第三十八魚 細蘭
正義とは解するならば公平なもの。
正義とは不変であるための全体の刃。
人が正義を振るうのではない。
全体のために正義を代行するのみ。
故にこそ正義の味方。
正しさを謳う者はその刃を己のために振るってはならない。
正義に憎悪はない。
あるのは論理
感情など要らぬ。
Saury in the dark!! Saury in the dark!!
闇の中へ〜
Saury in the dark!! Saury in the dark!!
刃を掲げ〜
Hope is a sword!!
(前奏)
血に飢えしサンマ〜
大罪の炎がその身を灼く
夜を駆け
奴らを狩れ
正義の刃
悪を切り裂け〜
Saury in the dark!! Saury in the dark!!
闇の中へ
Saury in the dark!!Saury in the dark!!
刀は掲げ〜
サンマを断て!!
正義の刃を執り
運命を討ち破れ!
Hope is a sword!!
『斬り裂け!サンマ』
波に揺られる現実と、沈んでいく夢。
そのどちらもの境界が曖昧で、私がどこに在るのか不明瞭だ。
心は絶え間なく悲しみを伝え続けて、瞼のうちに温かいものが溢れるのだけど外に溶けるように消えていく。
沈んでいく夢の中、足下に広がる深淵を恐れ目を開く。
四方を囲まれた檻のような現実。
波打つ視界で外を観る。
そこに。
懐かしい誰が立っていた。
『美よ、わたしが死にいたるまで
美よ、どうか私に慈悲を
もし、今日果てるというのなら
どうか、あなたの元で
───エミリー・ディキンソン』
「策はある」
達がそう呟くと、秋刀魚を構えた。
「…俺が隙を作る。任せていいか?」
押し殺すように告げ、それから策の概要を話した。
「それ…は…」
「確かな確信がある訳では無い。だが、一番可能性がある…。任せていいか?」
視界が揺らぐ。
村正刀魚を握った腕が震え、冷凍さんまを当てられたように背筋に寒気が走る。
「俺が…やる」
必死の気持ちで答え、達を見つめる。
「任せたぞ」
達が駆け、サンマリスと刃を交える。
二刀の刃が踊るように駆け、サンマリスを襲う。
「まだ抗うのですか?」
片手であしらいながら、達を威圧する。
「これはあなたがたの熱意だとかそういうものの問題ではありません。僕に憎悪を抱いた。その事実のみで斬れないのですよ」
雪豹のように軽やかに、しかして猛虎のように獰猛に放たれる刃を、サンマリスは何食わぬ顔で捌き続ける。
「そうだな。俺はお前が憎い!!だから例え斬れなくても吼え立て牙を振るう!!」
刃鳴り止まず、鋼鉄の音階が響く続ける。
「俺はそこの女と話したことも会ったこともねぇ!!だがな…お前の煮詰まった糞のような邪悪は許せねぇ!!」
「下品ですね」
「それは失礼。言い直してやるよ。この肥溜めの糞で蠢く蛆野郎!!」
二刀を並べ、一本の牙のように突き出す。
「……ムカつきますね」
どんなに硬いサンマの骨をも断つような鋭き刃だがサンマリスの指一本で受け止められる。
「糞はそちらでしょう?」
言い放ちサンマリスが腕を引く。
「くっ…!!」
その腕を止めるために駆け寄ろうとするが、
「来るな三魔!!お前はお前の役割を果たせ!!」
「何を企んでいようとも…無駄ですよ!!」
サンマリスの腕が突き出され、達の腹部に突き刺さる。
達の秋刀魚がその手から零れ落ち、高い反響音を鳴らす。
「うがっ…!!」
口から鮮血を吐き出し呻く達だが、
「捕まえた…ぜ…」
とサンマリスを睨みつける。
「捕まえた?どうみたって瀕死でしょう」
「そうだろう…な…だがな…俺は一人じゃなんでね……いけ!!三魔!!」
