第三十魚 変化
おサンマをキメる時は周囲を明るくして、精神状態を整えてからキメましょう。
『三魔との約束だ!』
闇ありし所にサンマあり。
死をもたらす災厄の化身。
サンマの前にあるのは絶望による死のみであった。
だが、人は希望の光を手に入れた。
人を守り、人を導く存在。
人は彼らを称えてこう呼んだ。
『日魔星』
Saury in the dark!! Saury in the dark!!
闇の中へ〜
Saury in the dark!! Saury in the dark!!
刃を掲げ〜
Hope is a sword!!
(前奏)
血に飢えしサンマ〜
大罪の炎がその身を灼く
夜を駆け
奴らを狩れ
正義の刃
悪を切り裂け〜
Saury in the dark!! Saury in the dark!!
闇の中へ
Saury in the dark!!Saury in the dark!!
刀は掲げ〜
サンマを断て!!
正義の刃を執り
運命を討ち破れ!
Hope is a sword!!
『斬り裂け!サンマ』
低くなった天井に頭を擦りつながら歩く。
先程まで生えていた足と違い、随分と重たく感じてたどたどしく引きずる。
ドアノブに手をかけるのだけど、小さくなったドアから出るためには身を屈める必要があった。
のそのそとドアを潜り、廊下に出口を探してぎこちなく走る。
屋敷の床が私の体重で軋むのだけど、それを気にしていられる余裕なんてなく、ここから早く出なれければと焦りばかりが募る。
ここはどこなのだろうか?
声を出すことが出来ず、胸の中で問いかける。
自分がついさっきまで苦しんでいたことを覚えている。とても苦しくて、痛くて、恐ろしい。
延々と続く痛みの中で大切な何かを失ってしまったこと。それをぼんやりと覚えているのだけど、何を忘れたのかは定かではないし、それ以前の記憶はない。
ともかく、ここから離れなければと告げる本能に思考が塗りつぶされ、先程より慣れてきた足を使って地を駆る野生動物のように滑らかに走る。
狭い廊下を走り抜け、角を曲がる。
先には夜闇が顔を覗かせる出口。
ようやくここから出られると、足の回転を早め一目散に向かう。
ドアに手をかけようと伸ばした瞬間、私が手にかけるより早くドアが開く。
開いたドアから小さな生き物が足を踏み入れてきて、私を目にすると瞠目し、口を開く。
「サンマだぁー!!」
悲鳴にも近い声で小さな生き物が叫ぶ。
その声が耳障りで、私は手を伸ばす。
小さな生き物は私から逃れようと、足を引いたのだけどもつれる足に自分で引っかかってその場に倒れた。
小さな生き物を手の中に包み込み、持ち上げる。
「は、はなせ!!」
手の中で小さな生き物が暴れて、酷くくすぐったい。
さっさと潰してしまおうと、手に力を込めようとするのだけど頭の中に誰かの悲鳴が過ぎる。
「やめて」
その悲鳴は小さな生き物や周りの誰かではなく、私の中で響いた。頭を傾げて、耳を傾けるのだけど、悲鳴はそれ以上聞こえなくて、気に止めることを辞める。
「お願いだ…やめてくれ!!なんでもするが…うべっ…やめ…て…おねがいだがら…おばっ…」
小さな生き物は私が手に力を込めるとぐしゃっと音を立てて潰れてしまっまた。
溢れ出る暖かくて真っ赤な液体が私の腕を伝う。
銀色だった私の腕が朱に染まっていくのを見て、なんだか悦しい気分になる。
手のひらの中に収まっているそれを自分の爪がくい込むほど強く握りしめると、赤い液体はどんどん溢れて私を伝っていった。
それをうっとりとするように惚けて見ているうちに、唐突にここから出ていかなくてはと、当初の目的を思い出す。
ぐちゃぐちゃになってしまったそれを放り出すと、目の前に広がる真っ暗な森に駆け出した。
月明かりを隠すように真っ直ぐ伸びた木々に包まれ、闇の中を走る。傾いた地面に足を取られ、何度か転び悪戦苦闘する。
ひた光を求めて走り、木々を抜けると眼下には様々な光が広がっていた。
ああ…あそこに。
あそこに、求めているものがある。
そう、本能が告げていた。
あの光の中に、私の悦しみがある。
自然と、笑みがこぼれる。
疼く体を抑え、踏み出す。
瞬間、背後から何かが迫る音がして振り返る。
四つん這いになった意味不明な生物と、それに乗った小さな生き物が私に向かって飛びかかったきた。
身の危険を感じて既のところで避けると、小さな生き物が私に向かって声を上げた。
「細蘭!!」
