第二十三魚 水着
光ありし所にポニーテールあり。
男の夢と希望の化身。
ポニーテールの前にあるのはそれを永遠に眺めていたいという渇望であった。
だが、人はそのポニーテールの魅力をさらに引き出す術を手に入れた。
浜辺で輝き、人を魅了する存在。
人は彼らを称えてこう呼んだ。
『水着』
Saury in the dark!! Saury in the dark!!
闇の中へ〜
Saury in the dark!! Saury in the dark!!
刃を掲げ〜
Hope is a sword!!
(前奏)
血に飢えしサンマ〜
大罪の炎がその身を灼く
夜を駆け
奴らを狩れ
正義の刃
悪を切り裂け〜
Saury in the dark!! Saury in the dark!!
闇の中へ
Saury in the dark!!Saury in the dark!!
刀は掲げ〜
サンマを断て!!
正義の刃を執り
運命を討ち破れ!
Hope is a sword!!
『斬り裂け!サンマ』
「サンマーベリックだと?」
「ああ」
つい先刻、サンマミーなるサン魔と交戦し、その後サンマーベリックと名乗る秋刀魚仮面を被った黒衣の男と遭遇したのだ。
「恐らく、私が遭遇したのもそいつだろうな」
細蘭が遭遇したという謎の男と伝え聞いた人相が同じであったため、夜間であったがあとしょりを頼むと直ぐに細蘭の病室に訪れた。
「それで、そっちのちびっ子がマリアンヌか?」
細蘭がマリアンヌを指さして聞いてくる。
「ちびっ子とは失礼であります!私は百五十あるであります!」
マリアンヌが息を巻いてまくし立てる。
「そうか…それはすまない」
「分かったでありますか!」
細蘭が素直に謝る。
「細蘭だよろしく頼むよ」
「マリアンヌであります」
「三魔さーん!冷たくて気持ちいいでありますよー!」
揺れる波に両足をつけてマリアンヌが声をあげる。
普段は長い髪を縛ったりせず、真っ直ぐに伸ばしているマリアンヌであるが、今は長い髪を後頭部の低い位置で縛り、ローポニーテールにしている。
普段はあどけない雰囲気のマリアンヌであるが、丸の内OLのような大人っぽい、清潔感のある雰囲気を演出している。しかし、それだけではなく、毛先をきっちりと伸ばして纏めるのではなく、緩く広がる羽毛のようにフワッと纏めており、大人らしい落ち着いた雰囲気と少女のような可愛らしさを同居させている。
ただでさえ、大人っぽいという印象を持たれ、男向けがいいローポニーテールであるが、その印象を保ちつつも緩くまとめるというワンポイントで、可愛らしさをアレンジするというのは、あざとすぎるとすら感じられるのだが、マリアンヌのポニテ指数は一般的検知に基づいて考えても九十点を超えており、そんなことは些末な問題、否、このポニテ指数の前では問題にすらならない。
その上、マリアンヌは露出の少ないワンピース型の白い水着を着ているが、マリアンヌの金髪が白に映え、また奥ゆかしさを表現し、ポニテ指数に加点をしている。
貝殻の上で恥じらうヴィーナスの輝きに匹敵するほどである。
マリアンヌのローポニーテールはそ確信させるほど美しく、また彼女らしい魅力を放っていた。
揺れる波に合わせて踊るマリアンヌ。
彼女の髪もまた、毛先が波打つ。
目前で猫じゃらしを揺らされた猫のように、その誘惑に飛びつき撫で回したい衝動に駆られるが、日魔星の強い精神力で耐えしのぐ。
「遊びに来た訳では無いぞ」
普段通りの平静を取り繕うと、マリアンヌに声をかける。
「ちょっとだけでありますよ!」
ローポニーテールを揺らしながらマリアンヌが微笑む。
「…はぁ。聞き込みもしてくれよ」
ため息をつきながら、マリアンヌから断腸の思いで目を離す。
マリアンヌのローポニーテールを見ていたいものだが、日魔星としての務めがある。
サンマランドの南西に広がる、サンマーリンランド。
海に面しているサンマランドにはいくつかの海水浴場があるが、その中でも比較的に波が穏やかで人気のあるスポットだ。
だが、このサンマーリンランドでは最近、行方不明者が多発している。
決定的な証拠があるわけではないが、サンマが絡んでいると考えるのが自然である。
そのため、サンマランド常駐の日魔星である俺が調査するように言いつかった訳だが、マリアンヌと…
「三魔、あの女は何を遊んでいる?」
細蘭が同伴している。
「細蘭…かく言うお前も水着を着ているのだが?」
指定された細蘭はさも当然とばかりに頭を傾げ答える。
「海水浴場で聞き込みをするのに水着を着ないのは不自然ではないか?」
「水着では懐に七輪を入れられないだろ?日魔星としてそれでは失格だ」
「…私は日魔道士だからそんなことはしないが、日魔星は普段そんなことをしているのか?」
「当たり前だ」
細蘭に日魔星の常識を教示する。
細蘭は丸みを帯びた胸部を強調するような大胆な水着を着ている。
特筆すべきはその髪型である。
細蘭の髪は短く、普段はショートヘアだ。
ポニーテールは長い髪をまとめたら髪型であり、髪が長くなければできない。
…いいや、それは付き合いの長い親友だからという理由で連帯保証人を請負うほどの浅慮である。
襟足の髪の毛をあえて纏めない。蕎麦屋に行ってカツ丼を頼むような王道を外す行為であるのかもしれない。
だが。
道というものは常に、誰も歩いていなかった場所にできるものだ。
ショートヘアにはポニーテールができない?
