第105話 逢瀬
ソフィアの護衛で、同じくヘイネシア王国を訪れていたオーリーは、
毎日、ちょくちょくソフィアの侍女長であるルディアに声をかけていた。
遠征中は、誰もが多忙になる。それはルディアも変わらなかった。
彼女はソフィアの世話だけでなく、リリーも気にかけていた。
リリーも家の侍女を連れてきていたが、
他国の王宮内でお互いに慣れないことには変わりない。
お互いに補い合うことにして、日々を乗り切ろうとしていた。
ルディアは、朝のほんの少し一緒になる朝食の時間、
夜に主人が寝静まってから自室へ下がる時間、
たまたま時間の合った休憩時間に
オーリーから声をかけられていることに気がついていた。
「オーリー様、お気遣いありがとうございます。
私は大丈夫ですので、どうぞご自身の体調を整えてくださいませ」
何回かそう言ってみたのだが、オーリーは笑って取り合わなかった。
「いいえ、ルディアどの。俺の方が遠征に慣れています。
それにあなたの仕事は手伝えない。声をおかけしているだけですよ?」
そう言ってオーリーは笑うのだ。
オーリーは、これ以上ライバルが増えては敵わないと思っていた。
やっと自国で、ルディアにちょっかいを出す者を牽制し終えたのだ。
他国でも同じことをするなんて、まっぴらだと思っていた。
ヘイネシア王国にも、ルディアの良さを見抜く者はいたようで、
ほんの一握りではあるが近衛や騎士、役人の適齢期であろう男達が、
通りすがりに急に立ち止まり、ルディアを振り返ることがあった。
メガネをかけているのにだ!!
ーーホントに油断も隙もありゃしねぇ。
オーリーは、できるだけルディアに声をかけ
周りに、親密さをこれでもかと振り撒いていたのだ。
わざと皆に見せ付けるように、でも友人のように振る舞うオーリーに
遠くから2人を見かけたルークは、あっさりとあれがオーリーの運命かと判断し、
カイに情報をよこすように手配までしていた。
ーーやれやれ、もう1組縁談がまとまりそうだ。
こちらは僕が動く必要はないと思うけど……。
そう思いながら、あまりに侍女の鏡のようなルディアの硬さに
オーリーの好みが分からなくなっていた
たぶん隠された何かがあるはず……。
そう思って、紹介されるまでは見守ろうと思うのだった。
遠征して3日目、今日も自室に下がろうとするルディアを
ちょうど交代を終えたオーリーが部屋まで送ると言い出した。
「そうだな、オーリー。そうしてくれ。
その方が私も安心だ」
ソフィアに、にこやかに言われ辞退仕切れなくなってしまった。
廊下を歩いていると、珍しく前から人が歩いてきた。
オーリーは、サッと自分の背でルディアをかばい、
にこやかに話し始めた。どうやら知り合いらしい。
今日もお互い業務に励んだことをねぎらい、
挨拶を交わしてすれ違う。
オーリーは、後ろにいたルディアの背にそっと手を回し、
もう歩いていいと促した。
ルディアはオーリーに頼み事をした。
「オーリー様、もしよろしければ
私の自室の前で、少しお待ちいただいても良いですか?」
「ええ、もちろん」
オーリーは、嬉しそうに答えた。
ルディアは自室に入ると、すぐに出てきた。
手には、可愛らしくラッピングされた袋を持っている。
「こちらをどうぞ」
「ルディア殿、これは?」
「実はこちらの侍女長様に、色々お世話になり
仲良くなったのです。明日、帰還の予定ですので
こちらをお土産にといただきました。
2ついただいたので、オーリー様にもと思いまして」
オーリーは目を細めた。
……可愛い……。この気遣いのできるルディアが可愛い……。
「ありがとう。遠慮なくいただきますよ?」
「ええ、もちろん」
オーリーは受け取るときに、わざとルディアの手の上から
包み込むように袋を握った。
ルディアは、しばらく真顔でオーリーを見ている。
ーーたぶん、奇妙なと思っているんだろうな……。
オーリーはクスクス笑いたい気分だった。
ルディアは首を傾げた。
はて?お嫌だったのだろうか……??
ーーまったく、ソフィそっくりだ。
オーリーがそう思った瞬間、ルディアは、口を開いた。
「あの、オーリー様?」
「ルディア殿、せっかくですから2人でいただきましょう。
中身はお菓子ですか?」
「はい。こちらの伝統的なお菓子だそうで、小さなクッキーに
ゴマを散りばめているそうです。でもこの時間では……」
「あなたは明日の朝、早い時間から動かねばなりませんか?」
「いいえ、ソフィア様の荷物は今日の内に、あらかたまとめております。
いつもの時間で大丈夫かと……」
「俺も友人に、夜遅くなってからでも休めるベンチを聞いています。
そこでいかがですか?ちょうど携帯用の紅茶も持っています」
「ええ、オーリー様が大変でなければ……」
「何か羽織る物を取ってきてください。
ここで待っています」
オーリーはそう言うと、やっと手を離した。
オーリーが案内したのは、近衛や騎士が夜通し行き来する
明るい廊下に設けられたテラスだった。
気分転換に使うものが多いので、テーブルとベンチが置いてある。
夜風が涼しいとはいえ、換気のために窓扉は開け放たれていた。
すぐ近くに近衛の待機部屋があり、必ず近衛が1名廊下で警備するので、
開けておいても問題はないのだそうだ。
「ああ、オーリー様。今日は満月です」
久しぶりに夜空を見たルディアは、ほお〜っと息を吐いた。
それは大きな大きな満月だった。
「ええ、テラスが明るくなって良いですね。
ほら、紅茶ですよ」
「ありがとうございます」
夜風が少し冷たくて、紅茶の暖かさが心を落ち着けた。
土産のお菓子を出してみると、ゴマがギッシリ入っており、
ほんの少しの甘さと香ばしさが、とても美味しかった。
「遠征でご一緒するのは2度目ですね」
オーリーは、近衛の制服の襟から緩め、胸元を楽にして行った。
緊張を緩めたオーリーは、いつもよりも柔らかく見えた。
「ええ、オーリー様。近衛の任務はご苦労が多いですね」
「俺には、あなたの方が大変に見えますよ。特に今回はね。
他国の王宮で、手を貸してもらうために社交も必要になる。
あなたの努力には頭が下がります」
ルディアは、褒められて少しはにかんだ。
「いいえ、侍女であればどの国の方もやっていらっしゃる事。
そんなに大変ではないのです」
オーリーは、優しく微笑んだ。
「ああ、見てください。グリフィス王国より月が大きく見える」
「……本当に……。大きな月も美しいのですね。
オーリー様、見てください。模様までハッキリと見えます」
ルディアは、目の前の月が落ちてくるのではないかと不思議な気持ちだった。
オーリーは、ルディアの口にクッキーを触れさせた。
ルディアは思わずオーリーを見た。
彼は楽しそうにクッキーを持っている。
「ルディア殿、せっかくのクッキーです。
満月と共に味わいましょう」
そう言った彼の顔は、幸せそうに見えたのだった。




