第10話 報告
自分のためとは言え、女性の恋愛話に付き合ったジョシュアは
久しぶりに疲れ果てていた。
もちろんジョシュアは、体格に恵まれ、体力もある。
その辺の騎士や近衛兵よりは腕も立つし、魔力も強い。
そのジョシュアを疲れさせることができるのは、ソフィアよりも
友人達だったりするのだ。彼らは、自分を心配するあまり
的確なところを突いてくる。
思わず子供のような振る舞いに戻ってしまうほどだ。
そう思いながら、自室に帰ってきた。
ジョシュアは便利だからという理由で、王宮の敷地から
1番近い下宿にいた。王宮内で寝泊まりするのは
早番と夜勤する者、護衛にのみ許されている。
ジョシュアは特別なことがない限り、王宮の外にいることを選んだ。
表向きは市政のことも知っておかなければならないとしていたが、
内心は、これ以上ソフィアの側にいたら我慢できなくなる。
それが、本心だった。
自分は次男なので領地の心配をする必要がない。
兄は公務と自身の領地を受け継ぐ勉強、社交と忙しそうだった。
ジョシュアはこの気楽な立場をありがたいと思っていた。
兄がしっかりしているからこそ、自分も自由に務められる。
悩む暇も持つことができる。
ジョシュアはこの下宿が気に入っていた。カイも一緒だったし、
オーリーも王宮にいなくて良い時は帰ってくる。
学生時代からの顔見知りも、務めだしてからの顔見知りもいた。
たまに食堂で一緒になり、話すこともできる。
個室を与えられていたし、1人の時間も取れるので充分だった。
その食堂は、男所帯なのでシンプルであったが清潔感があった。
魔力で点けるランプがともると、なんとも和らいだ灯りで
ホッとくつろげる。
腹が減ったな、と食堂に寄ったらカイとオーリー、
今日はルークまで待ち構えていた。
ルークは普段は自邸から通っているのだ。
よりによって、皆が非番とは……。
天井を見上げるジョシュアに、カイが笑いながら声をかけた。
「ジョシュ、お帰り。待っていたんだよ。食事をとっておいでよ」
そう言われたジョシュアは、観念してメニューを頼みに行った。
ガッツリとしたものが食べたい。そう思ったジョシュアは
ステーキとサラダ、チーズとパンにワインと
お盆を目一杯にして皆のところへ来た。
「そんなに疲れたのか?!」
オーリーがあまりの量に、目を見張っていた。
「……疲れた……」
そう言って、ジョシュアは珍しくドカッと腰掛けた。
ルークはいつものように穏やかにグラスを上げた。
「ジョシュの今日の活躍に」
そう言って微笑むと、皆でグラスを鳴らす。
ささやかな慰労会のようだった。
ジョシュアは、スッとグラスに口をつけた。
渋味がちょうど良く、美味かった。
ふと皆を見ると、銘々に好きなものを取り
今晩はジックリと食事をするつもりのようだ。
カイは、大好きな野菜のポタージュに舌鼓をうちながら
ジョシュアをねぎらった……というか、好奇心丸出しに尋ねた。
「ジョシュ、お姉さま達の作戦はうまくいったの?」
カイは時々、リリー達のことをお姉さま達と呼び、
笑いを誘っていた。ジョシュアは思わず笑いながら答えた。
「う〜ん、うまくいったような、いっていないような……」
そう答えたジョシュアに、オーリーが笑っていた。
「そりゃそうだろうな。ソフィ相手じゃ、どう転がるか分からん」
「結局、ソフィは小説を読んだのかい?」
ルークは、前菜のパテを食べながら尋ねた。
「それが、モリンの持っていきかた上手くて……。読んだんだ。
でも俺も巻き添いになった」
「まあ読んだんなら、良かったじゃない?絶対興味なさそうだもの」
「カイ、それがな、真面目に読んだんだ」
ジョシュアのその一言に、全員が目を見開いた。
「本当か?あのソフィが?」
オーリーが、不敬なことを堂々と尋ねた。
もはや仲間内だけでなく、王宮に努めるものなら誰でも、
ソフィアのざっくばらんさのおかげで、不敬も何もないことを知っている。
ここに咎める者はいなかった。
「そうなんだ。びっくりするほど真面目に読んでいた」
それを聞いて、ルークは首をひねった。
「それは珍しいね。何かあったのかい?」
ジョシュアは、しばらく考えて答えた。
「多分、こちらが思っているよりもソフィは傷ついているんだと思う」
カイは、目を丸くして聞いた。
「何に?」
「自分が、世間一般に求められる女性像ではないことに」
ジョシュアが、そう答えると皆が神妙な顔になった。
オーリーは、それを振り払うかのように
ステーキを豪快に口にし、笑った。
「ソフィはな、俺のように豪快だけど、俺と1つ違うところがある。
あれでいて、結構繊細なところがあるんだ」
ルークも微笑みながら続けた。
「そうなんだ。本人は気が付いていないだけで、
気にしていたり、悲しんでいたりする」
ジョシュアは納得した。
「やっぱり俺の感じた通りか……」
そう言ったジョシュアに、ルークは優雅に主菜の魚のグリルを食べながら
色々と尋ね出した。
「その真面目に読んだ結果はどうだったの?」
「素直に感想を述べていた。ソフィは男性作家、
俺は女性作家の作品を読んだんだ。
ソフィは、その作家は女性に癒しを求めていると言っていた」
「ま、そうだよね。それは現実社会でも男性の願いに違いないもの。
で?ソフィはその事について何か言っていたかい?」
「なぜ、そのパターンだけが良いのかと聞いていた」
「ごめん、よく背景がわからないな」
「なぜ女性が男性を守るパターンはダメなのかと。
女性が男性から守られるだけではなく、癒してもらったり
お互いに癒したり、それはダメなのかと聞いていた」
それを聞いていたカイが、大笑いしだした。
「さすがソフィ!!ソフィならできるものね。
それ、現実社会では素敵かもよ。小説としても以外に売れたりして」
喜びながら話すカイに、ジョシュアは肉を頬張りながら答えた。
「ところがソフィの理想は違うんだそうだ」
カイは思わず飲んでいたワインを吹き出しそうだった。
「……グッ……ゴホッ……ゴホッ……ちっ…違うの?!」
「そうだ。ソフィは、こんなことを真面目に考えなくてもいい、
ありのままの自分を認めてくれる人なら、それで良いそうだ」
オーリーは、珍しく からかわずにホーッと息を吐いた。
「ジョシュ、チャンスだ」
ルークも目を見張りながら、ジョシュアにけしかける。
「ジョシュ、なぜそこまで聞いて動かなかったんだい?」
ジョシュアは、半ばふてくされながら答えた。
「そんな急展開についていけるかっ!!おまけに観客もいる前で
そんな事をソフィに話すつもりはないっ!!」
そう言ったジョシュアに、カイが助け舟をだした。
「確かに……あのお姉さま達の前で、告白する勇気は出ないかも……。
でもジョシュ、よくお姉さま達に怒られなかったね」
「そりゃ、全員すごい視線だったさ!!でも文句言われる事でもないぞ!!」
興奮したジョシュアをなだめるように、ルークが話しだした。
「まあまあ、ジョシュ。気持ちはわかるよ。
でもこれで長年の想いを諦めなくても済むかもしれないじゃないか。
物事がこう着せずに動き出すのは、ジョシュにとって良い事だよ」
ルークはもう一度、動きだしたソフィアの心に乾杯しようと持ちかけた。
何かが動き始めた、皆がそう思う出来事だった。




