのだ。
ジョシュアは少し迷ったが、事態がどう進むかわからない状況で
確かに柔軟な発想は大切だろうと、ソフィアの意見をくむ事にした。
昼休憩に自室に戻ったソフィアは、案の定ジョシュアに甘え出した。
……婚約者でなければ、八つ当たりとも言う……。
今日もソファーに寝そべり、不満を並べ立てていた。
「ジョシュ、腹が減った。昨日、良い子にしすぎたせいだ。
あんなに何時間も良い子にしているなんて、どうかしている。
だから政治は嫌いなんだ。ジョシュ、ショコラが食べたい。
ケーキも食べたい。コーヒも飲む。ジョシュ、聞いているのか?
ジョシュ、頑張っただろう?褒めんのか?」
ジョシュアは、あまりの不満と要求に笑い出した。
いつものように抱き起こし、膝の上にのせて
自分の腕の中に、閉じ込めてしまった。
その部屋で、侍女長は静かに部屋の準備をしている。
どうやら本当に、もっとジョシュアが甘やかせば良いと
思っているようだった。
「ジョシュ、聞いているのか?」
「聞いてるぞ、ソフィ」
そう言うと、ジョシュアはいつもより強くソフィアを抱きしめた。
ソフィアは、いつもと違うジョシュアに顔をあげた。
「ん???ジョシュ、どうした?お前も疲れたか?」
「そうだな、お前が腕の中にいるとホッとする」
そう言うと、ジョシュアは自分の顔をソフィアの首筋にうずめた。
「ジョシュ、そうか。お前も疲れたんだな。
そうだな、デザートをアイスにしてもらおう。ベリーのアイスだ。
お前も好きだろう?」
「俺の分も食べて良いぞ」
「ダメだ、お前も疲れているんだから。でも、そうだな……、
半分こしよう。2種類出してもらって半分こ。
どうだ?良いアイディアだろう?」
「そうだな、良いアイディアだ」
褒められてニコニコしているソフィアの首元で、
ジョシュアは、別のことを考えていた。
クアドロの落ち着いた大人の笑顔が浮かぶ。
……自分がこんなに嫉妬深いとは思わなかった。
ソフィアは自分を選び、クアドロは祝福した。
その事実があるのに、心の中がモヤモヤする。
誰かが、ソフィに想いがある。その事実だけで
怒りが湧いてきそうだった。
そしてそんな自分が、とても子供っぽいように思えた。
ソフィが、自分の腕の中にいて良かった……。
その実感が欲しかったのだ。
ジョシュアは、じっとソフィアを抱きしめ続けた。
ソフィアは優しく笑い出した。
何とかジョシュアの腕をゆるめさせると、いつも自分がしてもらうように
ジョシュアの頬を、自分の両手で包んだ。
「どうした、ジョシュ。今日はもう休むか?
お前の仕事量は2倍になっているのであろう?私にも仕事をよこせ」
「大丈夫だ」
ジョシュアは少し笑った。
「ジョシュ、どうしたんだ?何だか辛そうに見える。
ガマンするなよ?」
そう言われたジョシュアは、少し悲しそうに見えた。
ジョシュアは、またソフィアの首筋に顔をうずめ
少し強く抱きしめた。
「ソフィ、お前の側にいるのは俺で良いんだな?」
ソフィアは、くすぐったそうに少し笑って答えた。
「お前は、私の側にいるのだ。お前は私の運命で、
私はお前の運命なんだろう?お前がそう言ったんだ。
だからお前は私の側にいるんだ」
ジョシュアは、ソフィアにいつものように言ってもらえて
安心した。幼い頃にも1度だけあった。
確か、学校の初等科に入ったばかりで何かを失敗した時、
ソフィアが助けてくれたのだ。
泣いているジョシュアに、ソフィアは優しく頭を撫でてくれた。
そして、お前が良いんだと何度も言われた。
俺は意外に、甘える方でもあるんだな……。
認めたくはないが、クアドロのようになるには
まだ経験を積まねばならない。勤勉に勤めるしかないのだ。
ソフィアは、あの日のようにジョシュアの頭を撫で続けていた。




