第三十九魚 決意
おサンマをキメる時は周囲を明るくし、精神状態を整え、周りの目を気にしながらキメましょう。
『三魔との約束だ!』
闇ありし所にサンマあり。
死をもたらす災厄の化身。
サンマの前にあるのは絶望による死のみであった。
だが、人は希望の光を手に入れた。
人を守り、人を導く存在。
人は彼らを称えてこう呼んだ。
『日魔星』
貫け!走れ!
刃を振るえ!
金色の夢を抱いて〜
常闇の街に
狂笑が鳴り響く〜
絶望の到来
終末の鐘が鳴り渡る〜
誓いを込めた
刃を胸に
サンマを裂く刃金
金色の夢を抱く者よ
飛び立て〜闇黒の空に~
闇を討ち倒すために!
貫け!走れ!
獅子の如く駆けろ!
喪おうとも吼えろ!
魔を裂く刃となれ
三魔~~~!!
『駆けろ!三魔』
『心先ず快楽をもとめる
それから苦痛を免れることを
それから苦しみを鈍らせる
すこしの鎮痛剤を
それから眠りにつくとを
それから──もし審判官の
みこころならば
死んでいく自由を
────エミリー・ディキンソン』
救護班に連絡を入れ、姿を消したサンマリスを探しに外へ出ると、入口付近から転々と血の跡が残っており、辿ると死に絶えたサンマリスを発見する。
「…随分な逃避行だったな」
別段、やる意味もないのだけどサンマリスの頭に村正刀魚を突き刺し押し込む。
ぐちゃりと音を立て吸い込まれていく刃は、サンマリスの血で朱く染まる。
直ぐに引き抜き、血払いを済ませると、踵を返して二人の元に戻る。
達もサンマーベリックも共に気を失っており、瀕死と言える。
止血程度の応急処置を二人に行い救護班を待つ。
やがて駆けつけた救護班が達を懸命に処置し、傍らに倒れ気を失っているサンマーベリックも、重要参考人として治療を受ける。
そんな中、俺は細蘭の遺体を抱え、部屋を後にする。
胴体と顔だけになった彼女の体は軽々しく、片手でも持てるほどなのだが、宝物を持つように優しく両手で包み込む。
俺が刃に穿たれ、脳天に穴が空いているのだけどその死に顔は静かに笑っている。
「すまな…」
細蘭の顔を見つめ、謝罪の言葉を口にしようとして留める。
それだけは口にしてはいけない気がしたのだ。
「細蘭…ありがとう」
代わりに感謝の言葉を告げる。
今までの事を。そして、今日のことを。
細蘭を斬ったのは確かにこの身で。
恨まれるべきは俺なのだ。
だから、悔いてはいけないのだ。
彼女を犠牲にした俺だけは。
俺は二人の友を斬った村正刀魚を抱えて戦い続けなければいけないのだ。
達とサンマーベリックを担架に乗せ、救護車に乗せる隊員たちに混じり、彼女を乗せる。
そのまま、その場を離れようと引いた時、
「ちょっと待ってください。お見せしたいものが…」
隊員の一人に呼び止められ、車内に招かれる。
隊員がサンマーベリックの秋刀魚仮面を取り、素顔を曝け出す。
そこには。
俺に似た男の顔が広がっていた。
熊野三魔山、本宮。
山々に囲まれ、透明な空気に覆われた聖域。
日に照らされ、舞う埃で時の重さを感じれる一室で。
細蘭は幼子が母親の夢見て安らぐように永眠っていた。
打ち覆いを被せ、彼女の表情を隠すと、サワンナ法師が祖父が孫にかけるような優しい声で呟いた。
「おやすみ…ゆっくり休んでね…」
口にして、顔を覆い隠す。
気を鎮めるように何度も溜息を繰り返す。
「法師…」
声を絞り出す。
「ごめんね…三魔くん。少し待っててくれるかな」
サワンナ法師と付き合いは長くはないのだが、震える声にその深い悲しみが見て取れた。
無言で頷き、部屋から出る。
襖を占め、サワンナ法師と細蘭だけの世界を作り出す。
近くの壁によりかかり、時が過ぎるの待つ。
部屋からは時折、サワンナ法師の抑えきれない呻き声が聞こえ、その度に心臓が早鐘を打った。
鉛のような体の重さを感じ、震える足で立ち続け、廊下が影に包まれる。
