第十三章:氷の都
あの偽物との戦いから、二ヶ月が過ぎていた。
俺たちは、数えきれないほどの街を越えてきた。小さな村。賑やかな町。石畳の長い通りが続く大きな都市。どの場所にも、それぞれの美しさがあり、それぞれの文化があり、旅の途中で学ぶべき教訓があった。
そして今、俺たちは、このアラタスナリアという国の首都の、すぐ近くまで来ていた。
ダリウスの見立てでは、あと一ヶ月もすれば到着する。あと一ヶ月で、俺はこの巨大な国の心臓部に足を踏み入れる。想像することすらできないような、その中心に。
首都は、北の寒い場所にあった。
昔、この国は何度も俺の故郷を侵略した。だから、二つの国の文化や建築は、かなり似ている。だが、それは遠い過去の話だ。今では、多くの違いがある。
北へ進むにつれて、その変化をはっきりと感じた。南は、太陽が照りつける暑い海辺の町々。そして北は、寒く、乾いた土地。建物の造りもまるで違う。南の家々は木と石で作られ、雨を流すために急勾配の屋根を持っていた。北の建物は、厚い石板で作られ、平らな屋根と高い壁で、寒さに耐える造りだった。
人々も違った。ここでは、みんな控えめで、無口で、他人を見分けるのがとても早かった。
街道沿いの小さな食堂に入ると、店主が好奇心のこもった目で俺を見た。
「あんた、どこの州の出身だい?」
俺は首を振った。
「俺はここの人間じゃない。ヴィナの国の人間です。」
店主は目を丸くした。
「ヴィナの人? あんた、うちの言葉がすごく上手いじゃないか。」
隣に座ったダリウスは、ただ微笑むだけで、何も言わなかった。俺は、この二ヶ月間、本や旅先で出会った人々から、この国の言葉を学んできた。今では、ほとんど流暢に話せるようになっている。昔のように、言葉に詰まることはなくなった。
季節も、少しずつ冬へと変わっていった。冷たい風が吹く日が増え、霧雨が頻繁に降るようになった。
そして、ダリウスも、俺の鍛え方を変え始めた。
「今日から、お前は、もう一般人と喧嘩する必要はない。」
ダリウスは、小さな宿の一室で、そう言った。
「自分より弱い奴と戦っても、役に立つのは、お前がまだ弱い頃だけだ。今のお前は、もう十分に強くなった。そこらの無学なチンピラが、お前に勝てるわけがない。それ以上、続けても意味がない。」
俺は頷いた。彼の言う通りだった。最近は、喧嘩をしても、以前のような高揚感は感じられなくなっていた。相手が弱すぎるのだ。何も考えなくても、簡単に倒せてしまう。
「じゃあ、これから何を学べばいいんですか?」俺は尋ねた。
ダリウスは、鋭い目つきで俺を見た。
「これからは、一流のものを教えてやる。」
彼は、少しだけ間を置いた。もったいぶるように。
「ただし、これは、努力だけでは身につかない。素質がある者しか学べない。まあ、お前は過去に天才だった。だから、その部分は気にしなくていい。」
俺は黙って、続きを待った。
「それは、幻影だ。」
幻影。
それは、俺がこれまでに知った魔法の中で、最も幻惑的で、最も不思議な魔法だった。
ダリウスの説明によれば、幻影とは、相手にそれが本物だと信じ込ませる虚像を作り出す魔法だ。簡単に言えば、麻薬による陶酔感のようなもの。ただし、相手の頭の中に、術者が強制的に幻覚を作り出す。
「すごく強そうじゃないですか?」俺は言った。
「ああ。だが、欠点が多すぎる。」ダリウスはため息をついた。「まず、消費する魔力がとてつもなく多い。火の魔法の十倍は必要だ。次に、一度に作り出せる幻は、たった一人に対してだけ。集団には使えない。それから、相手が『神眼』とか『鬼眼』、『第三の眼』みたいな特殊な目を持っていたら、幻は通用しない。そして何より、高レベルの相手は、罠を見破って、簡単に破ってしまう。」
俺は、一言も聞き漏らすまいと、じっと耳を傾けた。
「しかも、幻覚に長けた奴は、逆に幻覚をかけ返してくる。自分は勝ったと思わせておいて、実は負けていた、なんてことが平気で起きる。俺も、それでお前に幻を見せたことがある。」
俺は、はっとした。ダリウスは、目を細めて俺を見た。
