ストーカー、社会奉仕をする
アヤネコさんに悪意はない。ただ、推し以外に温情とか気遣いとかが常に脱兎のごとく散!!! って家出しているだけ。
アヤネコが今日も今日とてストーキングしていたら、ニチアサマスコット先輩が疲れた顔してのたまった。
「ねえ、なんでお前イチイチ殺気が漲ってるの?
推しが大事なのはわかるけど、その優しさを百分の一でも他の奴に分けてやれないの?
どうしてそんなえげつない呪いやお仕置きばっかり思いつくの?
本当に神の使いなの? 天使なの? 実は邪神のスパイか邪神そのものとかじゃないの?」
質問が多くてウゼエ。
もっと簡潔に取引先にいうみたいに言って。メンヘラ彼女みたいにやたら質問形にしないで。
これで目からハイライトが消えて片手に包丁持ってたらヤンデレだったけれど、先輩が持っているのは育毛剤と胃薬だった。よく見れば、側頭部に十円までいかないけど一円くらいのハゲがあった。
人間なら別にいいかもしれないが、ニチアサマスコット先輩は幼女にだっこされているのがお似合いなサイズであるため、人間でいえば五百円ハゲに相当するんではなかろうか。
「先輩、ワシは自分に正直に生きるって決めたんです。
前世で推しに貢ぎ切れず、課金しきれなかった後悔を今回まで残したくない」
「かつてないキメ顔で言ってるけど、お前やってるのほぼストーカー行為だからな?」
「お着替えやトイレ、お風呂はみとらんのよ? 推しを笑顔と幸せがモットーだもん」
「じゃあ屋根裏に生息するのやめろ。住居を構えるな」
「嫌だ。あのティーポットのフィット感が気に入ってるから」
「一応奉られているんだから、神殿に居なさい」
「だが断る。そんなところに居たら推しと推しの弟妹にくる暗殺者をシバけないじゃん」
おっと殺意殺意ぃ! まだ懲りない他所のお妃たちがいるようなんだよね!
まあ容赦なく暗殺者は折りたたんで地中の奥深くか森の奥にマッパでぶん投げてナイナイしますが。ついでにそれを指示したお妃様は須らく螺髪をプレゼントだ。
私の推しに手ぇだすんだから、テメェの御自慢の美貌の一つや二つ損なっても我慢しろやでございます。
「いっとくけど、神使はたまに神様から特定の人間を守れとか言われるんだからな。
失敗したらマイナス査定だぞ」
「ほー」
「オイ、シカトしたら天界で床磨きや庭掃除とか荷物運びだからな」
「えー、めんどい。もっとシンプルに悪魔の内臓をギュッて絞るとか簡単なのない?」
「待て。なんでお前はそー血の気が多くて残虐なのが出てくるんだ」
「なんかそういうのが趣味の悪魔がいたから、習ってそいつの腸で実践したら泣き叫んですぐ死んだ」
「何やってんの」
「うちの領地で悪魔召喚とかしないでほしい」
「ヤダ。なんでこのヤクザ仕事できるの。なんで神様、俺をコイツの上に付けたの?」
知らんがな。
神様に聞け。
ニチアサマスコット先輩はその小さな見た目にたがわず、とても非力でひ弱な神使である。
ちなみに悪魔召喚はガチ案件だ。
推しとその弟妹が健やかな生活を謳歌するためにいらんスパイスを入れるな。生きていることを後悔させるぞ。生まれてきたレベルで。
なんかいやーな気配がするなぁと思ったら女子供といった社会的弱者、肉体的にヒキな存在を捕まえて生贄じゃーってやってた。
テメエら全員魔法少女にしてやろうかと思ったが、プリンセス☩シスター・ハピネスエメロードことドートの野郎の件で一度先輩に怒られている。
なので、仕方なく『お前が魔法少女になるんだよ』は諦めた。
だが、神使なので勧善懲悪の精神でアヤネコは考えます。
アイツら、人気のないモンスターの巣穴だった場所に転がしてあるんだよね。どうやったら心を入れ替えてくれるか、アヤネコは考えました。
まあその間に運悪く獣や魔物に食い散らかされたらそれはそれで自然の摂理だと思うの。
「頼むから拷問じみたのはやめてやれよ」
何そんなに切実なんだよ、テメーは。
ニチアサマスコット先輩を少女趣味な中年女性のコレクションルームにぶち込んでやった。
毎日レースやモスリン、フリル、コサージュたっぷりの乙女服に着替えさせられて、数多の球体関節系ドールや同じように着飾られたぬいぐるみと共にねっとりと眺められるというお仕事をするだけ。
汚れるのも疲れるのも嫌だっていってたから、じっとしているという人形ムーブだけでOK。アヤネコ考えた、超えらい! 超親切!!!
うっかり動いて生きているってバレたら、ニチアサマスコット先輩は『スウィートチェルシー・ティアリーゼ・ブリリアントプリンセスちゃん』として一生涯監禁コースかもしれんがどうにかなるだろう。
先輩は♂だろうけど誤差範囲。イケルイケル!!!
そしてサタニストか分からない悪魔召喚をやらかした奴らへ新たな罰はこれだ!
某パンアニメヒーローのごとく身を削って、人を助けるという心を学んでほしいと思ってお顔を、前の世界で流行った超高級生食パンに変えてやった。
パンがないならお菓子をお食べ。その真ん中みたいなほんのり甘い生食パン。
その名も『お前が食料になるんだよ!!』である。
高級バターと練乳を練りこんだ、超有名店のお味を全力の魔法で再現した。
このあたりは餡子がメジャーではない。お豆系は基本香辛料や塩系の味だ。大体煮物かスープなどのおかずであり、お菓子はあまりない。
この世界には貧困街やスラムが前の世界より多い。まあ、そのあたりは文化や文明の違いがあるんだろう。毎日お腹ペコペコで明日のパンに困る人たちもいっぱいなのだ。
悪い子たちには『すぐにお顔は再生するけど、ずっと誰にもあげないとそのうちカビたり、腐ったりするからちゃんと分け合い、助け合いの精神をもとうね』とやさしく諭していた。
ちなみに全部カビたり腐ったりしたら? 「新しい顔だよ!!」って投げるんだよ?
