第九魚 復活
闇ありし所にサンマあり。
死をもたらす災厄の化身。
サンマの前にあるのは絶望による死のみであった。
だが、人は希望の光を手に入れた。
人を守り、人を導く存在。
人は彼らを称えてこう呼んだ。
『日魔星』
三魔さんのために命をかけられるか。
サンマッドドクターの問に迷いなく答えると、三魔さんの元へ行くと伝えられた。
怪我は治してもらい、大荷物を持ってきている訳では無いから、直ぐに出発する。
サンマウンテンバイクが壊れているため、麓に迎えを頼んで下る。
道中、具体的に三魔さんを助ける術を聞いたのだけど、答えは返ってこなかった。
「着いてから説明するさ」
その一点張りだった。
麓まで下ると、サンマ〇ダが止まっていた。
運転席には秋魚女さんが乗っている。
とても嫌そうな顔ではあるのだけど、早く乗れって手招きをしていた。
「お願いするであります」
乗り込み、頭を下げる。
人以上の体格を持つサンマッドドクターが入るかヒヤヒヤしたのだけど、なんとか入りきることが出来た。
「さっさとシートベルトを締めなさい」
秋魚女はそれだけ言葉を送ってきた。
私がシートベルトを締めたのを確認すると、発進する。
「急ぎますわよ」
秋魚女が呟く。と、同時にアクセルを力強く踏み込む。
エンジンの轟音と共に、車が急発進する。
やばい。
悟った時には、既に風も一体化した車が猛スピードで路上を走っていた。
「安全運転っていう言葉…知ってるでありますかー!?」
私の絶叫はエンジン音でかき消されていった。
隣に座るサンマッドドクターは楽しそうに笑らっている。
そして、秋魚女も。
スピード狂。一言でいってその輝の人間なのだろう。
狂ってる…狂ってるであります!!
声にならない絶叫を上げながら、ひた耐えた。
事故らないで、事故らないで…サンマとの戦いと同じくらいの恐怖を感じていた…。
減速という言葉を知らないのか!とツッコミたくなるほどの急ブレーキがかけられ、とうとう事故ったか…と目をつぶり震えていた。
「着いたのですからさっさと、降りてくださらない?」
「えっ…?」
恐る恐る目を開けると、サンマランドの病院の駐車場であった。
定かではない足取りで車から降りると、サンマッドドクターを連れて中へ入る。
入口付近に母秋刀魚が待機しており、私達を視界に収めると頭を下げる。
「サンマッドドクターよくぞいらっしゃいました」
「ふん、挨拶はいい。さっさと患者の所に案内しな」
「それは失礼いたしました。どうぞ、こちらへ」
母秋刀魚が歩き出す。
「マリアンヌちゃん、貴方なら連れてきてくれると信じていましたよ」
「そ、そんな。恐縮であります」
病室に向かいながら、振り返り私に声をかけてくれた。
さらっとちゃん付けで呼ばれてしまった。
「それから、秋魚女。あなたもありがとうございます」
「当たり前でしてよ」
秋魚女は胸を張って答えた。
そんな秋魚女を見て、母秋刀魚は可笑しそうに笑った。
そうこうしているうちに、ICUの前まで来る。
「三魔はここに」
母秋刀魚が部屋を指し、サンマッドドクターに伝える。
サンマッドドクターは何も答えずに中へ入る。
それを追って中に入ると、ガラス越しに三魔さんが眠っていた。
三魔さんはガラスの向こうでサンマイナスイオンの水に浸かっていた。
「首の皮一枚ってところだね」
三魔さんを眺めながら、サンマッドドクターが呟く。
「助かりますか…?」
母秋刀魚が問うと、サンマッドドクターは首を縦に振った。
重々しかった雰囲気が一転して歓喜に変わる。
が。
「助けられる…いいや、助ける手助けができるだけだよ。まだ助けた訳ではない」
サンマッドドクターがピシャリと言い放つ。
「どういうことでして?」
秋魚女が口を開く。
「そのまんまの意味さ。あたしはこの男を直接助けられない。この男を救えるのはそこの嬢ちゃんだけさ」
サンマッドドクターは腕をの伸ばし真っ直ぐ私を指す。
「…自分に何ができるでありますか?」
「できることは単純さ。この男を蝕むサン魔力と戦ってもらう」
「戦う…?」
「そうさ。サン魔剣の恐ろしいのは斬った相手に使い手のサン魔力が残り、蝕み続けることなのさ」
「そんなのどうやって対処するでありますか!?」
