第八章:最初の村
そう言って、俺たちは再び歩き始めた。
道はまっすぐ前方へと続いていた。広大な草原を抜け、どこまでも歩いた。足は棒のようだったが、両脇に広がる景色があまりにも美しくて、疲れを忘れさせるほどだった。青々とした草原がどこまでも続き、色とりどりの野花が風に揺れ、無数の蝶が花びらのように舞っている。息を呑むほど美しかった。
そしてついに、この国で最初の村にたどり着いた。
ダリウスが足を止め、あたりを見回して言った。
「ここは、この国の端っこにある村にすぎない。俺たちの国で言えば、少数民族の集落みたいなもんだ。首都はずっと北の果てにある。まだまだ遠いぜ。」
それから、俺の方を向いて、少し感心したような目をした。
「それにしても、お前、もう三つの基本元素を使えるようになったな。火、水、氷。どれもまだレベル1か、それ以下だが。まあ、いいだろう。」
俺はその言葉に、少し誇らしい気持ちになった。三つの元素。レベル1とはいえ、ゼロから始めた者にとっては、大きな進歩だった。
だが、ダリウスの頭の中では、また別のことを考えていた。
*こいつ、本当に素質があるな。才能なのか、努力なのか。俺がひとつ教えれば、ありとあらゆる、ありもしない想像までしてきやがる。しかも、教えたばかりのものを実戦で使おうとする。リスクも失敗も怖がらない。まあ、失敗は多いけどな。森の魔物に殺されかけたことなんて、何度あったか。でも、こいつの性格はしぶとくて、絶対に屈しない。特に、努力を惜しまない。毎日、魔力が尽きるまで魔法を練習してる。しかも俺に『魔力を回復させる方法はないのか』って聞いてきやがった。あるわけねえだろ。で、『魔法を分けてもらえませんか』だと。あるわけねえだろ、そんなもん。もし魔法を分け与えられるなら、一番人口の多い種族が、一番魔法が強い種族になってるに決まってる。魔法は空気中に満ちている。問題は、その流れを魔法に変えるだけの力が、自分にあるかどうかだ。*
*で、毎日、体が限界になるまで魔法を使い続けて、魔力が尽きると、今度は休憩がてら、巨大な葉っぱに乗った俺を引っ張る。いつもそうだ。強くなりたいのか、何かに取り憑かれているのか。*
ダリウスはため息をつくと、突然、声を上げた。
「この村に着いたし、誰かと喧嘩でもして、実力を試してみるか。」
俺はぎくりとした。
頭の中はパニックだった。
*いや、待て。俺は異世界転生してきたんだ。つまり、主人公だ。主人公は正義側で、いいやつで、弱者を守る存在のはずだ。なんで見ず知らずの他人に、こっちから喧嘩を仕掛けなきゃならないんだ? 理不尽すぎるだろ。*
そう思って、俺は断った。
「無理です、師匠。見ず知らずの人に喧嘩を売るなんて、できません。」
ダリウスは俺を見て、にやりと笑った。
「なあ、俺、今、金がねえんだよ。お前が誰かから金を奪わないなら、俺はもうお前を教えねえぞ。」
俺は、ぶるりと震えた。
*だめだ。これを失うわけにはいかない。*
正直に言おう。この世界で目を覚ましてから、弟に教わっても、毎日本を読んでも、食堂で働いて店員に教わっても、ダリウスのそばにいる一時間ほどの密度には、何ひとつ敵わなかった。彼と一緒にいる時間だけが、俺に力をくれた。それは、まるで前世でいうところの、金と権力のようなものだった。あの時、俺には何もなかった。でも今は違う。この世界では、力こそが何よりも大事だ。
失うわけにはいかない。
「……わかりました。」俺は歯を食いしばって言った。「どうすればいいんですか。」
ダリウスは、道の角にたむろしている若者たちを指さした。
「あっちでだべってる連中が見えるか。十八歳くらいだろ。どうせいつも集まって遊んでる、ろくでなしどもさ。あいつらに近づけ。」
俺は、彼が指さす方を見た。なるほど、道の角に、若者たちが集まって談笑している。見た目は、昔、俺を追いかけてきたチンピラどもとまったく同じだ。たむろして、何をするでもなく、だらだらと時間を潰している連中。
「でも、一対六ですよ。大丈夫ですかね。」俺は不安な声で言った。
ダリウスは笑った。
「大丈夫だ。俺がついてる。」
その一言で、少しだけ勇気が湧いた。ほんの少しだけ、だが。
俺は深く息を吸い込み、意を決して、連中の方へ歩いていった。
俺の姿を見た途端、一人が目をむいて、声を張り上げた。
「あ? てめえ、誰だ。俺らを誰だか知ってるのか? 金、貸せよ。」
俺は何も言わなかった。
足を速め、一気に近づいた。そして、机の上にあった酒瓶を掴むと、思い切りそいつの顔に叩きつけた。
ガシャン、と派手な音が響いた。連中は一瞬、呆気にとられた。だが、すぐに状況を理解したらしい。
隣の男が、いきなり俺の顔を殴ってきた。左の頬に、重い一撃が入る。よろめいた。もう一人が、俺の腹を蹴りつけてきた。俺は地面に倒れ込んだ。
残りの連中が一斉に飛びかかってきた。六人全員で、俺を殴りつける。手には鉄の塊を巻きつけたグローブまでしている。俺はただ、頭を抱えて防御することしかできなかった。
ダリウスの方を見た。助けを求めた。
しかし、そこに師匠の姿はなかった。
*やばい。*
*あのクソ野郎、俺を見捨てやがった。*
体はもう限界だった。拳も蹴りも、容赦なく降り注いでくる。痛い。とてつもなく痛い。
その時、俺の目に、すぐ隣にある石が映った。
本能的に体が動いた。地面を転がるようにして石に飛びつき、それを掴んで、一人の顔面に思い切り叩きつけた。
血が飛んだ。そいつは顔を押さえてよろめき、そのまま倒れて、気を失った。
しかし、その瞬間、別の蹴りが俺の顔に飛んできた。体が後ろに吹き飛ばされた。残りの連中は、もう俺には構わず、さっき頭を割られた仲間の元に駆け寄っていた。血がひどく流れている。完全に意識を失っていた。
一人が俺を振り返り、怒りに震える声で言った。
「てめえ、いったい何がしたいんだ! なんで俺らを襲う!」
俺は、逃げようかと思った。しかし、思い直した。
やるなら、とことんやってやる。
こいつらは、水と土の魔法を少し使えるだけだ。たぶん、ちゃんと学んでいない。避けるのは簡単だ。森で戦った猪の方が、よっぽど大きくて強くて速い。こいつら、見た目は怖いが、中身は大したことない。
俺は連中の攻撃を、いとも簡単にかわし、受け止めた。そして、一人の顔に拳を叩き込み、そいつを後ろに吹き飛ばした。
俺はもう、誰一人として許さなかった。
連中も反撃してきた。しかし、俺はもう我慢強くなっていた。森の中で、何度も死にかけてきた。あの化け物たちに比べたら、こんなチンピラの拳など、大したことはなかった。
時間が過ぎた。
気がつくと、俺は立っていた。顔中、血まみれになり、肩で息をしながら。そして、足元には、六人のチンピラが、折り重なるように倒れていた。
俺は、今の自分がどれだけ強くなったのかを、はっきりと感じていた。
もう、あの弱いだけのガキじゃない。変わったんだ。俺は、本当に変わったんだ。
そして俺は、その場に崩れ落ちた。




