第三十七魚 善意
おサンマをキメる時は周囲を明るくして、精神状態を整えてからキメましょう。
『三魔との約束だ!』
正義を語らう者よ
己の枷を祝せ
然して大義を呪い
血塗るる舞台へと上がれ
真言をもってして吼えろ
軛に縛られた己のが叫びを
隣人を愛し慈しむ者は身を冒され汚泥の中眠り
奉仕を尊ぶ者は飢渇に溺れ月に堕ち爛れた肉へと果てる
夜闇を這う鼠は幼子を貪り肥え 絶えた我が子を踏み潰す
死肉に耽る蛆は腐海の底で産声を上げ死を運ぶ
生とは善なり
貪り嗤う恍惚の相は生の証なり
生を尊べ
善なる己を讃えよ
人よ その鎖を抱いて眠るがよい
『第三十七魚 善意』
「その感情ですよ…それがある限りあなた達は私を斬れない」
サンマリスが指で受け止めた刃を捻り、切っ先を強引に外へ向ける。
「何度も言いますが、僕はあなた達と戦うつもりはないのです」
そう呟くとサンマリスが拳を突き出した。
回避しようとも村正刀魚を掴まれており、退くことは叶わず、胴に叩き込まれる。
「ぐっ…!!」
大木へ叩きつけられたような衝撃が走り、後方へと弾き飛ばされてしまう。
強く握っていたはずの村正刀魚だが、衝撃でくらみその手を離してしまい、サンマリスの腕の中に残してしまう。
「危ねぇ!」
宙を舞う俺の体をすかさず達が受け止め、幸い壁に叩きつけられることは無い。
「戦うつもりはないんじゃないのかよ!」
達が俺を支えたままサンマリスに問いかける。
「ええ」
サンマリスは肯定し、村正刀魚を放り投げる。
「戦うつもりはありませんよ。一方的に嬲らせてもらうだけですので」
嗤う。サンマリスがその悪意を露わにして顔を歪ませる。
「ちくしょう!!」
達が俺から手を離し、サンマリスへ吶喊する。
俺はふらつく足で立ち上がり、サンマリスが投げ出しだ村正刀魚を視界に収め、拾うために駆ける。
「この卑怯者!!」
達が二刀の秋刀魚を振るう。
上下二つの方向から迫る刃。
さながら獣の牙である刃をサンマリスはそれぞれ片腕で止める。
「こんなものですか?」
挑発するように達に告げるが、当の本人は俺へと目配せを送る。
その真意を読み、村正刀魚を拾い突きの構えで吶喊する。
「ああああああ──ッ!!」
狙うは頭。
サンマリスの目前まで迫ると踏み込みと同時に刃突き出す。
しかし、その刃はサンマリスが頭を傾けるだけで容易く躱されてしまう。
すぐに刀身を引き戻そうと、腕を曲げるのだか、
「なっ…!?」
サンマリスが達を秋刀魚伝えに持ち上げ、俺に向かって投げ捨てた。
飛来する達を避けきれず、諸共突き飛ばされ壁に叩き付けられる。
「ぐはっ!!」
背中に痛みが走り、蓄えていた空気を全て吐き出す。
痛みで明滅する視界を凝らし、フラフラと立ち上がると達と並ぶ。
「同時に行くぞ」
「あぁ」
達の呼び掛けに応え、同時に駆け出す。
「「うおおおおおおおおお」」
二人別々に違う角度、違うタイミングで刃を振るい続ける。
三刀からなる刃の嵐。
されど、サンマリスはそれをそよ風と言わんばかりに涼しい顔で避け続ける。
「まだ分かってくれませんかね?あなた達では私を斬れない」
「たかだか素早いだけで!!」
達とは己の信念の違いで幾度なく刃を交えた。
そのため、真逆でありながら最もその刃を知るものである。
故に肩を並べて戦うと息をするようにタイミングを合わせられる。
七輪の火が強まっていくように息はあっていき、より嵐は苛烈なものとなっていく…のだが、サンマリスの肌さえも触れることはない。