達が声を振り絞って吼える。
それに応えて駆け出す。
目指すはこの部屋の奥…機器が密集する中の中心。
細蘭の元である。
「なっ!?どこに向かって!!」
「随分な慌てようじゃねぇの…ビンゴ…ってか…」
達が笑みを零す。
「お前は…仮面と言ったな…。ようは仮面で…お前は細蘭でありサンマである…そういうこどだろ…」
「くっ…」
「ならば…お前とあいつは表裏一体って訳だな…」
「だから…だからなんだと言うのです!!」
「…その慌てようが答えを言ってるようなものだぜ」
「離せえ!!」
サンマリスは達を穿った腕を引き抜こうと腕を引く。
しかし、達がその腕を強く掴み動かない。
「このッ!!腐れ野郎が!!」
もう片方の腕で達の息の根を止めようとサンマリスが振り上げる。
「させ…ぬ」
振り上げられた腕をサンマーベリックが掴む。
「死に体と侮ったか……ゆけぇ!!秋水三魔!!」
「そうだ!!いけええええ」
サンマーベリックと達の叫びを後ろ背に駆ける。
達が俺に提案した策…それは細蘭を斬ること。
「…もう彼女は助からない。俺を恨め…こうなったのは俺の責任だ」
俺の目を見すえて達が呟き…俺はそれを呑んだのだ。
眠る細蘭の元に駆けつけ、村正刀魚を振り上げる。
天を衝くように真っ直ぐに切っ先を向け、細蘭を捉える。
「魚ぉぉおおおおお!!」
「やめなさい!!」
サンマリスの絶叫。
俺は振り上げた刃を……。
──記憶が一風となり頬を撫でる。
海辺でポニーテールを靡かせ笑う細蘭。
いつも真っ直ぐで頼りになる細蘭。
サンマスラオの元で腕を磨きあった細蘭。
「──くっ…」
切っ先が震え、定まらない。
「三魔…やれえ…!!」
達の叫びに押され、踏み出す。
「やめなさい!!あなたは人を殺すのですか!?」
「…俺は…俺は細蘭を」
更に踏み出して一足一刀、細蘭を斬るための最適な間合いを取る。
「秋水三魔!!迷うな…お前のそれが正義の刃だと言うのならば!!」
サンマーベリックの絶叫。
頭では分かっているのだ。
細蘭は助からない。達の言う通りなのだ。
彼女はサンマリスの急所そのもの。
俺は細蘭を犠牲にして先に進まなければいけない。それを選んだのだ。
俺は村正刀魚を振り下ろした。
波打つのみの世界が割れ、外に転げ落ちる。
肩から下半身にかけて何かで斬りつけりたようで、ぱっくりと割れた傷から血が溢れ出す。
傷口が痛むのだけど、不思議と嫌な気分はわかず、どこか満たされた気分になる。
かろうじて動く首を回し、辺りを見回すと傍に誰が立っていた。
どこかで見たことのあるような懐かしい人。
その人は地べたに投げ出された私を見下ろして、必死に涙を堪えていた。
「あっ…が…」
声を掛けよと絞り出すのだけど上手く発音ができない。
その人は私の声を聞いて、更に悲壮に顔を歪ませた。
どうして、この人はこんなにも悲しそうなのだろう。
「ど…じで」
それを問おうと声を上げるのだけどやはり上手く声が出ない。
悲しい顔をした人は一度目をつぶり、それからゆっくりと見開いた。
その表情は先程までの悲しい顔なのではなく、感情を押し殺した無表情だった。
震える手で、刃を構え私の顔に向けるとそれを突き出した。
迫る刃を見て…。
私はこの人は仲間なのだと…根拠は無いのだけどそう感じた。
あぁ…この人にならいいや…。
細蘭は確かに。
最後の瞬間に笑った。
彼女に突き刺した刃を引き抜く。
脳天を穿たれ、ぽっかりと穴が空いているのだが、彼女の死に顔は笑っていた。
全身の血の気が引いていくような感覚と、虚脱感に襲われる。
細蘭の血を吸った村正刀魚が酷く重たく感じる。
しゃがみ混み、彼女の骸にコートを被せると翻って背後を向く。
