第6話 ヒーローの新人研修 その2
「うーん…書いてあることは至極真っ当だ」
一通り契約書に目を通して、サインをし終えた後。
「確認するよ。………うん、これで今日から立派なうちの職員だ。それじゃあ改めて挨拶を」
男はそういうと、襟を正してコホンと息を整えた。
「僕の名前は音無 明。ここ、中央管理機関第16エリア支局の局長だよ」
「よ、よろしくお願いします。局長」
「はっはっは!そんなにかしこまらなくてもいいよ!」
明と名乗る男が高らかに笑う横で、ほっと胸を撫でおろすように力を抜いた人物が一人。
「ふぅ、ようやく終わったわね」
紫織がようやく口を開いた。
「あ!おめぇずっと黙ってやがったなコノヤロー!」
一切の弁護も弁明もなかったことには、流石の俺ちゃんも猛抗議も辞さない。
「仕方ないでしょ。局長が話してるんだから遮るのも悪いし」
「そういうこと言ってんじゃねぇよ!」
「別にいいじゃない、これでお別れなんだから」
「へ?」
「当たり前でしょ?局員になったなら管轄は変わるし、そう簡単に検査も出来なくなる。だからお別れ。長い間楽しかったわ」
「そ、そんな急に言われても」
「そうだよ。急に言われても困るよ」
ざっと半年。
長い間お世話になり、いろいろと教わった相手が急にいなくなるのは流石に寂しい。
局長もそうだそうだと言っている。
…なんで局長も乗ってきてるんだ?
「まだ君には白陽君の面倒を見てもらわなきゃなんだから」
「………冗談ですよね」
「マジもマジ、大マジだよ。君が一番白陽君と関わってきたんだ、君以外に教育係の適任がいると思うかい?」
「それとこれとは話が別でh」
「好きなだけ研究できるよ」
「本当ですか?」
研究の文字が聞こえた瞬間、紫織は局長の話に食いついた。
前々から思っていたが、現金な女だ。
「あの白モルモットのことを好きなだけ弄ってもいいと」「白モルモットぉ!?」
「いいよ」
「今まで止まってたプロジェクトも進めていいと」「白モルモット…(唖然)」
「必須のやつを終えたらね」
「喜んでお受けいたします」「白モルモット…!(憤り)」
~それから1か月後~
「ったくよぉ!白昼堂々盗みとはふてぇ野郎だ!」
何とか捕まえたひったくり犯を縄で縛り拘束する。
空中を飛び回るのは厄介だったが、場所がよかった。
商店街から外れてビジネス街に入りかかったところを、ビルの上で待ち伏せしてとらえた。
飛びつくときにちょっと三途の川が見えたが、まぁ大丈夫だろう。
結果良ければすべて良しなのだ。
「おら!ちゃんと歩け!」
「ひぃ!すみませんでしたぁ!」
ひったくりの男も、空中で飛びついてでも捕えてきた俺ちゃんにビビったのか、すっかり縮こまっていた。
後からやってきた他の局員に男を引き渡し、盗まれたカバンの誇りや汚れを軽くはたいて落とす。
そして事情徴収を受けていた一人の老婆へと手渡した。
「おばあちゃん、このかばんで間違いないかい?」
話を聞いていた局員へ軽く謝罪のジェスチャーをしてから、再び老婆の方に向き直って話す。
「ずっと不安そうな顔してたから、よっぽど大事なものかと思ってよ。中身確認してみてよ」
「ああ…ありがとうねぇ。やさしいねぇ」
老婆がカバンの中を確認すると、中からは財布や携帯といった必需品のほかに、厚手の紙にクレヨンで描かれた似顔絵が出てきた。
「孫が久しぶりに顔を見せてくれてねぇ。おばあちゃんのことを描いてくれたんだよ」
「へぇ、いい笑顔じゃないですか。その絵も、おばあちゃんも」
「そうなんだよ。将来は画家さんだね」
不安そうな顔は、いつの間にか絵の笑顔と同じぐらい晴れやかなものになっていた。
「それじゃあ、俺ちゃんはここで。すみません、聞き取りの邪魔しちゃって」
「別にいいよ。君が現行犯で捕まえてくれたから、こっちも仕事が少なくなってるしね」
「そう言っていただき、ありがとうございます。それじゃあ自分は管轄のエリアに戻るんで、何かあればまた」
「ああ、そっちは頼んだぞ」
先輩局員のやさしさに触れ、その場を後にした。
*
「いやぁ大変だね。どこもかしこも(バリボリバリボリ)」
『食べながら通話しない』
俺ちゃんが局員になってから1か月。
最初の数週間はみっちり訓練を行ったが、今では下町巡回がお仕事のおまわりさんになっている。
局長曰く「町を守るのも立派な局員の仕事。それに目立ちすぎるとよくないからね」とのこと。
納得のいく理由ではあるが、こんなにのんびりした生活を送っていいものかという不安はある。
タダ飯喰らいが一番心に来る。
「しょーがないでしょ、おばあちゃんから飴ちゃんもらったんだから。おいしく頂かないともったいないじゃないの」
『通話中に食い始めるなって言ってんの。拠点に戻ってからにしなさい』
「へーい」
そうこう言っていると、馴染みの商店街にたどり着いた。
ここは第16エリア・1番都市・10番地区、通称【再起街】と呼ばれる場所。
【大崩壊】が起きた後、セントラルによる復興支援がされる中で地域の人たちが中心となって立て直したことが特徴の地区だ。
おかげか地区全体で商店や流通、住宅といった地域経済に重きが置かれている。
中でもここはメインストリートともいえる【駆け込み通り商店街】といい、復興の際にここが支援と立て直しの中心地となったことが由来だという。
