第9話 レイダーの仕事
明日の用意をするということで、メーテラと少し話した後、マキアはテイカーロッジを後にした。
マキアを見送った後、メーテラは色々としなくてはいけないことがあったが、上手く手につかなかった。
「……」
机に突っ伏しながらメーテラが頬をにんまりとさせて高揚感と僅かな安堵に満たされる。だがそれと同時に、マキアと握手を交わした手のひらを見ながら、幾つかの違和感を抱いていた。
(あの感触は……)
マガツモノの素材の力を引き出す力は未だ科学的に証明されていない先天的な能力だ。
資質あるものにしか加工屋になれない。この特異な力を用いて様々なマガツモノと触れ合ってきたからこそ、メーテラはマキアと握手を交わした時に異質な感触を覚えていた。
それはマガツモノの『核』に触る時と同じような、似たような感触だった。
「……仕事やらないと」
だが、マキアがマガツモノであることはありえない。メーテラはこの違和感をただの勘違いとして処理して、仕事へと戻っていく。
◆
次の日、マキアがテイカーロッジを訪れていた。用件はN-41カルディンや防護服、死体を運ぶための小型トラックがレイダーをする上でまず必要な物だからだ。
レイダーが使うには少々役不足な小型のオンボロトラックだが、これ以上はないものねだりというもの。
「私がこんなこと言うのもあれだけど……無茶だけはしないでください」
「分かってますよ」
マキアは必要な物資をトラックに詰め込むと、軽く会話を交わして別れる。
基本的に地下都市は主に二階層の構造になっている。一階部分には都市の基盤となる電力設備やビル群が立ち並び、端の方に行けばマキアの自宅があったような居住区がある。
一方で地下二階はマガツモノの襲撃を直に受けるということもあって設備が破壊の跡が残っていることもある。
もともと地下都市は対マガツモノ用の前線基地として建設された過去があり、そこで働くハンターや技術者たちのために飲食店や宿ができ、さらに前線を推し進める過程で前線基地は改築を繰り返した。
その結果、前線基地であったはずの小規模な空間は広がり、やがて地下都市となった。
地下二階部分はマガツモノの襲撃を受けることもあって、前線基地であった頃の面影を強く残している。鉄板に覆われた通路や武器を持った警備隊員、レイダーが利用する銃弾や武器の移動式販売店。それと整備屋などが並ぶ。
「通行許可証を」
地下二階は主に『保護区域』と『非保護区域』に分けられる。
保護区域は硬く厚い外壁に覆われ、ある程度の安全が保障されている領域であり、非保護区域はその逆——一切の安全が保障されない空間だ。保護区域と非保護区域の境は明瞭で、地下都市中央から走る大通りの終着点の、さらにその先が非保護区域である。
全方位に伸びる大通りのすべての終着点には巨大な開閉式の扉が設置され、扉を潜った後は一切の安全が負担されぬ空間が広がっている。いつマガツモノに襲われてもおかしくはない、いつ道が崩れてもおかしくはない。
マガツモノによる大規模な侵攻などの緊急時は外にいるレイダーを残したまま閉まる。
「はい」
「レイダーだな、通れ」
通行許可を得たマキアは小型トラックを運転すると、扉を潜って非保護区域へと入る。
安全が保障されていない非保護区域と言っても、完全に無防備というわけではない。
扉を潜ってまずあるのは車両の置き場や移動販売店、簡易的な休憩場所などが集まった前哨基地だ。非保護区域ではあるが、扉に近い場所は人やモノが密集している。加えて地下空間だというのに天井は高く、崩れないよう補強工事まで行われている。
地下にある空間だというのに上も横も広く、車両が何台もすれ違えるほどに道幅もる。
ただ、マガツモノが地中を潜ってやってくる関係上、前哨基地のさらにその先へと進めば蟻の巣のように伸びる通路——未探索領域が待つ。死体処理の仕事で前哨基地の少し奥の方まで足を踏み入れているマキアは、非保護区域に来ても特に緊張したりはしない。