『Bullshit!!』
頭頂部に髪の毛を引き出してまとめ、結った髪の毛のうち少量の髪毛を毛束にして後ろに結う。
マリアンヌのローポニーテールとは違い、ナチュラルな可愛さを持ったポニーテールの完成である。
口調はどうあれ、細蘭は見た目は落としやかな女性だ。
マリアンヌが自分の魅力とポニーテールの多彩の魅力を放ったマルチランダーなポニーテールだとするならば、細蘭のポニーテールは己の魅力をあくまでも自然に演出し、強調する一点集中型のポニーテールである。一般的検知に基づいてポニテ指数を出すのであれば、無論高得点である。
だが、彼女を知るものであればその点数は飛躍する。
細蘭は男勝りな性格をしており、あまり世俗的な事に興味を示さない。
その細蘭がポニテをセットしたのである。
ショートヘアである彼女は例え海に入るにしても、マリアンヌのような髪の長い女性に比べて髪の毛に気を使う必要はないのかもしれない。
のだが、敢えてのポニーテールである。
ポニーテールはヘアゴムでまとめるだけの簡単なヘアスタイルであるとされる。
それはある一面では事実とは言えよう。相手が日魔星でない限り。
日魔星といった人種はまとめる髪の位置、毛先、長さなど非常に細かい面でポニテを観て悦に浸ると言う。
そういった人種がいること自体が、ポニーテールという髪型の奥深さの証左である。
そも、普段お洒落をしない子がちょっとお洒落してみたというのは男心をくすぐるシュチュエーションであり、そのお洒落というのがポニーテールなのである。
よって、細蘭を知る人物にとって細蘭のポニーテールというだけでサンマが普通の海の生物だといったジョークぐらいに衝撃的なものである。
マリアンヌと細蘭、どちらもポニテ指数が高い。
「はぁ…とりあえず、マリアンヌと一緒に海辺で調査でもしててくれ」
これ以上、ポニテ指数の高い細蘭と一緒にいると理性が飛びかねないため、別れることにする。
「俺はそっちの海の家にでも行ってるさ」
細蘭を背に、浜辺の隅で個人まりと立っている海の家に向かう。
『海の家:珊万』という看板を目にしながら近づき、暖簾をくぐり中へといる。
「ごめんください」
人気スポットだというのに、客入りの少ない店内を見回し、店の奥へ声を投げる。
「いらっしゃいませー」
気の抜けた声とともに、奥から店主らしき人が出てきた。
「お好きな席にどうぞー」
あくまでも目的は聞き取り調査ではあるのだが、時間をとる以上、なにか注文するのが筋だろう。
勧められるままに席に着くと、メニューを見る。
「サンマンゴージュースとサンマグロ丼を」
「あいよー」
店主が注文を聞くと厨房へと消えた。
「先にこっちねー」
一度厨房から出てくるとサンマンゴージュースをテーブルに置き、再び消える。
マンゴーのほのかな甘みと酸味、サンマのハーモニーを楽しんでいると、思いのほか早く店主がサンマグロ丼を持ってきてくれた。
「へいおまち!」
「ありがとう。…ところで、少しお聞きしたいことが」
サンマグロ丼を受け取りながら、問いかける。
「なんでぇい?」
「最近、ここ近辺で行方不明者が多発しているって聞いた。何か気になることは無いか?」
「物騒なんだなぁ。俺は特に気になることはねぇぞ?」
「そうか…。では、もし何か思い当たることがあったら」
俺の連絡先を書いたメモを渡す。
「にーさん、探偵かなんかかい?」
「いや。警察みたいなものだ」
「警察かい…ほんとか?」
「…あまり気にしないで欲しい」
訝しげに俺に問いかける店主に断りを入れ、サンマグロ丼に目を移す。
「いただきます」
「おう、召し上がれ」
店主は暇なのか、俺が食ってるそばで立ってみていた。
「にーさん、味大丈夫か?」
「いや?新鮮なサンマグロの味がするよ」
「…ならいいんだが」
店主は呟くと店の奥に消えた。
特に味で気になることは無いのだが、あまり料理に自信がないのだろうか?
