第7話 テイカーロッジ①
「……ん、むぐぐ。うまくいかない」
短くまとめた髪とベレー帽のような帽子を被っている女性が、机に突っ伏していた。
細い肩が小さく上下し、華奢な体つきが服越しにもわかる。
「応募もないし……勧誘も……ああ」
女性――メーテラが机に突っ伏しながら視線を向ける先には一台のパソコンがあった。
テーブルの上に開かれた状態で置かれたパソコンの画面にはあるサイトのホームページが映っている。ホームページは詐欺サイトのような見た目をしていた。粗いデザインや出来損ないのUI、よく分からない広告、ありえないほど安い商品価格、『今すぐ利用!』と急かしてくるポップアップ。
「どうしよう……」
店を開きホームページを作ったというのに成果はゼロ。友達に大口叩いた手前、まだ事業がスタートすらしていないというのは色々とまずい。ただ、焦燥感こそ覚えるものの具体的な解決策は思い浮かばない。
そうしてメーテラが一人頭を悩ませてると、誰かが店の扉を叩いた。
店の奥にいたメーテラは扉が開く音を聞いて視線を向ける。すると男か女かも分からない顔立ちをした子供と目があった。子供はすぐにメーテラから視線を外して、一度雑多に物が積み重ねられた店内を見て、それからまたメーテラの方を見る。
「あの……ここ『テイカーロッジ』で合ってますか」
子供——マキアはテイカーロッジのホームページが映し出された通信端末の画面を見せながらメーテラに問いかけた。
メーテラは通信端末の画面と目の前にあるパソコンに映し出されてる画面が同じであることを確認すると、ここの内で湧きあがる高揚感を必死に抑え込んで表面上は冷静に応対する。
「合ってるよ、今日はどんな用件で?」
マキアは一度考える素振りを見せてから口を開く。
「その前に確認したいことがあるんですけど」
「なんだい」
「加工屋がいるって見てきたんですけど、今、いらっしゃますか」
「あ、加工屋なら私だよ」
内心で少し驚きつつ、顔には出さずマキアは一呼吸置いた。
「あの、なんでこんな場所に加工屋がいるんですか」
加工屋ならば地下都市ではなくとも、別の場所でいくらでも稼ぐことが出来た。しかしメーテラはそうせずに地下都市までやってきた上に、大通り沿いとは言え寂れた建物に店を構えている。
冷静に考えて理解できない行動だ。
本当にメーテラが加工屋であるのか分からない。核のことを話す前に目の前の人物が本当に信用に足るのか聞いておきたい。
マキアの意図を察したのかメーテラは「まあそう思うよね」と落胆しながら呟いて、机から立ち上がると店の奥の方に置いてあった箱に手を伸ばす。
「君は加工屋がマガツモノの素材を加工する時の映像を見たことがあるかい」
箱の中からマガツモノの死体からはぎ取った装甲の破片を取り出しながらメーテラが問いかける。
加工屋がマガツモノの素材を加工する時の映像はそう多く出回らない。ほとんどが秘匿されているためだ。しかしそれでも稀に加工時の映像が流れることがある。
マキアは何回か見たことがあった。
「一応……」
「そう」
メーテラはにっこりと笑みを浮かべてマガツモノの素材を机の上に置いた。
「素材を使って対マガツモノ用の装備を加工屋が作ることはよくあるけど、それは私達の本文じゃない。私たちは『核』を使って『禍具』を作るのが仕事だから、素材じゃあんまりうまくできないかもしれないけど、それで許してね」
軽く説明してからメーテラが干からびた装甲の上に手を添える。
そして五秒ほどすると灰色の装甲が僅かに光った――と思った次の瞬間、装甲にひびが入り真っ二つに割れた。
「だいぶ劣化してるから、私が引き出せる力はこれぐらいかな。こんなもので良ければだけど、信頼してくれるかな?」
割れた装甲の破片を持ってメーテラが首を傾げながら訪ねる。
マキアは割れた装甲を見ながら昔見た映像のことを思い出していた。
