第8話 テイカーロッジ②
大前提としてレイダーハブは主に、回収した素材を加工、売却することができるほどの資金力を持つ、大企業の傘下であることがほとんどだ。
広い敷地内には研究棟や社員寮、整備工場や加工場など、潤沢な資金を活かしマガツモノの素材を有効活用できる環境を整えている。
加えてマガツモノを討伐するために所属するハンターには多額の給与と装備代をかけている。
また、マガツモノの硬い皮膚や装甲を加工するためには専用の機械が必要であり、肢体を持ち運ぶためにはトラックが必要だ。
数多くの社員やレイダーの装備代などを用意していることもあり、当然のようにトラックや加工設備が備わっている。
一方、テイカーロッジはどうだろうか。
「なにも…ないんですよねぇ」
ひと通り説明を終えたメーテラが目を背けながら、そう締め括った。
機械操作がおぼつかないメーテラがホームページを作るほどにテイカーロッジは切羽詰まっている。
メーテラ以外に社員はいないし、解体用の設備もないし、加工用の道具もない。マガツモノの死体を運搬するためのトラックだって型落ちで壊れかけ。
色々と酷い有様だった。
「よくこれで勧誘しましたね」
「うぐっ」
マキアの何気ない一言がメーテラの胸を突き刺す。
「それで、どうするんですか」
マキアは狼狽えるメーテラに平然と問いかける。
その冷静ぶりに釣られてメーテラも頭を冷やした。
「どうするんですか、とは?」
「これからのことです。どうするつもりなんですか」
「これからのこと、かい?」
「はい」
普通ならばいくらレイダーハブに入ることができない駆け出しレイダーでも、テイカーロッジには入ろうと思わない。
メーテラは説明しながらマキアがいつ馬鹿馬鹿しくなって帰るのかを想像していた。しかしその予測とは違って、『これから』のことを聞いてくるということは、それなりに前向きらしい。
その理由について問いかけるとマキアの気が変わってしまいそうなので、あえて触れずに質問の内容だけ返答した。
「この通り、テイカーロッジには何もないから、君の『核』を加工しようにも、それ用の設備がないんだよ。かといって用意しようとすると考えられないような金額だし。取り敢えずはマガツモノの素材を売って貯金かな」
マガツモノの素材は基本、加工することで売却する。ただ利益こそ少なくなってしまうものの、レイダーズフロントではマガツモノの素材を売却して金にすることができる。
だからまずはそれを利用して金を稼ぎながら、マキアはレイダーとして経験を積んで、金が貯まったら加工や解体の設備を買っていく。
というのが今後の展望だ。
「きついですね」
「そうだよね」
二人とも『だよね』といった様子で苦笑を溢す。
メーテラも当然、何か仕事をして稼ぐがレイダーハブの稼ぎの中心はレイダーだ。つまり駆け出しのマキアが大金を稼いでくるしかない。経験も知識もないマキアには大変な話だ。
ただ、とメーテラが説明を付け加える。
「でも一応、マガツモノを討伐するための装備はあるから」
対マガツモノ用の装備は非常に高価だ。買うだけで全財産が消えかねない。最初から装備が支給して貰えるというだけで、ここに入った意味がある。
「今持ってくるからちょっと待ってて」
「はい」
メーテラがそう言うと店の奥へと消えていく。
マキアは一人取り残されて暇なので、椅子に座りながら適当に部屋を見渡す。
テイカーロッジの事務所はかなり広い。
今いる部屋は受付のような場所で、他にも幾つか部屋がある。マガツモノを解体するための部屋もあるし、素材の保管場所も完備されていた。何かの事務所に使うというのならば十分すぎる程度には大きい。
しかしレイダーハブの事務所としてならば最低限も最低限だ。
テイカーロッジの現状を聞いた上では、この事務所があるだけでも奇跡のようではある。
果たしてどうなっていくのかは分からないが、取りあえずレイダーとしてするべきことをするしかない。
「お待たせ。取りあえずこれ」
メーテラが戻ってくると小銃をマキアに差し出す。
毎晩のように銃のカタログを見ていたマキアは対マガツモノ用の装備に知識があり、当然、差し出されたものについても知っていた。
「N-41カルディン……ですか?」