小さな生き物は、銀色に輝く矛を私に向けていた。
そのサンマを見た時。
どうしようもなくそれが細蘭なのだと感じてしまった。
あの日、大切な仲間を斬ったあの森で。
俺はまた、大切な仲間に刃を向けていた。
母秋刀魚に伝えられたことを反芻する。
あれはもはや細蘭などではないのだと。
何故、日魔星が生まれたのか。
何故、日魔道士だけではいけなかったのか。
簡単な答えだった。
己をサンマと化して戦う日魔道士。
サンマだと深く認識することが彼らにとって強くなるということであり、戦い続けることであった。
故に。
いずれ、彼らにはおとずれるのだ。
認識の果て、もう二度と戻れない不可逆な認識。
日魔道士はやがてサンマになる。
刻日サンマ。
人のために戦い続けた日魔道士たちの成れの果てはそう呼ばれる。
細蘭はもう人間では無いのだ。
目の前にいるのは、俺たちが戦い続けてきたサンマ。
「…お前を討つ」
秋刀馬から飛び降りて、着地すると同時に地を蹴り細蘭へ飛びかかる。
「魚オオオオオ!!」
慟哭と共に、村正刀魚を横に凪ぐ。
銀の刀身が揺らぎながらも、細蘭の首筋へと走る。
細蘭はそれを上体を捻って交わすと、お返しと言わんばかりに鉤爪を凪いだ。
空中での完璧な回避が出来るはずもなく、鉤爪に肩の肉を引き裂かれる。
そのまま、地に着くと転がり距離を作る。
何とか致命傷を避けられたが、何度も喰らうわけにもいかない。
痛む肩を無視して、細蘭に刃を向ける。
細蘭は俺の血を吸った鉤爪を掲げ、愛おしいものを見るようにうっとりと見つめていた。
「お前は…やはり、もう…」
とうに振り切ったはずの情念が胸をすくう。
己の心臓の音が普段の何倍も大きく聞こえる。
「俺は…迷わない」
声に出して、確認する。宣告する。
俺はもう既に仲間を斬っているのだ。
日魔星として…仲間として、俺はこの…サンマを斬らなければならない。
村正刀魚を上段に構えたまま、距離を詰める。
一足踏み出したところで、サンマは俺に視線を戻して構えた。
距離を詰め、俺の間合いまで後半歩という所でサンマが右腕の鉤爪を振り上げて吶喊してきた。
その動きは酷く単調で、合わせて踏み込むと一刀にて容易く右腕を斬り落とした。
サンマが斬り落とされた右腕を抑えて仰け反る。
その隙を逃すまいと、村正刀魚を振り上げる。
「あっ…がっ…いだぁぁいいいい」
サンマが悲鳴を上げた。
それは確かに凛として威圧感のある細蘭の声だった。
サンマは右腕抑えながら、俺を見て。
それから、目を見張ると穏やかに微笑んだ。
手を広げて、胴体をさらけ出し俺の刃を受けようと静止した。
小さな生き物に向かって飛びかかった瞬間、私の右腕に鋭い痛みが走り、気がつくと肘から先が地に落ちていた。
痛みに悶え、無くなった右腕を抑える。
広がる痛みが身体中を走って、背筋を冷たいものが撫でる。
本能が逃げろと喚き散らす。
けれど、痛みが私の意志を砕きそれ以上考えさせない。
そして、痛みの中。
モヤがかかっていたような意識が晴れてきた。
「あっ…がっ…いだぁぁいいいい」
先程、声をあげられなかったというのに悲鳴が漏れた。
あの小さな生き物を潰した時に響いた悲鳴と同じ声で、それを私の声なのだと認識する。
声を認識し、目線を下げると目の前にいた小さな生き物が懐かしく感じた。
私を前にして苦悩を募らせ、今にも泣き崩れそうな表情を見ていると、胸が痛む。
今まで受けてきたどんな痛みよりも鋭い胸の痛み。
苦しさと切なさ。
失ったはずの何かが私に訴えていた。
終わらせよう。と。
私は腕を広げる。
この小さな生き物ならば、痛みから解放してくれると思ったから。
サンマが…細蘭が立ちすくむ。
彼女は俺の刃を待って微笑んでいた。
「さようなら…細蘭」
その一言で別れを済ませて、刃を走らせた。
村正刀魚は一直線に細蘭の胴体に駆ける。
そして。
…刃鳴る音。
刃と刃がぶつかり合い、村正刀魚が受け止められていた。
俺と細蘭の間に、黒衣を纏い秋刀魚仮面を被った男、否、サンマーベリックが立っていた。
「…邪魔をするな!!」
押し切ろうと、力を込める。
サンマーベリックは刃を交えたまま、呟いた。
「光刀」
瞬間、サンマーベリックの秋刀正宗が光り輝き俺の視界を白く染める。
「くっ…!!」
光が瞼の裏に焼き付く。
何も見えぬまま、サンマーベリックを逃すまいと刃を振るうが空を斬るのみ。
やがて、光が闇に溶けていき視界を取り戻すと、そこにいたはずのサンマーベリックと細蘭が消えていた。