「私が素早いから斬れないのではありませんよ。あなた達が正義の味方だから斬れないのです」
サンマリスが嗤い、刃を潜り続ける。
「どういう事だ!!」
「…答える義理はないのですが、まあいいでしょう。私はサンマリス、サンマの悪意のそのもの。あなた達人間にとっての悪」
「そうだ、お前たちは…お前は害魚!大人しく斬られな!」
達がサンマリスの頭部を狙って蹴りあげる。
「だからこそですよ!」
蹴りを受け止め、そのままの勢いで達を投げ飛ばす。
「悪だからこそ、私は正義に斬られる。…ですが、あなた達の刃。それは正義ですか?」
俺の刃を躱しながらサンマリスが続ける。
「否。正義が私怨で刃を振るってはなりません。それは悪の所業。その刃で悪は斬れません」
静かに告げ、サンマリスが村正刀魚の刃を受け止める。
「さあ、もう終わりにしましょう」
もう片方の腕を走らせて、俺の首を掴む。
「あっ……ぐっ…」
サンマリスの腕に締められ喘ぐ。
空気を没して脳が叫ぶ。
吸い込もうと口を開くのだが、強く締められほんの一欠片すら体へ取り込めない。
意識が朦朧としはじめ体の力が抜けていく…
「さようなら」
「…幕切れにはちょっと早いのではないか?」
どこからともなく声が響き、一つの影が躍り出るとサンマリスの腕目掛けて刃を振るう。
すんでの所で俺の首からサンマリスの腕が離され、地に崩れ落ちる。
首元を抑え、息を吸い込み視界が明瞭になってくると、目の前に血で濡れた指が二本落ちてきた。
「なっ…」
見上げるとサンマリスが己の指先を抑え、割って入ってきた男を睨んでいた。
「俺は正義の味方ではなく悪でな。悪ならば善なる刃を持たぬとも悪を斬れよう?」
サンマーベリックが刀を向け唱える。
「秋刀魚ノ戒詰…開封!!」
途端に握られた刀が輝き始め、光が溶けていくと同時に秋刀正宗が姿を表した。
「して…どうする?」
サンマッチャーを斬り捨てた直後、サンマーベリックが刀を構え、問いかけてきた。
「そうだね。俺としてはもうしばらく付き合って欲しいんだよね」
達がサンマーベリックに歩み寄る。
「待て、そいつは人殺しだ」
達の背中に声をかけ、制止する。
「いいだろう?こいつ使えるぜ」
「だろうとも、そいつとは組む気は無い」
「…ったく、これだから頭の固い日魔星野郎は」
「それは今…」
「待て」
殺人秋刀魚の戯言を一蹴するために声に出そうと瞬間、サンマーベリックが割って入る。
「今…ポニテと言ったな?」
「ああ、こいつは日魔星の大バカ野郎さ」
その一言を聞くと、サンマーベリックは俺の方へ歩み寄ってきた。
「あれは…ポニテは良いものだ…」
サンマーベリックが瞼を閉じ、万感の思いを込めて呟いた。
「…秋水三魔だ」
手を差し出し、名乗る。
サンマーベリックは呆気に取られた様だったが、差し出された手を握り返す。
「サンマッチャーの親玉を倒すまでだ」
「よかろう。それまでお前は同好の士として扱う」
「たかだか失敗作風情が!!」
指を斬り落とされ、激昴するサンマリス。
「下がっていろ」
俺に背中を向け、サンマーベリックが駆け出す。
無論その言に従うつもりはなく、背中を追って走り出す。
「くっそおおおおお」
サンマリスは己の腕で己の腹を裂き、肋骨を取り出す。
腹から手を抜き出すと、傷は閉まり、肋骨が剣のような形状へと変化する。
「痛いんだぞ!!これ!!」
苛立たしげに剣とかした骨を構えサンマーベリックの刃を受ける。
「お前は原型すら残さない」
剣を力任せに薙ぎ払い、サンマーベリックの刃を弾く。
