第十二章:怪物と怪物
「ダーク・スパイダーマンの師匠か……」偽物は呟いた。「面白いじゃないか。」
偽物は腕を振り、ダリウスに向かって糸を撃った。
ダリウスは、ただ、わずかに首を傾げた。糸は彼の横をすり抜け、後ろの壁に深々と突き刺さる。
「まだまだ、青いな。」ダリウスは言った。
そして、彼は地面を蹴った。
戦いが始まった。
二匹の怪物が、夜の街の真ん中で、激突した。
ダリウスは、偽物に向けて拳を振るった。その拳には、ただの筋肉の力だけではなかった。極限まで圧縮された強力な重力が、一点に込められていた。拳は風を裂き、まっすぐに突き進む。
偽物は、体をひねって、それをかわした。拳は彼をかすめて、後ろの壁に直撃した。
壁は、ただ壊れただけではなかった。見えない巨大な手に握り潰されたように、大きく抉れ、砕け散った。石の破片が飛び散り、土煙が通りを覆った。
「悪くない。」偽物は笑った。「だが、遅いな。」
偽物は糸を撃ち、宙に舞い上がった。そして、上空から、両手に巨大な雷を宿し、それをダリウスに向けて放った。
ダリウスは避けなかった。片手を上げ、周囲に濃密な重力の層を作り出した。雷はその層に激突し、花火のように飛び散った。だが、数本の火花は層をすり抜け、彼の肩をかすめて、服に焦げ跡を残した。
「なかなかやるじゃねえか。」ダリウスは低く唸った。
彼は腕を上げた。すると突然、偽物は自分の体が異常に重くなったのを感じた。ダリウスが周囲の重力を操り、空間のあちこちに固定点を作り出したのだ。それによって、偽物の動きは、目に見えて鈍った。
「重力かよ……」偽物は歯を食いしばった。「こんなもんで、俺を止められると思うなよ。」
偽物は、その圧力に逆らい、全身に力を込めた。足元の地面が割れ、めり込んでいく。彼の体は、その凄まじい重圧の中でも、砕け散ることなく、しっかりと立っていた。代わりに、彼の足元の地面が、その圧力を受けて、深くえぐれていった。それでも、偽物は笑っていた。
「悪くない。だが、まだ足りねえな。」
偽物は飛び出した。重力が重くのしかかっても、その速度は依然として速かった。彼は腕を振り、青い炎と雷をまとった拳を、ダリウスへと叩きつけた。
ダリウスは避けなかった。彼もまた、拳を繰り出した。
二つの拳が、空中で激突した。
耳をつんざくような爆音が響いた。衝撃波が広がり、屋根を吹き飛ばし、壁を崩し、通りにあったものすべてを破壊した。二人は反動で後方に吹き飛び、向かい合う二つの壁に激突した。
ダリウスは立ち上がり、口元の血を拭った。そして、偽物の方を見た。
偽物も立ち上がった。全身埃まみれだったが、それでも、にやりと笑っていた。
「はは……強いな、クソジジイ。」偽物は、興奮を隠しきれない声で言った。「ここまで強い奴に会うのは、久しぶりだ。」
「お前も、たいしたもんだ。」ダリウスは答えた。「だが、まだまだ青い。」
「やってみろよ!」
偽物は再び飛びかかった。ダリウスも、それに応えた。
二つの力が、また激突した。青い炎が燃え上がり、雷鳴がとどろき、重力が空間を歪め、蜘蛛の糸が街中に放たれ、石造りの建物を次々と引き倒していく。
戦いによって、街区は、まるで更地のようになっていった。
やがて、遠くから、警備隊の笛の音が聞こえてきた。
慌ただしい足音。四方から近づいてくる松明の光。
ダリウスと偽物は、互いに距離を取った。二人は、通りの両端に立ち、向かい合った。
「まあ、今日はここまでにしておこう。」ダリウスは言った。
「ああ。俺も、警備隊の連中に構ってる暇はないんでな。」偽物は答えた。
偽物は、向かいの屋根に向けて糸を撃ち、それから、ダリウスの方を振り返った。
「次に会った時は、こんなもんじゃ済まさねえぞ。」
「ああ。次は、のしてやる。」
偽物は大声で笑い、そして、闇の中へと消えていった。
ダリウスは俺の方を振り返り、俺を抱き上げた。
「行くぞ。」
彼は軽く地面を蹴った。二人は、一瞬で上空へと舞い上がり、警備隊が到着する前に、夜の闇へと消えていった。
翌朝、俺はベッドの上にいて、全身に白い包帯を巻かれていた。
ダリウスが隣に座り、治癒魔法で俺の傷を癒やしてくれていた。顔はまだひりひりしたが、痛みはだいぶ引いていた。折れた両腕も、もう繋がっている。まだ力は入らないが、確実に回復していた。
「ほら、新聞を読め。」ダリウスが、新聞を一枚、俺に放り投げた。
俺はそれを開いた。一面には、大きな見出しが躍っていた。
「ダーク・スパイダーマン、またも凶行! 若者五人を襲撃し、街を破壊!」
記事には、ダーク・スパイダーマンが罪のない若者の集団を襲い、全員を叩きのめし、さらに、それを止めようとした謎の人物に逆上し、周囲の建物を破壊したと書かれていた。市民の怒りは頂点に達しており、警備隊に早急な対応を求めている、と。
「みんな、俺がやったと思ってる。」俺は言った。
「ああ。」ダリウスは頷いた。「まあ、いいじゃねえか。どうせお前は、もう立派なチンピラだ。罪の一つや二つ、増えたところで変わりゃしねえよ。」
俺は何も言わなかった。新聞をじっと見つめ、一字一句、読んだ。
「あの偽物……すごく強かった。」俺は呟いた。
「ああ。強かったな。」ダリウスは、声を低くして言った。「俺も驚いたよ。この国に、あそこまでの奴がいるとはな。」
「雷まで使ってた。」
「ああ。青い炎に、蜘蛛の糸に、雷。器用な奴だ。二つしか知らねえお前とは大違いだ。だが、それでも、まだ俺の敵じゃない。」
俺は黙っていた。
「俺は、力を三割くらいしか出してない。」ダリウスは続けた。「だが、あいつも、なかなか本気にさせてくれたよ。」
俺は彼を見た。
「なあ、師匠。」
「ああ?」
「あの偽物は、一体、何者なんだ? なんで、俺の真似をしてるんだ? なんで、あんなに強いんだ?」
ダリウスは首を振った。
「わからん。ただ、一つだけ確かなことがある。あいつは、普通の人間じゃない。何かの組織と関係があるのかもしれない。あるいは、ただの、他人の真似が好きな狂人か。どちらにせよ、警戒はしておけ。もし、また現れたら、今度は、そう簡単にはいかないぞ。」
俺は頷いた。
「でも、師匠。」
「ああ?」
「俺、もっと強くなりたい。」
ダリウスは俺を見た。そして、微笑んだ。
「お前はまだまだ弱い。だが、強くなりたいなら、俺が教えてやる。昨晩みたいに、誰かに腕を折られないように、な。」
「強くなる。」俺は言った。「あの偽物より、強くなる。」
「ああ。夢でも見てろ。夢から覚めたら、修行だ。」
俺は笑った。顔はまだ痛かった。
でも、心の中に、一つの炎が燃え上がっていた。
もっと強くなる。二度と、誰にも、腕を折られないように。