「対処は大きくわけて二つある。が、この場合は一つ。この男を蝕むサン魔力を直接サン魔力で叩く方法だね」
「ほ、方法は分かったであります。でも、何故自分でありますか?」
「そうでしてよ。その小娘のサン魔力は毛虫程度。サン魔力で対処するのであれば私の方が適任ではなくて?」
秋魚女が割って入る。
「知るかい。そんなの」
「えっ…?」
私と秋魚女は凍りついた。母秋刀魚だけはこれを予想していたかの如く笑っていた。
「いいかい。この方法を取るのは簡単な事じゃないのさ。早い話、命懸け」
サンマッドドクターは一度、話を切ると神妙な顔つきをして語り出した。
「この治療のためにはまず、私のサンマジックが必要だ。そして、直接サン魔力をぶつける協力者も。問題は、患者の身を蝕むサン魔力がそう大人しく消えてくれないってことさ。さっき言った通り戦ってもらう」
サンマッドドクターの説明を聞きながら、誰一人として口を挟めなかった。
「術者のあたしと協力者は一蓮托生。無論、患者もね。協力者が死ねばもれなく残りのふたつもお陀仏さ」
「だ、だからこそより強いサン魔力を持つものが適任ではなくて?」
ようやく秋魚女が口を開く。
「だからだよ。あたしはね、信用出来るものにしか命綱は預けない」
「その小娘は信用になるとおっしゃるの?」
「あぁそうさ。この嬢ちゃんはこの中で最も信頼できて、最も強い女さ」
「この銅サンマ級のアマチュア小娘が私よりも強いともうされますの?」
「その通りだよ。あんた、この世で最も強い者が何か知っているかい?」
「そ、それは…最も力のあるものでなくて?」
「違うね。いいかい、最も強いものは、こいする乙女なのさ」
サンマッドドクターはこの世の真理とばかりに自信ありげに呟いた。
「く…狂ってるやがりますわ、このエセドクター」
「狂ってる?そうかい、そりゃあ結構。なんたってあたしゃサンマッドドクターだからね!」
これ以上面白いことは無い。そう言わんばかりにサンマッドドクターは高笑いし続けた。
「準備はいいかい?」
眠る三魔さんの前でサンマッドドクターと並んでいた。
「はい…であります」
「結構なこった」
サンマッドドクターはまた高笑いする。
「嬢ちゃん、サン魔剣のサン魔力はね、受け手の魂に因果の鎖となり縛り付けて蝕むのさ。取っ払うにしてもまず、この男の魂を呼び出さなくちゃならない」
「どうするでありますか?」
「あたしの術であんさんの意識をこの男の意識へ飛ばしてやる。後は、出てくるまで呼び続けてやりな。そいつが出てくりゃあ本番さ。後は殴るだけ」
「な、殴るでありますか?」
「あぁそうさ。意識へは武器は持ち込めないからね。あんさんのありったけのサン魔力で殴ってやるのさ」
「了解であります!」
「頼もしい限りさね。…それと、さっきは恋する乙女だなんて言ったけどね。あんさん、恋心だとか、そういうのとは別に伝えたいことがあるんじゃないかい?」
「…それは…あるであります」
「なら、そいつを伝えてやるんだね」
そこで会話を終える。
「行くよ。サンマイクロウェーブ!!」
サンマッドドクターの掛け声と共に、私の意識は沈んで行った。
目を覚ます…それが適当かどうかは分からないのだけれど、私はその世界を認識した。
言ってしまえば。
それは地獄だった。
暗い、どこまでも続く闇。そんなものではなく。
むしろ明るい。
陽の光だと勘違いをしてしまう程の炎で包まれていた。
無念、自責、悲しみ。
それらが世界を包み込み、燃やしていた。
三魔さんの記憶の一片に触れる。
サンマの足元で無造作に転がる人々。
「助けられなかった…」
無情。その仮面を被って、彼は自分の哀惜を飲み込む。
目の前でサンマに引き裂かれた誰か。
「助けられなかった…」
非情。その仮面を被って、彼は自分の愛惜を飲み込む。
自分を庇いサンマに潰された仲間。
「助けられなかった…」
冷酷。その仮面を被って、彼は自分の悲嘆を飲み込む。
助けたい。
人を、サンマの手から。
誰も悲しまなくていいように。
それが三魔さんの願いだった。
サンマを狩り続ける剣士。
一人の日魔星として生きてきた彼は、傷つきボロボロだったのだ。
その願いは知っている。
誰かを救うこと。
日魔星としての生き方。
けれども、その苦しみを私は知らない。