それでも、今回はマガツモノと戦うために来ているということもあり、解体現場で犬型のマガツモノに襲われた時の経験を思い出して、わずかに身震いしていた。
「……はぁ」
車両を進ませて前哨基地にいるレイダーを横目に奥へと向かう。おそらく、前哨基地で休んでいたレイダーはマキアよりも遥かに格上だろう。N-41カルディンを持っていることもあり、武器の面では遅れを取っていない。しかし防護服や経験、実力の面では大きく劣っているとしか思えない。
彼らのようなマキアよりも遥かに格上のレイダーでさえ、一歩間違えれば死ぬ可能性があるのが、今から向かう場所だ。
死体処理をしていた場所のさらに奥。
未探索領域の手前に位置する広い空間。
前哨基地から10分ほど車を走らせた先にある。
車両を止めたマキアの目の前に広がる広大な地下空間には一つの都市があった。建物が立ち並び、道は舗装されている。倒壊した高層建築がドミノ倒しになって、横たわっていた。
(……ここか)
死体処理係として長い間。非保護区域で活動してきたマキアでも来たのは初めて。
目の前に広がる廃都市はもともと前哨基地だった場所だ。
数年前に起きたマガツモノの大規模侵攻によって手放さなくてはならなかった前哨基地の、その一つが今マキアの目の前にある。現在はマガツモノの根城になり、奥へと行けば未探索領域が広がる危険地帯。
マキアはすでにこの荒れ果てた前哨基地が肉眼で見えるところまで来ている。いつ襲われてもおかしくはない。
周りにレイダーはおらず、マキアだけ。
広大な前哨基地を前に、マキアは車両を止めると注意深く警戒しながら荷台へと回り、荷物を取り出す。
N-41カルディンの弾丸や医療キットなどが入ったバックパックの中身を確認してから、かなりの重さがある金属フレームの骨組みがむき出しになった機械を背負った。
この機械は小型の運搬用ロボットだ。
移動時に音が鳴ってしまうマキアの古いトラックでは、音に勘づかれてしまう以上、廃都市内部まで連れて行くことができない。しかしながらマガツモノの死体を運搬する必要性があるため、何かしらの手立ては必要だった。
その解決策が、今マキアが背負っている折り畳み式の運搬用ロボットだ。
展開することで小型のマガツモノ程度ならば二体程度は運べる大きさになり、荷重の限界値も高い。それでいて荒れ果てた道が多い廃都市でも十分に移動できる走行性能を有している。
値段は小型トラックの倍以上。
それでもマキアが背負っている物は最低品質の商品であり、上を見ればキリがない。
中には外骨格アーマ―として機能する物や浮遊する物など様々あり、物によっては度重なる改造によって機関銃やロケット砲を取り付けられた運搬用ロボットもある。
レイダーと運搬用ロボットは一種のパートナーのようなものだ。
また、運び屋と呼ばれるマガツモノの運搬や解体を専門にする人達を雇うこともあるが、それには莫大な金がかかる。上澄みのレイダーかレイダーズフロントに所属している者達の特権だ。
マキアとしては小型トラックやN-41カルディン、防護服、そして運搬用ロボットなど、本来ならば全財産を叩いても手に入れられなかった物をテイカーロッジに所属することで手に入れることができた。
実績も経験も実力も無いマキアにメーテラはこれらを託した。もし死ねば大金を叩いて買ったであろうこれらの物品が無くなるというのに、それでも、快くすべてを託してくれたメーテラには恩を返さなければならない。
「ふぅ……」
一度は息を吐いて前哨基地の跡を見上げる。
常に死と隣り合わせの危険地帯。
マガツモノの住処となった場所で狩りを行う。
自らが死なぬためにも、メーテラに受けた恩を返すためにも、そして……。
(地|上ね……)
リディアに言われて思い出した『夢』について小さく呟いて、やがて、マキアは前哨基地跡に向かって歩き始めた。