がら空きになった胴に剣を突き立てようと伸ばすのだが、
「下がってなんていられるかよ」
それを村正刀魚で弾く。
「こっちも忘れんなよ」
その声と同時に、サンマリスを背後から達の刃が襲う。
合わせて四刀の刃。
三方よりサンマリスを狙いすまし振るわれる。
「例えお前を斬れなくとも…気を削げれそれで十分だ」
「小賢しい!」
サンマリスが声を荒らげるが、相変わらず俺と達の刃はサンマリスを捕えない。
正義の味方が振るう悪の刃ではサンマリスを斬れない。
それは確かに真実なのであろう。
今の俺にあるのはサンマリスへの憎悪。
この地下室の奥に据えられたカプセルの中で、変わり果てた姿となり眠る細蘭。
その姿を捉える度に沸騰するように滾る血液を感じ、一点に堕ちていく思考。
達とサンマーベリックと並ぶことで踏みとどまり、サンマリスを斬るために思考を巡らせるが、その根本は憎悪である。
息を合わせるように同時に振るわれる刃。
それをサンマリスが半回転しながら、剣で弾く。
切っ先を天へと向けられ、腕が持ち上がるが膂力で引き戻し、振り下ろす。
「鈍い!」
サンマリスはその刃をまたもや指で受け止め、空いた片方で剣を突き出す。
「させない」
刃鳴らせ、サンマーベリックが割って入る。
「秋水三魔よ、お前の刃はそんなにも鈍いものであったか?」
振り返らず呟き、サンマリスの剣を押し込める。
「こいつは俺が斬る」
サンマーベリックとサンマリスの刃が交わる。
一進一退の攻防が繰り広げられ、サンマリスが押し込められるように部屋の奥へと入っていく。
「くそっ…!!」
切り結ぶサンマーベリックとサンマリスを見て己の不甲斐なさを痛感する。
サンマリスへの憎悪を抱き、衝動に駆られながらも抑える。
されど、刃は届くことなくただ鈍らせるのみ。
足つかずの宙ぶらりんで、刃が彷徨い続ける。
「気を削げればと思ったが…俺たちじゃ役不足か」
達が少し離れたところで呟くと、悔しそうに地べたを殴りつける。
それを尻目に、立ち上がる。
「例え刃が届かなくとも…サンマーベリックの肉壁にはなれよう…」
趨勢を見やると、一見サンマーベリックが押しているように見えるが、一歩及ばない。
サンマーベリックの刃がサンマリスの肌を撫でようと、裂くことはなく。
反対にサンマーベリックは所々を斬りつけられ血を流していた。
「肉壁か…ほんと情けねぇな」
達が立ち上がり、秋刀魚を構える。
その瞬間、サンマーベリックの体勢が大きく崩れる。
「……!!」
声にならない悲鳴を上げ、駆け出す。
しかし、俺の身が躍り出るより早くサンマリスの刃がサンマーベリックに迫っていく。
「秋刀魚ノ弐衝華…!!」
達が叫び、引き戻し両刃と化した刃を投擲する。
烈風の如く駆ける刃がサンマリスへと。
「……!!」
それを捉え、サンマリスが刃を止めその身で受ける。
「危ないですねぇ…」
両刃を掴みながら、サンマリスが呟く。
「うぉぉおおおおおお」
その隙を逃すまいとサンマーベリックが斬り込む。
「いい加減しつこいですよ」
達の秋刀魚を投げつけ、サンマーベリックの視界を一瞬塞ぐと、続いて己の剣で斬り込む。
「うっぐ…」
鮮血が舞い、サンマーベリックがその場に倒れ込む。
「こんなものですか」
トドメを指すまでもないと、サンマリスが目を離し、俺たちへ向き直る。
「後はあなた達だけですよ」
両手を広げて悪意が嗤う。
「……くそ」
怒りを込めて、呟く。
「…三魔」
達が傍らに寄ってくると呟いた。
「なんだ…?」
「やつを倒す術はある」




