第68話 親交
その日の打ち合わせは多岐に渡り、ひと通り話し終えた時には
もう月が登り始めていた。
ソフィアは、今日はゆっくりして明日、帰国するように勧め
大袈裟に晩餐会はできないので、会議の出席者だけでとることにした。
食事は和やかに進み、聖動物についてや、食事、
流行っているものなど、お互いの国近況を知るには充分な時間だった。
ルークは、食後の御酒はいかがでしょうかと誘い
クアドロ、ソフィア、側近で飲むことになった。
ソフィアは、心地いい風の通るテラスに案内した。
月明かりと、ジョシュアの用意したランプだけで
充分なくらい、空は星も瞬いていた。
侍従達は、それぞれの好みを聞き酒とつまみを用意すると
お互いの国の護衛を残し、下がっていった。
ソフィアは、軽いシャンパンを持っていた。
それぞれにグラスを持ち、友好に過ごせた時間に感謝する。
グラスが、いい音をたてた。
クアドロが意外そうに聞いてきた。
「ソフィア殿が、酒を嗜まれるとは思っていませんでした」
そう言われたソフィアは、ジョシュアの顔を見て苦笑いした。
「ああ、夜会では乾杯以外は飲まぬことにしているので」
クアドロは、まだおもしろそうにソフィアを見ている。
ついに、ソフィアは白状した。
「実は、もう何年も前に国内での夜会で失敗したのです」
脇でルークが、クスクスと笑っていた。
「ルーク、反省しているんだから笑うな。
いつもより強い酒を試そうと、ひと口飲んだら想像より酔ってしまって。
魔力が漏れ出して、大変だったようなのです」
ソフィアは、少し困ったように笑っていた。
クアドロは、ソフィアがこんなに幼い表情もするのだなと驚いていた。
「なるほど、ジョシュア殿が知恵を出したのですね?」
「そうだな、ジョシュ?困ったことに私は、その時の記憶がないのです。
ルークからも、こっぴどく怒られました」
クアドロは、楽しそうに笑っていた。
「クアドロ殿は、酒は強そうですね。普段から?」
「ええ、それなりに飲める方だと思います。
ただ、父と交代で飲むのが我が国の習わしでして。
有事の際の知恵だったのでしょうな」
「それは賢い習慣ですね」
ソフィアは感心していた。
そのソフィアに、ヴェルデは微笑んだ。
「ソフィア閣下は、周りの方を心から信頼なさっているのですね」
「それはその通りだが……。クアドロ殿も、そうでありましょう?
別に珍しいことではないと思いますよ」
ヴェルデは、さらに柔らかく笑った。
「クアドロ殿下に信頼していただくことは、我らの喜びですから。
あぁ、……殿下、返す返すも惜しいことをなさいましたな」
そう言って、クアドロを見る。
そんなヴェルデにクアドロは、珍しく口をへの字にして見せた。
「まあ、そう言うな。これから打ち明け話とすることにしよう」
ジョシュアは、いつものように強い酒をチビチビとやりながら
静かな表情でクアドロを見ていた。
クアドロは真っ直ぐにソフィアを見た。
「ソフィア殿、実はこの件が上がる前から、貴方に求婚しようと
思っていたのですよ」
そう言ったクアドロの瞳は柔らかかった。
ルークもジョシュアも、表情は変えなかった。
ソフィアだけが、アングリと口を開けている。
見かねてオーリーが、ソフィアをたしなめた。
「閣下、口が開いております」
ハッと我に帰ったソフィアが、何か言おうとすると
クアドロは、笑ってそれを押し留めた。
「ソフィア殿、大丈夫。知っております。
ジョシュア殿と婚約なさったのですね。おめでとうございます」
クアドロがそう言うと、ヴェルデとツァイトが立ち上がりひざまづいた。
「閣下、ご婚約おめでとうございます」
ソフィアは、キョロキョロしながら受け止めた。
「あ……ありがとう……」