でも、みんなぎゃあぎゃあ逃げるから、数回目からとっ捕まえてギロチンすることになった。
往生際が悪い悪人どもだ。
そんな悪い子には刑期延長を言い渡したら、パンがべちょべちょにぬれるほど泣き叫んでいた。
泣いて謝って喚いて、一通り騒いで静かになったところでアヤネコは諭します。
「君は、そう言って命乞いした無辜の人々をどうしたのかな?」
静かになった罪人はざっと顔を青ざめた。それが答えだったのは言うまでもない。
謝罪で済んだら警察も法律も神罰もいらないよと諭したら、翌日からずっとスラム街とか孤児院に出没して、子供や鳥や犬にもっちゃもっちゃ直食べされても大人しくなっていた。
最初は謎のパン頭を不気味がっていたが、背に腹を変えられず美味しいパンの食べ放題とくれば食欲に負けて群がる。
まあ、この世界では平民どころか貴族ですらありつけないレベルの美味しいパンだ。
「贖罪は罪な味……ってやつか?」
悪魔を召喚した連中のその無抵抗さは、非暴力を提唱した某僧侶のよう。
すっかりあのイキった姿はなくなり、大人しくなっている。
刑期を終えた犯罪者たちは、すっかり悪魔から縁を切ってすぐさま教会に駆け込んだ。
「神よ、お助け下さい!!! 私は悍ましい悪魔を袂を分かたせてください!!!」
「あの白い邪神から解き放ちたまえ!!! ベリアルよりなお純粋なる悪! ベルゼバブよりなお暴食にして暴虐の化身から守り給え!!」
「どうかお救い下さいませ!!!!」
ねえ、なんでワシを悪魔扱いするん?
お前らが呼んだ悪魔のでっけー蠅はたしかに私が蠅たたきで瞬殺して燃やしたけど、なんでワシが悪の大僧正か大将軍か元帥みたいな扱いなん?
こんな推しに敬虔でピュアで曇りなく真っすぐな愛と信奉を捧げている神使に対して。
つーか、ヌッコ教は別に戦神でもないしぬるい宗教だから普通に邪神や悪魔と戦ったら負けると思うよ。
推しの生活を脅かすようなら、一族郎党血祭りにして根城ごと先にアヤネコが焼き討ちするけど。
ついでに奴らはスラム街の住人や貧乏孤児院に恐怖を抱いているらしく、女子供であろうとやせ細った人間を見つけると怯える。そして一生懸命炊き出ししてごはんと与えていた。この街から、浮浪者やストリートチルドレンが消えるんじゃないかって勢いだった。
一生懸命炊き出しして、一生懸命勉強を教えて、一生懸命職を斡旋してお世話をしていた。
「こうして悪は滅びたのです……」
「ねえ、どうしてお前はとんでもねぇオーバーキルを毎度起さなきゃ気が済まないの?」
なんのこと???
首を傾げるアヤネコは、少女趣味のお宅から命からがら逃げてきたらしいニチアサマスコット先輩を見る。
なんか首にごっつい金属製の首輪がついている。ガッツリチェーンがついている。なにこれ。ジャラジャラうぜえと軽く引っ張ったら案外簡単に、ぶっつりいった。
先輩が「ヒエェゴリラァ……」とかちいさくいったから首輪は留め具の部分をぐちゃっとした。
これで鍵があっても物理で抉じ開けるしかできまい! ウェーイ!
数日後、神様から連絡が来た。
『我も生食パン食べたい』
ごめん、もう釈放しちゃった。
『弱いも……じゃなくて、先輩いじめはダメだよ』
逆パワハラ案件やったん? しょうがないから首輪をはずしてあげた。
「お兄様! パンの聖人をご存知ですか?」
……なんだそれは。
そう思ったエルストンだが、にこにこと笑いながら話しかけてくるアリエッタに微笑を返しながら、視線を合わせる。
盲目のアリエッタだが、気配や音で察するのだ。最愛の一人である兄が傍に来て、アリエッタは一層笑みを深めた。
「孤児院や下町などに現れては、おなかの空いた人々にパンを施す方がいたそうです!
そのパンはとても美味しいそうで、天国の味と呼ばれるそうです!」
「それは一度食べてみたいな。うちのシェフのクロワッサンとどっちが美味しいんだろうね?」
「食べ比べしてみたいですね!」
笑いあう二人の美しい兄妹。
その二人に「今日のおやつはクロワッサンサンドだよ!」と伝えに来たロヴェル。そして、それを聞いて笑いだす二人に、首を傾げるのだった。
一方、ストーカー神使はちょっと廃れたパン屋の夢に侵入していた。
そのパン屋はお味が微妙過ぎて廃業寸前。売れたパンより残ったパンが多いようなお店――要するに、基本暇だった。
「おい、落ちぶれパン屋。てめーに今から最強生食パンレシピを伝授する。
材料費はこっちで持ってやるから、ケツから血反吐はいてでも覚えろ」
ハリセンを片手に素振りをする、潰れまんじゅうフォルムのヌッコ似神使がアップし始めていた。
フェルゼン辺境伯邸に、美味しい生食パンが来る日も近いかもしれない。
ついでに、神様に生食パンが供えられる日も。
読んでいただきありがとうございました!