地区に振られている番号は小さければその分復興の着手や速度が早いという意味を持ち、それだけに行政機関やインフラの充実度をあらわすが、この10番地区は活気という部分では1番都市の中の一番と言えるだろう。
そのこともあってか、毎回来るたびに人の賑わいが絶えずに飛び交っている。
「今日は人が多いなぁ」
「お!坊主じゃねぇか!」
人一倍大きい声で呼び止められた。
声の方を振り返ると、大柄でガタイのいい男が家具屋の前に立っていた。
「おー!オオハシのおっちゃん!」
大橋 平助、48歳。
10番地区の労働者組合の会長で、建設会社と自作の家具を売る雑貨店の2つを掛け持ちしている。
かくいう俺ちゃんも、ここの近くで暮らしていた時にはお世話になったこともある。
「坊主も今じゃ立派なセントラル勤めかぁ!立派になったなぁ!」
「おっちゃんのおかげっすよ。それより今日はやけににぎやかっすね」
「ああ、それなんだがなぁ」
いつも大口を開けて笑っているおっちゃんの顔が、少し曇った。
「こっちに来ればわかるよ」
そういわれ、商店街の中央広場に向かう。
人ごみは中心に向かえば向かうほど混み合い、やっとの思いで抜けると。
「な、なんじゃこりゃぁぁあああ!!!」
それは高さ6mほどの巨大な彫刻だった。
大理石だろうか。真っ白な石で出来たその像は、高く高くそびえたっている。
その姿は誰もが振り返るほど美しい女性の姿で、纏うエプロンが軽やかに舞う様子にはミロのヴィーナスを思わせるような繊細なつくりをしていた。
温かみが溢れる笑顔と家庭的な服装が特徴のこの立像は、見知った顔だった。
「オオハシのおばちゃんの巨大石像だぁぁああああ!!??」
大橋平助の妻、大橋静江。
今年で45歳になるが、その見た目は老いを一切感じさせないほどの美貌を持っており、老若男女問わず目を奪われるほど。
19歳の娘と17歳の息子がおり、一家で商店街を支えている。
実は「静江さんファンクラブ」なるものが商店街にあるとかないとか。
「なるほど。こりゃおっちゃんも苦い顔するわけだ」
「あんまりじろじろ見ないでくれ。こっちがこっぱずかしい」
広場の真ん中にそびえる石像を、まじまじと見ながら話を聞いていた。
聞くところによると、2週間前に突然この中央広場に現れたらしい。
現代でこのレベルの美人像が出来たという噂が広まり、一目見るために各地から人が集まってきて子の賑わいになっているのだという。
「最初はみんなに頼んで撤去してもらったんだが、次の日にはまた石像が立っててな。人も集まるんで、段々撤去しにくくなってよ」
「おばちゃんはなんて?」
「うちのか?そりゃ恥ずかしがってたが『人が集まって商店街がにぎわうなら』って飲み込んでよ。俺としちゃぁとっとと取っ払いたいんだが…」
「あの人優しいから…」
「人が来るのはいいんだが、こうも多いと逆になぁ」
「目当てもこれっていうのが更に、って感じっすね」
「なぁ、お前さん今はセントラルの局員なんだろ?何とかならないかい?」
「何とかしたい気持ちは山々なんですけど…」
局員というものはままならない。
治安維持ということもあり、仕組み的には警察や役所に近いもので出来ている。
基本的にトラブルは各所の窓口を経由して相談や対応がされるため、直接での対応ができないのが基本だ。
先ほどの逮捕は現行犯での対応だったので即時の拘束で問題なかったが、今はそうもいかない。
申し訳ないが、俺ちゃんが直接関わることはできない。
「すんません。直接の対応はできn」
『ちょっと待った』
断りの言葉を言い終わる前に、通話越しの声がそれを遮った。
「ん?誰だい、今の声は?」
「…もしや」
声のする方をパッと向く。
『その相談、私たちが直接調査するわ』
「お嬢!?」
腕に着けていたマルチデバイス【シンクロブレス】から声が聞こえた。
変身はするなとの命令だったので、連絡用ツールとしてしか使用していなかったが盗聴機能もついているのだろうか。
「ちょ!何勝手に言ってんだ!局員の規則はお嬢から教わったんだぜ!?それに盗み聞きまでしやがって!」
『盗み聞きじゃない、アンタが通話切り忘れてただけでしょ』
「……あ」
『「あ」じゃないわよ。それよりもこの相談、私たちが受けるわよ』
「なんでいきなりそんなことに」
『…ブレスの計測モード』
「……あ!」
『ホントもう……』
紫織の言葉で思い出し、シンクロブレスの計測モードを起動する。
[サーチモード]
ガイド音声が鳴り、ブレスのライト部分が青い光を放つ。
その光を頼りに、周囲や石像を照らして辺りを調べる。
「ど、どうしたんだ。いきなり周りをピカピカさせてよぉ」
「あー……あれっすよ、ブルーライト的な奴っす。それでちょっと調べものっすよ」
「おう…それならいいんだがよ」
そうして調べていると、ライトの先に白い靄が映し出され、ブレスのモニターに移された計器が赤くなった。
「これってもしかして」
『…【術法事案】ね。喜びなさい、事案発生よ』
「何かわかったのか、坊主」
「安心してよ、おっちゃん」
背筋を伸ばし、おっちゃんの方を向いて親指を立てる。
「この事件、俺ちゃんたちが引き受けた!」
初めての、ヒーローとしての事件が始まった。
ー続くー