「俺が初めてお前に教えた時のことを覚えているか? あの時、俺はお前に、百人の偽ダーク・スパイダーマンがお前を殴っている幻を見せた。お前は恐怖で震え上がって、防御に徹した。その結果、自分で自分を追い込んで、勝手に傷を負った。」
覚えている。はっきりと覚えている。百の黒い影に囲まれ、無数の糸が放たれ、拳が降り注ぐ感覚。目を覚ました時、ようやくすべてが幻だったと知った。だが、あの恐怖は、今でも記憶に刻まれている。
「幻影は、両刃の剣だ。」ダリウスは続けた。「上手く使えば、敵に自分自身を壊させられる。だが、使い方を間違えれば、自分に返ってくる。」
俺は頷いた。
「学びたいです。」
ダリウスは俺を見て、笑った。
「軽々しく言うじゃねえか。いいだろう。だが、覚悟しろ。これは、そう簡単には身につかないぞ。」
俺は、幻影を学び始めた。
そして、それは、ダリウスの言った通り、本当に難しかった。
俺が最初に作り出した幻は、細部も甘く、構成も脆いものだった。誰が一目見ても、それが偽物だとわかる。俺が作った幻の壁は、簡単に見透かされた。俺が作った幻の人影は、影が落ちていないという理由で、すぐに見破られた。
「構成が、ぐだぐだだ。」ダリウスは言った。「お前は、完璧な世界を作り出さなければならない。穴だらけの絵を描くんじゃない。」
俺は努力した。毎日、何時間も練習した。幻を作り、壊し、また作り、また壊す。
それでも、俺は挫けなかった。むしろ、学べば学ぶほど、幻影が好きになっていった。幻影は、破壊の力じゃない。知性の力だ。細部まで想像し、考え、作り上げる力なのだ。
そして、それを極めることができれば、俺はもっと強くなれると、確信していた。
一ヶ月が過ぎた。
ついに、俺たちは首都にたどり着いた。
アラタスナリアの首都。この巨大な国の、心臓部。
城門の前に立ち、俺は口を開けたまま、しばらく動けなかった。この街は、本当に、途方もなく壮大だった。天を突く塔。巨大なドーム。精巧な彫刻が施された無数の像。大理石で舗装された通り。この国の富と権力が、あらゆる場所に表れていた。
俺は、その日一日、思う存分、遊び回った。通りから通りへ。建物を見て回り、彫像に見とれ、すべてのものに好奇心をかき立てられた。
夜になると、俺は早く眠りたかった。明日の朝、また探検するために。しかし、ダリウスはそれを許さなかった。
「コートを着ろ。」彼は、厚手のコートを俺に投げてよこした。
「こんな時間に、どこへ行くんですか?」俺は尋ねた。
「面白い場所に、連れて行ってやる。」
俺たちは、首都の暗い路地を進んだ。ダリウスは、古い市場の裏にある、人気のない地下壕へと俺を連れて行った。
地下に降りると、黒いローブを着た屈強な男が二人、俺たちを呼び止めた。二人は、俺の体を、頭の先から足の先まで、徹底的に調べた。
「合言葉は?」一人が尋ねた。
ダリウスが、何か俺には聞こえない声で答えた。
二人は小さく頷き、番号の書かれた札を差し出した。
「入れ。」
ダリウスは、薄暗い長い通路を進み、やがて、重厚な木の扉の前で立ち止まった。扉を押し開けて、中に入った。
中は、数本の揺らめく蝋燭に照らされた、広い部屋だった。五人いた。四人が立ち、一人が座っていた。
真ん中に座っている者は、熊のぬいぐるみの仮面をかぶっていた。
俺には、その意味がわからなかった。ただ、奇妙だと思った。秘密めいた部屋。謎めいた連中。そして、熊のぬいぐるみの仮面をかぶった男。
ダリウスが、前に進み出て、言った。
「紹介する。こいつは、我らが首領、ジェラルドの息子だ。」
俺は、ぎくりとした。ジェラルド。それは、俺の父の名前だ。どういうことだ?
俺は部屋の中を見回した。立っている者たちは、皆、恐ろしいほどの殺気を放っていた。ただ者ではない。強い連中だ。
そして、俺は、ある一人の男に目を留めた。
最近、名を上げている犯罪者。分解の能力を持つ男。新聞で読んだことがある。王国中で指名手配されている、危険な男。
そして、その男は……どうやら、あの熊の仮面の男の、部下にすぎないようだった。
俺はダリウスの方を向いた。頭の中は、疑問でいっぱいだった。
「師匠……いったい、ここは、どこなんですか? この人たちは、誰なんですか?」
ダリウスは、微笑んだ。
「ここが、お前の本当の旅の始まりだ。」