重いものが引きずりるような立て付けの悪い戸の音をたてサワンナ法師が部屋から出てくる。
「僕もここも歳を取っちゃってね…」
泣き腫らした目元を掻きながら、サワンナ法師が呟く。
「法師…細蘭のことは…」
細蘭は俺が殺したのだと。
そう、改めて告げうとする。
俺の罪を、俺が選んだことを。
「細蘭はね…戦いの中で死んだんだ」
「いいえ…細蘭は」
「…そう、思いたいんだ」
「………」
サワンナ法師が俺を見つめて繰り返す。
「そう…思いたいんだ。僕はその場にいなかった。何があったのかも知らない…」
サワンナ法師は一度、言葉を呑み込み続ける。
「細蘭がそっちに応援に行くって言ったとき、嫌な未来を感じたんだ。でも…細蘭の友達を助けたいって思いを優先させてたんだ」
サワンナ法師が吐露する。
彼は未来を感じると語っていた。彼は感じていた…感じてしまっていたのだろう。
細蘭の未来を。
「もし…細蘭の死に責任を持つならば、責められるべきは僕さ…」
「それは…それは違います。細蘭は…俺が」
「三魔くん…僕はね、弱いんだ。とても、とても。だから、自分も人も恨みたくないんだ。…それが身勝手でも」
その一言を告げ、サワンナ法師は俺に背を向けると離れていった。
その後ろ背は泣きじゃくる子供のように小さく揺れ、風に煽られる蝋燭の火のようであった。
サワンナ法師に背を向け、本宮の出口へと向かう。
外を見やると日が傾き、紅に染まっていた。
「三魔さん…?」
本宮の玄関口にマリアンヌが座っていた。
「…帰ろう」
一言呟き、外へ出る。
マリアンヌは無言で着いてくる。
夕日に包まれ、紅の空の下を歩くと本宮の参道の真ん中に巨体のサン魔が立っていた。
「…師匠?」
以前、熊野三魔山に訪れた際に修行をつけてくれたサンマスラオが夕日を背に立っていた。
「三魔さんあのサン魔は?」
「師匠だよ」
マリアンヌに答え、真っ直ぐ歩いていく。
サンマスラオもこちらへ向かって歩き、互いに手前で止まる。
サンマスラオも細蘭と付き合いがあり、その顔はやはり悲しみを浮かべていた。
「三魔よ…」
サンマスラオが悲しみにくれた顔を歪ませ、俺の名を呼ぶ。
その先にはきっと慰めの言葉が続くのだろう。
「師匠」
その言葉を遮る。
「俺は…強くなる。もう誰も喪わないように、斬らなくてもいいように」
宣言を口にする。
俺は弱い。
二人も大切な人を喪っている。
もう、その結末は変えられないのだが、同じ結末を二度と見たくはない。
「ああ…強くなれ三魔」
サンマスラオが呟き、それを聞くとすれ違う。
夕日を浴び、サンマスラオを背に歩く。
「三魔さん。自分も、二度と友達を喪いたくないであります。…だから、自分も強くなるであります」
後ろを歩いていたマリアンヌが俺に追いつき、宣言する。
無言で頷き、その宣言に応えた。
「遅くなってすまない」
「いいんだ。僕もようやく落ち着いたところでね」
本宮の奥、日魔道士達の基地でサワンナ法師とサンマスラオが話し始めた。
「それで…儂に見せたいというものは?」
「これだよ」
サワンナ法師はサンマランドから送られてきた一通の写真、サンマーベリックが写ったものを見せる。
「こ、これは…?」
「サンマーベリックと名乗っていた男らしい。今回の一件で三魔くん達が世話になったようだ」
「サンマーベリック?だが、この顔は…」
「やはり、彼なのかい?」
「…瓜二つ。いや、本人なのかもしれない」
「そうかい…。とにかく、関係はあるのだろうね」
「…奴が生きているのか」
「その可能性も考えられる」
「だとしたら…もし、奴が生きていたのだとしたら。俺が…奴を倒す」
サンマスラオが拳を握りしめ、呟く。
その顔は深い悲しみと、怒りが入り交じった復讐者のものであった。