「そう、よく知ってるね」
死体処理場で警備が持っていたM-36カルディンを元に、対マガツモノ用の装備として発売したのがN-41カルディンという小銃だ。発売されたのがかなり前ということもあり、四世代も前の装備である。しかしながらスタンダードで扱いやすく拡張性や安定性に優れていたこともあって、現在でも生産が行われている。『駆け出しのレイダーが使うといったらこれ!」のようなキャッチコピーまであるほど、値段の面でも優しい。
それでも、マキアが全財産を叩いて買わなければいけないほどの金額ではあるが。
(……でもちょっとこれ……)
実物を間近で見た事はないが、カタログで見た物と少しだけ構造が違う気がした。
「気が付いた?」
「え」
「私が買ったものじゃなくて、前の職場で譲ってくれたものだから、少しだけ改造が加えられてるんだよね」
前の職場? と加工屋であるメーテラの過去が気になったが、余計な詮索はせずに意識を切り替える。
「改造ですか……どんな風にですか」
N-41カルディンを持っていたということは、メーテラに譲り渡した人はレイダーなのだろう。
レイダーが己が使用している装備を改造することは珍しくない。整備屋に頼んで威力や命中精度、安定性を上げて欲しい、と言うのは当たり前のことだ。
特にN-41カルディンに至ってはもともと拡張性がしやすい作りをしていることもあって、改造が容易だ。ただやはりN-41カルディンは駆け出し用の武器ということもあって、レイダーとして腕を上げて戦う敵が強くなれば手放す時がくる。
おそらく、そういった理由でこのN-41カルディンはメーテラに託されたのだろうと思いながら、マキアはメーテラの話に耳を傾けていた。
「そこまで大きな改造はしてないはず。私は加工屋だけど、『核』以外のことはさっぱりだから、詳しく知りたいなら整備屋に聞いた方がいいかも」
加工屋はあくまでも『核』などマガツモノ由来の物の専門家であって、銃の整備などは整備屋に頼んだ方が信頼性が高い。あくまでもマガツモノの力を引き出すことが仕事、メーテラはそう説明しながら、改めて問いかけた。
「これからどうする?」
マキアの『これから』は単純明快だ。
N-41カルディンを使ってマガツモノを狩り、死体を回収してレイダーズフロントに売りつける。
それしかない。
「もう明日から稼いできます」
金も時間もない。
悠長にしている暇はない。
「いいのかい、君はそれで……」
マキアが自分のことを怪しい人物であると思ってしまっても仕方ないと、メーテラは考えていた。
テイカーロッジに誘い、なぜか入ってくれて、今度は『稼いでくる』とまで言ってくれている。メーテラからしてみればマキアの行動は合理的にみて理解できない部分が多く、単なる情で命を危険に晒すマガツモノ討伐へと赴かせることに、忌避感を覚えていた。
そのメーテラの思いを受け取ったのか、マキアがN-41カルディンをテーブルの上においてから、目を合わせて説明した。
「おれとしては武器を貰えただけで十分です。それにもし設備が整ったら『核』の加工も無料でしてくれるんですよね?」
「まあ……そりゃ、当たり前だよ」
レイダーとして活動するためにはレイダーハブに所属しなければ立ち行かないことが多くある。しかしながらレイダーハブに所属するということは、また人間関係や組織に縛られるということ。
対してテイカーロッジはメーテラしかおらず、かなり自由だ。
もともとレイダーになって死の縁で戦うことは決めていた。
あとは条件を整えてくれる場所さえあれば良かった。
死体を運搬するためのトラックと、防護服、そして銃を貰えただけで駆け出しで何もないマキアには十分、テイカーロッジに入った恩恵がある。逆に、駆け出しで能力も疑わしいマキアのような怪しいレイダーを、人手不足とは言え受け入れて装備まで与えてくれたメーテラには感謝しかない。
「ほんと、こんなので申し訳ないよ。お金溜まったら絶対新しいの買うから」
ただメーテラもマキアに対しては申し訳ない気持ちと感謝を抱いている。
奇しくも二人して利害が一致した上で、同じ気持ちを抱いていた。
「っはは。じゃあ期待してます」
マキアはそう言うと手を差し出して、メーテラと握手を交わした。