映像に記録されていたのは、顔も名前も性別も分からない防護服を着て全身を守っていた加工屋が、『核』に触れて加工を始める様子。加工屋が『核』に触れた瞬間、青白い光と共に稲妻が走り、部屋全体が軋んでいく。
規模に違いはあれど、メーテラが見せた光景はあの衝撃的な光景と瓜二つだった。
「はい……一応」
「一応かいっ」
事前に加工屋であることを証明するためにタネを仕込んでいる可能性は低く、おそらくメーテラは本物の加工屋だ。
マガツモノの素材や『核』に眠る特異な力を引き出す、類いまれなる才能を持った技術者の一人だ。
「それで、一応は私を信用してくれたようだけど、今日はどのようなご用件で来たのかな」
「それは」
呟きながら、マキアが『核』を取り出して見せた。
「これを加工してもらいたくて」
「あ、『核』だ。久しぶりに見たよ」
加工屋として働いていたメーテラは本来珍しいはずの『核』を数多く見てきたこともあって大して驚かなかった。
「『核』の加工ね、近くで見てみてもいい?」
「どうぞ……」
メーテラがマキアの手のひらに乗った『核』を見る。
「ほー、小さいけど純度が高い。何が眠ってるんだろうね」
呟きながら、メーテラがふとマキアの方を見た。
「もしかして君、ハンター?」
「え、いえ……ああ、いや。まあ、そうですけど」
「そうだよね! 『核』が手に入るのはハンターぐらいしかないよね?!」
核を手に入れたのは解体作業員の時で、ハンターになったのはついさっきのことだが、説明するのが面倒なので辞めた。
しかしメーテラが思いのほか食いつく。
「ハンターとして『核』が手に入るってことはそれなりにすごい?」
「いえ、ぜんぜん。というより――」
マキアの説明を遮ってメーテラが興奮交じりに提案する。
「テイカーロッジに入ってみない?」
言葉の意味が分からずマキアが疑問符を浮かべて、理解を諦めて停止する。
ただそれでもメーテラは止まらない。
「他のレイダーハブにもう入ってるっていうなら、別だけど」
レイダーハブという言葉を聞いて、直前にどこに入るか悩んでいたこともあって停止していた脳が動き出すと、メーテラの言葉の意味を理解しようと努める。
ハンターという言葉に反応したこと、『テイカーロッジに入る』という言葉、その後に出たレイダーハブという単語。
すべてを繋げ合わせると自ずと答えは見えてくる。
ありえないと思いつつ、マキアが尋ねた。
「あの……ここって……《《レイダーハブなんですか》》?」
「え、知らなかったの? あれ? ホームページにも書いてなかった?」
「え、書いてあったんですか」
「うそ、書いてなかった?」
「……」
「……」
二人が無言で顔を見合わせる。
微妙な空気が流れる中、メーテラがパソコンを動かして画面をマキアに向ける。そして「ほらここ」と画面の一部を指さした。
「レイダーハブって書いてるでしょ」
「あ、え……ああ……まあ」
画面には確かにレイダーハブの記載があった。しかしその表示はホームページを開いた最初のページから、幾つかのリンクを踏んだ上でやっとたどり着ける場所にある。
親切的とは言えない。
見た目が詐欺サイトにしか見えないのだから、幾つものリンクを踏もうとは怖くてできない。普通、『テイカーロッジはレイダーハブ』という情報はサイトを開いた一番始めに表示されるべき情報だ。
「書いてはありますけど……誰も気づけませんって……」
「え、うそ、ほんと?」
「そうですよ。こんな詐欺サイトみたいなデザインで、クソみたいなUIのサイト、誰も見ませんって」
「……」
メーテラが絶句して固まる。
しかしマキアは続ける。
「一体誰に作らせたんですか? 素人でももっとマシなの作れますよ」
「……わた……で」
「……? すいません、聞こえなかったんですけど」
「……その……わたしが……つくり……ました」
「…………」
天井を見上げた。
そして振り返ってみて己の言動のすべてを反省した。
「……申し訳ございません」
「いい、んだよ……だって……じじつ……だろうし」
マキアはもう一度天井を見上げた。