達とサンマーベリックに抑えられていたサンマリスは二人から離れ、地べたを転がりながら絶叫していた。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」
転げ回るサンマリスの手前に達とサンマーベリックか膝を着いていた。
二人とも致命傷を浴びながら、身を呈して隙を作っていてくれたのだ。
鉛のように重い体を引きずり、二人の元へ。
「なんとか…なったな」
達が俺を見上げて呟く。
「ああ…」
嘆息し、答える。
「…まだ……だ」
転げ回っていたサンマリスが立ち上がる。
「よくも…よくもやってくれたなクソども!!」
先程までの口調から打って変わって乱暴にサンマリスが吼える。
「自己矛盾でなあ…確かに俺の存在はぐちゃぐちゃだ!!」
所々の皮膚が裂け、鮮血を迸らせながらサンマリスが近づいてくる。
「痛てぇよ…痛てぇよ…なんで俺がこんな目に!!」
「それがお前の本性か」
「お前らのせいだ…お前のせいだ!!このウオジラミ共が!!」
血を滴らせ、幽鬼の如く揺らめきサンマリスが飛びかかってくる。
「二人は瀕死、残る一人の刃は俺に届かねぇ!!詰んでんだよお前ら!!」
サンマリスが拳を振るう。
その拳を。
俺が一閃する。
「なぁぁぁぁ!?」
握りしめた拳から鮮血が飛び、サンマリスが驚愕する。
「何故斬れる…!?」
「単純な話だ。悪ならお前を斬れるんだろう?」
村正刀魚を上段に構える。
「人を…友を斬った者を悪と呼ばすなんと呼ぶ?」
突き進む。
悪意を斬るために。
振り下ろした刃で鮮血が飛ぶ。
「うがぁぁぁぁぁぁ」
止むことなく刃を振るい続ける。
返り血を浴びて視界が曇る。
血で濡れた刃に、血で濡れた体。
もはや己の身に清き部分などなく。
噎せ返るような血の匂いに溺れる。
「この…このぉ悪魔めぇぇぇぇぇ!!」
この刃は悪を討つための悪の刃。
どれほど繕うとも刃の本質は変わらず。
突き出した刃がサンマリスの胸を貫く。
「悪魔…悪魔……!!」
村正刀魚を引き抜く。
サンマリスの体が地に倒れ付し沈黙する。
「終わった…のか?」
達が声を絞り出す。
それに答えようと瞬間、階段の方から何が駆け下って来る音でそちらを見やる。
部屋の入口からメイド服を着たサンマが現れた。
「残っていたか」
サンマリスの従者のサンマへと駆け、斬り捨てる。
血払いを済ませ、納刀すると振り返る。
すると、そこにあったはずのサンマリスの死体が無くなっていた。
血にまみれたサンマリスが邸宅の庭を這っていた。
「馬鹿どもめ…」
腐っても最凶と字名されるサン魔。
奸佞邪智たるサンマリスはその身をいつでもその身を眩ませるように準備をしていたのだ。
「一度サン魔界に帰って…あのクソ共をぶっ殺すための算段を…」
青茂っていた草木を朱く染め這い続ける。
「やっぱりこの程度なんだね」
サンマリスの頭上より声が降ってくる。
「誰だ…?」
「僕だよ」
そう答える少女が身を屈め、サンマリスの視界を埋める。
「お前は…」
「追い詰められると直ぐにその面だね」
「うるせぇ…さっさと俺を助けろ」
サンマリスが少女に頼む。
「なんで僕がそんなことしなくちゃいけないのかな?」
鈴を転がすような凛とした声色で告げると、サンマリスを嘲笑う。
「ふざけんな…てめ…ぐっ…」
少女が片手でサンマリスの首を掴むと体を持ち上げる。
「じゃあね。もうそろそろあの人たちが来るから」
傷だらけのサンマリスの体より、胸の傷口に手を突っ込み心臓を握りつぶした。
もはや、指先一つすら動かなくなったサンマリスの死体を少女が地面に投げ捨てるのその場を去っていく。
月が降り、朝日が昇り始める。
暁天の薄闇の中に少女の影が呑まれ消えていった。