自分の側近が、再び席に着いたのを見て、クアドロは話を続けた。
「私も、周りが騒がしくて困っている時に
ヴェルデが突然、ソフィア殿に求婚するように言い出したのです」
ソフィアは、ヴェルデの顔を見てつぶやいた。
「……ヴェルデ殿も、変わっているのか?」
それを聞いてヴェルデは、噛み殺すように笑っていた。
クアドロは、優しく続けた。
「最初、なんて望みのない案なんだと思ったのです。
私は、ソフィア殿がどの国にも嫁ぐつもりがないことを知っていた。
だから、それを望むことは失礼に当たるだろうと思ったのです」
「……まあ、……なんて不躾なと……思ったでしょう……」
ソフィアは、あまりのことにスラスラ答えられなくなっていた。
そんなソフィアに、クアドロは笑って言うのだ。
「ね?私の予想はまんざらでもない。でもヴェルデは
そこを乗り越えないと、愛にはならぬと言うのです。
確かに、私はその時でさえソフィア殿を尊敬していたが
女性として見てはいなかった。それは貴方が望んでいないと思っていた。
でも、ふと思ったのです。もし、王族という衣服を脱ぎ捨てたとして
貴方と人生を共にすることは、おもしろそうだと」
「……貴方も……変わり者になりたくなったのか……?」
その返答に、クアドロは大笑いした。
「私が、ひょっとしたらと思った時、貴方は婚約を発表なさった。
その相手は、意外ではなかったのです。私の中で納得のいく方だった。
そう、ジョシュア殿です」
ジョシュアは、静かにクアドロを見ていた。
「私も、ソフィア殿に幸せだと思ってもらう方法が分かっていました。
貴方は変わる必要はない。そう一言いえば良かった。
でも私は、ジョシュア殿のように全てを貴方に捧げることができない。
私が国民のために、何かをしなければならない時
ソフィア殿はそれを許してくださるでしょう?
例え貴方のそばにいられなくなるとしても。
でもジョシュア殿は違う。彼は、貴方が望む全ての時に
貴方の支えになるでしょう。そして万が一、貴方が国民のために
ジョシュア殿のそばにいられない時、彼はそれを受け入れるのでしょう。
大切な、貴方の判断だから」
クアドロは、この想いが尊敬から恋に変わらなかったことを残念だと言った。
「私が、もっと早くソフィア殿の崇高さに気がつき、
貴方の想いが違ったとしても、自分の想いを貫いたなら、
貴方の想いも私の想いも、愛情に変わってくれたかもしれません。
でも私の想いは、恋や愛に変わる時間はなかった。
そして貴方にはジョシュア殿がいる。
潔く、引き下がりましょう」
そしてクアドロは、まるでいたずらするかのように付け加えた。
「実は青龍どのにも、諦めろと言われたのです」
ソフィアは、あぁと言った顔をした。
「やはり聞こえていたのですね?」
「ええ、貴方の相手は、このグリフィス王国にいるが
私ではないと話していましたね?」
「そう話していました。刻を待つようにと言っていた」
ヴェルデは、わざと冷やかすように言った。
「殿下の歳を考えていただいて、なるべくその刻が早いといいのですが」
そこで皆が笑い出し、これでこの話は、淡い過去のものとなった。
クアドロは、立ち上がって明るく言った。
「ソフィア殿、ジョシュア殿、ご婚約、おめでとう。
いく久しく幸せが、2人と王国に注ぐことを
心から願っています」
ソフィアと友好の握手をしながら、クアドロは微笑んだ。
ソフィアは、優しく笑った。
「クアドロ殿、貴方も早く運命が見つかるように。
グリフォンにも頼んで願っておきましょう」
クアドロは、楽しそうに笑った。
「ソフィア殿、ありがとう」
その様子を見ながらヴェルデは、本当に惜しいことをした……。
と、我が主人にも早く幸せが訪れるように願うのだった。




