第2話 潜入開始
三か月前――
俺は、自分から‘‘敵のど真ん中に飛び込む任務‘‘を志願した。
雷鳴が轟き、厚い雲に覆われた常闇の空間。
そこにそびえ立つ漆黒の城こそ、我らが悪の組織「エル・ロコ」居城である。
本日は定例会議の日。奥の王座に腰掛けるのは、組織の長――フールキング。
その周囲には、幹部たちが静かに並んでいた。
そして議題に上がっている内容に、場の空気は重く沈んでいる。
原因は、中央にいる幹部――ウルフマン、すなわち俺の提案である。
「さすがに危険すぎるのではないか?ウルフマンよ……」
フールキングの低い声に、幹部たちも同意するように頷く。
「魔法少女たちの学校に潜入というのは……」
魔法少女「トリニティ・ブーケ」。
ブロッサム・アクア・グレイスの三人組。我々エル・ロコの最大の障害である存在だ。
「王よ。お言葉ですが、私はこれが最善の策だと考えております」
「しかし、貴様自身が潜入せずとも良いだろう?」
「部下の怪人では、探知能力で感知される可能性が高く。ですが、私ならば――」
そこで一度区切る。
「魔法少女の探知を回避できます」
場が静まり返る。
「…確かに、彼は唯一その特性を持つ」
発言したのは、ピエロ姿の幹部デスピエロである。
「私は彼の案に賛成です」
「なぜだ、デスピエロ?」
「我々は魔法少女たちの情報をあまりにも持っていない。魔法によって情報収集が阻害されている以上、内部からの調査が最も有効かと」
議論は続いた。だが、最終的に潜入作戦は承認された。
会議後、俺はデスピエロと廊下で向かい会っていた。
「助かった」
「構いませんよ。有効な策だと判断したまでですから」
仮面の奥の表情は見えないが、その言葉に嘘は感じられなかった。
「それに……私はあなたのファンでもありますからね」
「……そうか」
「とはいえ、困難な任務であることには変わりありません。相手の情報は皆無の状態ですからね」
ああ、その通りだ。だからこそ、俺が行くしかない。
「留守は任せる」
「ええ。お気を付けて」
この任務――失敗すれば、確実に死ぬ。
こうして俺は、敵地への潜入を開始した。
――そして現在。
俺の名はウルフマン。
任務は、魔法少女の正体の調査。
そのために俺は人間の姿を変え――
王守 大牙という偽名で、一紋目学園に転入した。
「えー今日から転校してきた王守 大牙くんです。みんな仲良くしてね」
教室の視線が一斉に俺へと向けられる。
(…警戒されているな。好都合だ)
「王守 大牙だ。よろしく」
最低限の挨拶を済ませる。馴れ合う気はない。任務に私情は不要だ。
「王守くん、空いている席に座ってね」
指示に従い、最後列の席に向かう。その瞬間だった。
「大牙くんっていうのね。初めまして!私は花園 桜。よろしく!」
満面の笑みで話しかけてくる少女。
(こんな強面に躊躇なく、話しかけるとは…)
どれほどのお人好しなのか?
「ああ、よろしく」
必要最低限の返答。深入りは避けるべきだ。
――これが、花園 桜。そして「ブロッサム」と呼ばれる存在との最初の接触であった。
この時の俺はまだ知らない。
自分が、敵であるはずの魔法少女たちから、好意を向けられる側になるなどとは、夢に思っていなかったのだから。
今のところに至っては平穏だ。普通の授業、普通の生徒、普通の学園生活。
――だが。
(任務はトリニティ・ブーケの正体の調査)
それを忘れるつもりはない。
魔法少女たちの情報は、性別以外は全く判明してない。魔法による隠蔽の影響か、外部からの調査はことごとく失敗している。
だからこその内部潜入。そして観察。
(さて、どうしたものか……)
転校初日の教室。周囲からの視線はまだ警戒混じりだが、問題ない。なれ合う必要はな
い。任務に支障がなければそれでいい。
「大牙くーん」
不意に呼ばれ、思考を停止する。
声の主は、俺の隣の席の少女――花園 桜だ。
(花園……現時点で最有力候補の一人だ)
魔法少女の正体は三人組の可能性が高い。
(それを言ってしまったら、この学校の女子は全員当てはまるからな……)
「何の用だ?」
「大牙くん、まだこの学校のこと知らないでしょ?」
「ああ・・・」
「だから私が放課後案内してあげる!」
屈託のない笑顔。あまりに自然な善意。
(……好都合だ)
この学校の構造は資料で把握しているが、実際の動線や人の流れまでは不明だ。加えて花園自身の情報収集にもなる。
(二人きりで行動できる機会は貴重だ)
「ああ、頼む。花園。この学校の事を詳しく知りたい」
「オッケー!あとでね!」
軽い調子で返事をする桜。
「…大牙くん」
「ん?」
「私のことは桜でいいよ」
まるで当然のように距離を詰めてくる。
