第十話 帰るべき場所
## 第十話 帰るべき場所
最終保管庫発見から五年。
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王都レノアオ郊外。
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巨大な最終保管庫は今も静かに鎮座していた。
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学者。
研究者。
職人。
農民。
技術者。
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多くの人々が出入りしている。
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慎太郎は最初から決めていた。
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「複製する」
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宰相は頷いた。
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「賛成だ」
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国王も賛成した。
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「知識は分散させるべきだ」
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古代文明自身がそうしていた。
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だから王国も同じ道を選ぶ。
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アルグラード文庫。
天空知識院。
ネレイス研究所。
王立中央図書館。
地方文庫。
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あらゆる場所へ写本が送られた。
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種子も保存された。
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生態系記録も複製された。
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農業知識。
医療知識。
工学知識。
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数百万冊。
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十年近い歳月をかけて複製される。
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そして。
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ある日。
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慎太郎は最終保管庫の中央管理室へ入った。
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誰もいない。
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静かな空間。
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彼は管理水晶に触れた。
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「そろそろいいだろう」
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保管庫は本来。
王国の所有物ではない。
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古代文明が未来へ送った遺産だ。
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未来の人類は受け取った。
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役目は果たした。
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慎太郎は命令を入力する。
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> 知識複製完了
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> 種子保存完了
>
> 保管庫返還許可
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水晶が輝く。
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しばらくして。
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古代文字が現れた。
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> 確認
>
> 保管庫帰還処理開始
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慎太郎は少し笑った。
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「帰りたいなら帰れ」
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その夜。
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王都中が空を見上げていた。
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巨大な保管庫がゆっくり浮上していた。
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音も少ない。
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ただ静かに。
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何千年も宇宙を漂っていた箱舟が。
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再び空へ帰っていく。
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住民たちは見送った。
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老人。
子供。
農民。
商人。
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皆が知っていた。
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あれは宝物ではない。
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教師のようなものだった。
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学ぶべきことを教え。
役目を終えて帰る。
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保管庫は雲を抜けた。
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さらに上昇する。
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星空へ。
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そして。
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一筋の光となって消えた。
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誰も知らない。
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最奥部。
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封印区画。
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一度も開かれなかった部屋。
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そこに何があったのか。
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慎太郎も知らない。
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学者たちも知らない。
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古代文明だけが知っている。
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だが慎太郎は気にしなかった。
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彼が求めていたのは秘密ではない。
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知識だった。
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必要な知識は受け取った。
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それで十分だった。
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数十年後。
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白髪になった慎太郎は、
アルグラード文庫の窓から学生たちを眺めていた。
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農業を学ぶ者。
医学を学ぶ者。
工学を学ぶ者。
歴史を学ぶ者。
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皆それぞれの未来へ歩いている。
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彼は静かに呟いた。
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「結局、一番の財宝は人間だな」
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金銀財宝は消える。
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建物もいつか崩れる。
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しかし。
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知識を受け取った人間は、
さらに次の世代へ渡していく。
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それは古代文明が何千年も前に願ったことだった。
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こうして智慎太郎。
元冒険者志望。
スパイ隊長。
特命冒険者。
知識発掘者。
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数々の肩書を持つ男の人生は、
静かに晩年へ向かっていく。
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そして夜空の彼方では、
帰還した最終保管庫が再び静かに漂い始める。
誰にも気付かれないまま。
その未開封区画を抱えたまま。
**――第一部・完。**