サイトはメーテラが作った可能性があると、馬鹿でも簡単に察することができたはず。
しかし無遠慮に色々と言ってしまった。
反省して思い悩みながら次の言葉を探していると、メーテラが口を開く。
「その……君は……ハンター……なんだよね」
殴られることも覚悟しながらマキアが返答を返す。
「一応……はい」
「テイカーロッジは……見ての通りレイダーハブなんだよ……ただレイダーがまだいなくて、何も始まっていない状況なんだ」
「……た、大変ですね」
「見ての通り、テイカーロッジには加工屋がいる……たぶん……有望なレイダーハブなんだけど……」
「そう、ですね」
「君は……ハンターなのだろう……もしレイダーハブが決まっていないようだったら……ここ、すごくいい場所だな~って、思うんだけど」
テイカーロッジはまともな宣伝をしていなかったため加工屋がいるレイダーハブだというのに応募者がいなかった。ここ数週間は気合を入れたホームページを公開したというのに集客ゼロ。
加工屋目当ての客さえ来ない。
そもそも加工屋の需要が地下都市にはあまりないせいもあるが。
「どう? いいところだと……私は思うんだけど」
始まりから躓いていたテイカーロッジだが、『核』を手に入れられるだけのレイダーが加入すれば話が変わって来る。
是非とも引き入れたい。
メーテラがそのような期待を乗せて誘ってくれていることが分かりつつ、マキアは先ほどの失言を思い出しながら、申し訳なさそうに呟いた。
「あの……おれ……レイダーになったの数時間前です」
マキアはメーテラが思っているような『核を持ち替えれるほどのレイダーではない』と端的に伝えた。
「『核』は……そのマガツモノの死体処理の仕事をしていたので、それでたまたま……」
今度はメーテラが絶句していた。
「あの……なんか……すいません。ちょっと、消えます」
あまりの気まずさからマキアは振り返って立ち去ろうとする。そのマキアの肩を力強くメーテラが握り締めた。
「しゃらくさい! とっとと入れ!」
「え。ええ! っええ?!」
突然のことでマキアは目を白黒とさせて固まる。
「それに駆け出しのレイダーってことは武器も経験も何もないんじゃない! だったら入れるレイダーハブはうちぐらいしかないんじゃないの!」
メーテラの言っていることは事実だ。マキアに入れるようなレイダーハブはおそらくない。
「もうずっと誰も応募に来てくれなくて。とにかく……もう……」
メーテラが急にしなしなになっていく。
同時に叫んでしまったことを冷静に思い返してさらにくたくたになる。
先ほどまでは目を白黒とさせて固まっていたマキアだが、ため息をついて申し訳なさそうに頭を下げるメーテラを見て、どこか申し訳ない気持ちが湧いた。
考え直してみればメーテラの発言はほとんどが正しかった。
駆け出しのレイダーであるマキアが所属できるレイダーハブは無いに等しく、一人で活動することしかできない。独りで活動しようと思っても、対マガツモノ用の装備は高価なことが多く、マキアの貯金では今ある家やほとんどの物を売り払ってやっと買える程度の値段だ。
加えて防護服や弾丸の費用を考えると今あるすべてを売り払っても補えない可能性がある。
レイダーになったは良いものの最初の一歩すら踏み出せない――あるいは未完成な装備で行くことになるかもしれない。
そう考えると、メーテラの案に乗るのは得策と言える。
怪しい、という一点に目を瞑れば。
「……テイカーロッジに入るっていう案……承諾してもいいです」
「え……」
「でもこれは、情けとかじゃありませんから」
冷静に自分の状況とテイカーロッジに入るメリットを天秤にかけただけ。マキアはそう説明するが、メーテラは驚きながらも漏れ出る笑顔を隠しきれないでいた。
「あ、えはは。いいんですか」
「テイカーロッジのことについてちゃんと知った上で、ですけど」
「なら説明します!」
メーテラが元気になってマキアにテイカーロッジのことについて説明し始めた。




