第106話 忘却
ジョシュアは、久しぶりに普段の仕事をしていた。
というより、せざるを得なかった。
できる限り日常の仕事は、他の近侍に割り振っていたが、
それだけでは済まないものもある。
結局、ソフィアか自分が決断しないと他に回したり、
その件を終わらせたりできない事柄だ。
ソフィアは、早くも飽きていた。
そんなソフィアを横目に、とりあえず自分の仕事に没頭した。
これを終わらせれば、好きなだけソフィアをかまってやれる。
午前中には終えられるか……。
書類に目を通しながら、そう思っていた。
その中に、魔法医療団から魔力鑑定について問い合わせが入っていた。
……しょうがない。これが今日の最重要になるだろう……。
ジョシュアは、ソフィアを見た。
「閣下、医療団に向かいます。その書類を終わらせてください」
ソフィアは、ん??と反応し、ぱあ〜〜っと顔を輝かせた。
ーーやった!!書類の山から逃れられる!!
そんなソフィアの思惑を見通したかのように、ジョシュアが微笑んだ。
「閣下、その山を今日中に処理しないと、明後日には2山になりますよ」
グッと詰まったソフィアは、何かを飲み込んで呟いた。
「分かった、あと10分待て」
そう言うと、猛然と20件近くの書類を決裁し出した。
相変わらず、他の近侍達にはジョシュアは神のようにキラキラ輝いて見える。
ーー素敵です……!!副閣下……!!書類の山が減っていきます……!!
今日は、書類の山を見てため息をつくことはなさそうだ。
皆は、それだけでワクワクした気持ちになるのだった。
少し疲れゼーハーしているソフィアを連れ、医療団長の部屋へ向かう。
同じ魔法科に属しているので、そんなに遠くはない。
ただ、彼らは1階に部屋がある。温室や、庭の菜園にすぐに出る為だ。
医療団長の用件は、実にシンプルだった。
魔力鑑定を数値化して、目に見える魔道具を作れないかと言うものだった。
魔力鑑定をできるのは、限られる。
ソフィア、ジョシュア、医療団長、医療団の責任者3名、魔石の鑑定部門の2名。
できればガザンに行く前に試したいと言う要望だった。
ただ、なくても問題ないようにしておくという約束付きだ。
「閣下、お忙しいのは充分承知しておりますが、
閣下達と部下を守るため、あれば便利かと……」
ソフィアはうなずいた。
「そうだな、誰でも目に見えて分かれば良いが……。
すまん、ちょっと時間がかかるやもしれん……」
ソフィアは慎重で、安請け合いしなかった。
魔法は属性がある。まずそれを特定して、データを集め、
分類、数値化して、さらに融合して可視化しなければならない。
ちょっと厄介だ。
ソフィアは理論で魔法を考えたことがない。どちらかというと
工作をするように魔具を作り、絵を生み出すように魔法を操る。
だから分類や、属性を整理するのは苦手なのだ。
どう考えてもジョシュアの手助けが必要だった。
ソフィアは薬草畑へ行きたいと言った。
ーーしばらくは魔具の事だけがソフィアの関心になるな……。
そう思ったジョシュアは、少し考えながら薬草畑へ向かった。
薬草も奥が深い。魔法の干渉を受ける薬草、
全く受け付けない薬草。土壌の改良だけで効果を増す薬草、
土壌と魔力の恩恵で効果を増す薬草。
薬草という1分野に魅了されたものは、一生を薬草に捧げる。
そんな逸話があるほど、博士や専門家が必要な分野でもあった。
薬草畑は、よく生い茂っていた。
背の低いものも、背の高いものも、葉を日に向かって
これでもかと伸ばし、まるで子供が背伸びをしているようだ。
「おっ、よく育っているな。良い色だ」
ソフィアは、薬草畑を眺めて嬉しそうにしていた。
ソフィアは葉を手に取り、匂いを嗅いだり、かじったりしていた。
「閣下?!嗅いだり、かじるのはいけません!」
「ん??ああ、毒味か。大丈夫だ。お前も分かっているだろう?
この野生に毒を仕込むのは大変だぞ?」
「いいえ、その閣下の味見するクセを利用される可能性もあります。
ご自重を……」
ソフィアは、呆れた顔でジョシュアを見た。
「お前……、過保護にもほどがあるぞ……」
「いいえ、閣下の場合は、この位でちょうど良いのです」
ジョシュアは負けなかった。
薬草畑は、魔法医療団、侍医団、庭師、薬師、色々な人物が
出入りするのだ。ここで引くわけにはいかなかった。
「分かった、分かった。気をつける」
ソフィアは、笑いながら手にとった葉をひらひらと振っていた。
ジョシュアは、しょうがないという様に小さなため息をついた。
昨日、根回ししておいた件を、ソフィに教えるか……。
いくらソフィでも、仕事のしすぎだ。
それに……自分も……。
「閣下、陛下より休暇をいただきました。
と言っても1日ですが……。魚釣りに行きますよ」
ソフィアは自分の耳を疑った。
ーー休暇?ジョシュアが自ら??……本当か?!
「ジョシュ、具合が悪いのか?!」
「……私は健康です。閣下、どうなさいますか?
釣り、してみたいとおっしゃっていたでしょう?」
「……行く……!!絶対に行く!!!」
「それでこそ閣下です。さ、執務室に戻りますよ。
仕事が終わらなければ、明日の休暇はとりやめですからね」
「そんなのイヤだ!!」
慌てて踵を返すソフィアに、ジョシュアはニッコリと笑ったのだった。