彼が抱えているもの。抱え続けてきたものを。
「三魔さん!!」
彼の名前を呼ぶ。
誰かを救い、誰よりも苦しんだ人の名前を。
返答はない。
燃え盛る炎に私の声はかき消されてしまう。
「三魔さん!!三魔さん!!」
先程より、大きく声あげる。
しかし、結果は同じ。
それ程にも、彼の地獄は深いもの。
彼の地獄に阻まれ、声は届かない。
届いていないのだ。
彼へ向けられた言葉が。
自責の炎は全てをかき消すのだ。
彼の心には、彼の魂には届いていないのだ。
一つたりとも。
……だからこそ。
届けなければならない。
私が。
彼に救われた私が。
私だからこそ…。
声を振り絞る。
これだけは伝えなければならないのだ。
私は知っている。
彼の苦しみを。
そして、彼に救われたものを。
「三魔さん!!自分はあなたに救われたであります!!」
声を舌に乗せ吐き出す。
「三魔さんは自分の命を救ってくれたであります!!自分は、確かに今生きているであります!!」
脳裏を過ぎる死の記憶。
私の目の前で転がる両親だったもの。
肉を裂き、嘲笑うサンマ。
そして…私を救ってくれたヒーローの姿。
「三魔さんがいたから私は生きているであります!!」
ただ叫ぶ。
三魔さんへ。
この気持ちを。
あたたかいもの。
ただ奈落が続くのみのこの世界で唯一、それが光りだった。
それが俺を包み込む。
涙が頬を伝う。
何故だろう。
これに触れていると、温かい気持ちが広がって…たまらなく嬉しいのだ。
悲しくはない。
だと言うのに、とどめなく涙が溢れて伝う。
安らぎ。
確かに、それを感じていた。
ただ闇が広がる奈落の世界。
そこには俺しかいない。
けれど、不思議と孤独を感じないのだ。
まるで、すぐ傍に誰かがいるようで…。
「三魔さん!!」
ふと、誰かの声がした。
俺を呼ぶ、温かく優しい声。
その声が広がり…
奈落の世界に光が射す。
光の先へ、手を伸ばす。
体はぐんぐん光へと向かって上昇して…。
俺は光に包まれた。
眩いほどの光。
地獄だけが広がっていた世界にそれが現れた。
あれが三魔さんの魂なのだと確信し、私は駆け出す。
三魔さんを助けるために。
「三魔さん!」
名前を呼び、さらに足を早く踏み出す。
三魔さんの魂にどんどん近づいて行く。
そして、それが現れた。
禍々しいサン魔力の塊。
三魔さんの命を蝕むものが。
一歩も緩むことなく、迫る。
「三魔さんを返すであります!!」
帯状に伸びて、魂を縛り付けるサン魔力の檻を殴りつける。
激痛。
身体中に痛みが走る。
サン魔力の抵抗だろう。
酷いいたみだ…それでも、私は更に檻を殴りつける。
再度走る痛み。
無視をして殴りつける。
叫ぶ。
その名前を。
「三魔さん!!」
眩しい光。
奈落の世界から浮上して辺り一面の光に包まれる。
けれども、体はピクりとも動かない。
まるで何かに縛り付けられるようで。
けれども、自分を呼ぶ声が聞こえる。
必死に自分を呼ぶ声を。
マリアンヌの声を。
俺も彼女の名前を呼ぶ。
「マリアンヌ!!」
三魔さんの声が聞こえる。
私を呼ぶ声が。
三魔さんはすぐそこにいる。
殴りつける。
サン魔力の檻にヒビが入る。
私は叫ぶ。
「三魔さん!!」
マリアンヌの声が聞こえる。
俺を呼ぶ声が。
マリアンヌはすぐそこにいる。
体を動かす。
幾分か軽くなっている。
俺は叫ぶ。
「マリアンヌ!!」
二人は互いに名前を呼びあう。
求め合う。
自分を救ったものを救うために。
自分が救ったものに救われるために。
二人を隔てたサン魔力の檻は瓦解し…。
互いに手を伸ばす。
大切なものの手を摂るために。
そして…
私はその手を掴んだ。
(前奏)
ゆけ〜さんまの戦士〜
魔を討つ戦士よ〜
秋刀魚を掲げて〜
(オォォォォ~)
鳴り渡るサンマの咆哮
終わりを告げる魔笛
散りゆく人の運命
響く
慟哭を聞け
さんまの戦士よ
叫べ!
怒りの声
振るえ!
怒りの秋刀魚
戦え!
怒りの戦士
正しき心
秋刀魚の一太刀
魔を討つ戦士 三魔〜!!
『戦え!日魔星』
重い瞼を押し上げる。
どうやら、長いこと眠ってしまっていたようだ。
目に映る景色はどことなく新鮮で。
そして…俺に微笑みかけるマリアンヌは…
とても美しかった。