そう考えながら、サンマグロ丼をかき込む。
「ご馳走様でしたー」
店主に声をかけ、お代を払うと店を出る。
店内にいた時間はそう長くは無いのだけど、急に陽射しを浴びると目眩がする。
マリアンヌと細蘭はちゃんと調査をしているだろうか?と見回すと、視界の端に二人を捉える。
どうやら男性客と話をしているようだが…遠目でもわかるように、剣呑な雰囲気だった。
「不味かったか…」
ビーチで女性だけにするという行動が先ず良くは無いのだが、さらに二人は今ポニーテールなのだ。
厄介な輩に絡まれる可能性が非常に高いということを失念していた自分にほとほと呆れてしまう。
二人の元へ駆ける。
「申し訳ないのだが、二人に用事があって」
男性客の肩に手を置く。
「なんだお前?」
振り向く男性客。
俺は耳ともに口を当てて
「二人のポニテ指数が高くて欲情してまう気持ちについては理解出来る。しかし、ポニテに対して邪な態度をとる事はあまりにも不誠実だ。己の良心に問いかけてみろ。お前はポニテに誠実にありたいと思わないか?」
誠心誠意込めて、男に説き伏せる。
「…え…その、俺、用事あるから」
男は俺の必死の説得で正しい在り方を思い出したようで、今までの自分を恥じているのか脱兎の如く駆け出して離れていった。
「三魔さん今の人、すごい顔つきでありましたが?」
「あいつは自分の行動を深く反省している」
「そ、そうでありますか?」
「ああ」
戸惑い気味のマリアンヌに言い聞かせる。
「茶番はそこまでだよ」
マリアンヌの隣で押し黙って細蘭が声を上げる。
「きたよ」
細蘭が深間の方を指さす。
そちらへ目を向けるとサンマが泳いでいた。
「あのサンマ、海にいるであります!!」
「くっ…なんて厄介なサンマだ」
「どうするするんだい?」
「俺は村正刀魚を持ってきているが…」
「私たちは持ってきてないであります!」
「くっ…応援を待つしかないのか!」
歯がゆい思いでサンマイクに手を伸ばす。
「いくら秋刀馬でも海は…」
応援を呼ぶが、日魔星は少なく来るまで時間がかかってしまう。
その間、どれ程の犠牲が出てしまうのか。
「せめて、避難誘導だけでも…!」
サンマイクをしまい、二人に声をかける。
「三魔さん…その」
「どうした?」
「アレを使ってみてはどうでありますか?」
マリアンヌが桟橋の方を指さす。
そこには…。
「くくくっ!愚かな人間どもめ!サン魔が海にいては手も足も出まい!」
波を掻き分け、サン魔が吼える。
「このサンマリン様はサンマの中でも泳げるサンマ!脆弱な人間など恐るるに足らず!!」
サンマリンと名乗るサン魔は勝ち誇ったように笑みを浮かべ岸に向かって吠える。
その油断がサンマリンの命を奪う。
例えどれほど優勢であろうと戦場で油断するものが生き長えるはずなし。
「あの方の配下最強はこの我よ!」
得意げに吼えるサンマリンに迫る一条の矢。
海を掻き分け、矢の如く駆ける影が一つ。
「魚オオオオオ!!」
サンマリンバイクに乗った三魔である。
猛烈な速度で迫る天敵に目もくれずに高い笑いをし続けたサンマリンは矢が己の影と重なった瞬間、その首を切り落とされた。
「呆気ないな」
日魔星はそう呟きながら、仲間の元へ戻って行った。
月が満ちる。
燦々と輝く太陽の光を反射し、スポットライトの如くポニーテールの美しさを強調していた海は、闇に溶け込み、深淵と化していた。
浜辺の隅にぽつんと居を構える海の家に一人の男が入る。
「今日はもう店じまいだよ」
店内の掃除を終え、明日の仕込みを行っていた店主がカウンターからを身を乗り出し、訪問者に声をかける。
「………」
訪問者は何も答えずに、カウンターを乗り越え店主に迫る。
「お客さん、困りますぜえ」
「俺が客ではないことぐらい、貴様にも分かっていよう?」
「だったらなんだってんだい?面倒ごとは嫌だぜ」
「面倒ごとか。貴様が俺の質問に素直に答えれば直ぐに済む話しよ」
「…俺が知ってることなら答えるが、俺は一介の小市民ですぜ?そんなもんに何をお聞きになりたいんでぇ?」
「とぼけるな、奴の居場所を答えろ」
訪問者は黒衣に隠していた刀を抜き放つと店主に突きつける。
「俺はそう気が長くはない」