(警戒心が、まるでないな……)
「わかった。桜」
そう呼ぶと、桜はぱっと表情を明るくした。
~放課後~
「ここが音楽室!授業の他にも、吹奏楽部がよく使う教室だよ」
「ほう……」
校内の案内をされながら、俺は周囲の環境を観察する。教室の配置、死角になりやすい場所、人の少ない時間帯。
だが。
(魔法少女に関する情報は依然としてゼロか。)
生徒が知っているような存在なら、すでに噂になっているはずだ。つまり、正体は極めて巧妙に隠されている。
「大牙くん、次行くよー」
軽やかに歩く桜の背中を見る。
(こいつについても情報を集めておくか)
「桜…」
「何?」
「どの部活に入ってるんだ?」
観察対象の生活圏を把握するのは基本だ。
「園芸部だよ!」
(園芸部……)
外の花壇、倉庫、道具室。合流地点としては不自然ではない。
だが、それだけでは判断できない。
(怪しい点は多いが…まだ材料不足か)
(捜査は地道にやるか……)
「大牙くんは前の学校は部活入ってたの?」
想定済みの質問だ。
(ここは事前に用意した回答で問題ない)
「家庭の事情で帰宅部だった」
デスピエロと協議して決めた‘‘魔法の言葉‘‘。それ以上は踏み込まれにくく、矛盾も生まれにくい。
「へぇー、そうなんだ」
追及はない。予想通りだ。
「じゃあさ、もし部活に入りたいならどこがいい?」
「……考えたことはない」
「そうなんだー。じゃあ園芸部をおすすめするよ!」
(勧誘)
監視のための接触強化かと一瞬疑う。
「…なぜだ?」
慎重に問いを返す。
「男手が欲しくて!」
「……は?」
あまりにも予想外の回答に、思考が止まった。
「うちさ、土袋とか運ぶから結構力いるんだよねー」
「…なるほど」
「大牙くんなら十や二十くらい余裕かなって!」
(ただの人手不足か……)
表情、声色、視線。どれを見ても嘘の気配はない。
自分の疑心の方が、過剰だったように思える。
「それに…」
「ん?」
桜は真っ直ぐこちらの目を見ていった。
「大牙くんの誤解も解けるかなーって思って」
「誤解?」
「みんなね、大牙くんのこと不良って思っているけど……私は違うって思うの」
「……どうしてだ?」
桜は迷いなく答えた。
「だって、‘‘いい人‘‘って感じがするから!」
満面の笑み。迷いのない断言。
(敵かもしれないやつに、いい人と言われるとわな……)
(皮肉なものだ)
今日会ったばかりの相手に向ける言葉ではない。だが、その瞳に打算や警戒は見えない。
「ふふっ。私ね、自分の直感を大事にしてるんだ」
「直感、か……」
窓の外へ視線を向ける桜。その先には花壇があった。
「それにね」
「……?」
「大牙くんのお花を見る目は「優しい」から」
思わず言葉を失う。
花は嫌いではない。鮮やかな色も、香りも。だがそれを見ていたことまで観察されていたとは。
「……それ、理由になるのか?」
そう問い返すと、桜は少しだけ胸を張った。
「なるよ。私がそう決めたから!」
屈託のない笑顔。疑いを知らないような表情。
(無防備すぎる)
(……だが、だからこそ――危うい)
(もし本当に魔法少女だとしたら)
(この性格は、あまりにも危うい)
「そうだといいな」
気付けば、その言葉が口をついていた。
任務対象。観察対象。
そのはずなのに――
(こいつは……純粋に優しい人間だ)
「じゃあ案内の続きしよっか!」
軽い足取りで階段を上がっていく桜。
その瞬間。
「きゃっ――」
足を踏み外し、体が後ろに傾く。
「……っ!」
反射的に体が動いた。
落ちてくる桜の体を両手で支える。
気づけば――
いわゆる「お姫様抱っこ」と呼ばれる体勢になっていた。
桜は一瞬目を丸くし、次の瞬間、柔らかく微笑んだ。
(……軽い。いや、違う、無防備すぎる)
「…ありがとう、大牙くん」
「気を付けろ」
短くそう返す。
(任務対象を助けた、か)
(……いや単なる反射行動だ)
そう自分に言い聞かせる。
その後、案内は滞りなく終了した。
「じゃあねー大牙くーん」
手を振る桜に、俺も軽く手を上げて応じる。
今日一日で得られた情報は多い。校内構造。人間関係。
そして――花園 桜という人物。
俺は、彼女に戸惑っている。
(魔法少女の候補であることには変わりはない)
(だが)
少しだけ。
ほんの少しだけ、信頼してもいいかもしれない。
――それが、のちにどれだけ危険な判断だったのか。
この時、俺はまだ知らない。
~帰路につく桜~
(大牙くん……ずっと難しい顔していたなぁ)
戸惑った表情。呆れた表情。そして、花を見ていた柔らかな目。
思い出すたびに、自然と笑みがこぼれる。
そして、最後に助けられた瞬間を思い出し、桜の頬がほんのりと赤くなる。




