第10話 前哨基地跡
放棄された前哨基地はマガツモノの住処となっている。一切の明かりが灯されず、入り組んだ建物の陰でマガツモノ同士で殺し合う。倒壊した建物の瓦礫によって視認性は著しく悪く、暗闇によって人間では活動できぬ空間となる。
そのためレイダーは基本的に暗視ゴーグルを使用して前哨基地跡を探索することになる。ヘッドライトなどはマガツモノに音以外で勘づかれる可能性がある以上、使用することはできない。
ただ、マキアは暗視ゴーグルを用意したものの、今日は使用しないだろう。
というのも、前哨基地跡が暗闇に閉ざされているのはあくまでも奥に入った場所からであり、外側で狩りをするだけならば肉眼でも十分視認できる。天井や道に証明を設置してくれたレイダーズフロントには感謝しかない。
(とは言っても……)
明るくても安全というわけでは当然ない。証明が届かない場所の方が多く、暗がりは依然として多くを占める。その中でマガツモノを討伐するのは難しい。
マキアの装備では一気に多数のマガツモノに襲われればまず対処できない。
確実に一体ずつ殺していくことが重要になる。そのためにN-41カルディンには消音機能が搭載されていた。ただ、完璧な消音機能ではない。発砲した際、近くに聴覚の鋭いマガツモノがいればまず気づかれる。
というより、光の届かない暗がりに暮らしている地下性のマガツモノは大抵、嗅覚と聴覚に優れている。暗闇を生きる中で目が退化し、代わりに必要な能力が進化したせいだ。
その中で経験も実力も無いマキアが一人で狩りを行う。
(……やってみるしかないか)
うだうだと悩んでいても死ぬときは死ぬ。
れおだーになることを決めた時から、死と隣り合わせの人生を歩むことも受け入れた。
(音は……)
マガツモノの襲撃によって前哨基地は荒れ果てているが、天井や壁、地面などはすべて舗装されて、以前の姿を残している。加えて、壁や地面だけでなく前哨基地の建物も幾つか当時の状況を残していた。
その一つに前哨基地を囲う壁がある。
今ではほとんどが破壊され穴だらけだが、柱が残骸となって残っていた。
マキアはその柱の一つに背を預けて、静かに耳を澄ませていた。
前哨基地を覆う壁のすぐ向こう側は建物が立ち並ぶ前哨基地だ。足元の舗装された地面にはレイダーがここで発砲したであろう、薬莢が落ちていた。つまり、これより先は確実にマガツモノがいる。
非保護区域に出た時からマガツモノに襲われる危険性はあったものの、前哨基地跡に来るまでは同業者いることもあって、マガツモノは自然に駆逐される。
しかし柱の先からは違う。
事実、マキアには微かにだが音が聞こえていた。
物を引きずるような異音。
強化人種の子孫は五感が鋭く、常時ならば聞き取れないはずの物音を聞き取っていた。
全体的に薄暗く、場所によっては完全に暗がりに落ちている。地下都市で暮らしていることもあって暗闇には慣れているが、物音のする方向を見ても瓦礫が暗闇かしかない。
前哨基地跡の中に入ると全方位から襲撃を受けるリスクが高まる以上、今の装備では柱より先に行きたくはない。
しかし、成果を得られずに手ぶらで帰還することはマキア自身が許さない。ここは一歩、柱の先へ進んで本格的に前哨基地跡に入るしかない。一度、N-41カルディンの動作確認を済ませてから瓦礫を乗り越えて柱の奥へと入る。
壁の奥はレイダーズフロントが設置した照明の光が届いているが、瓦礫が積み重なった場所や建物の陰になっている場所は暗い。暗視ゴーグルの使用を視野に入れながら前哨基地跡に足を踏み入れてすぐ、マキアはずっと聞いていた物音の正体を見つけた。
(グロウラーか……)
地面に落ちた空の薬莢をグロウラーという、狼に似た体躯だが、胸部が異様に膨らんでいるマガツモノが食べていた。
胸の内部は空洞で、中に鐘のような基幹が組まれている。
目は退化しており、白濁していた。
グロウラーは胸部の鐘を振るえて鳴らすことで音響探知を行い、それで周囲を確認している。
薬莢を食べているのは使用する度にすり減っていく鐘を修復するために金属を確保するためだ。
(気づかれては……ないか?)
普通の生物ならば見られなければまず見つかることはない。しかしグロウラーは音響探知で周囲を確認している以上、背後にいるマキアの存在に気が付く可能性がある。
今のところは見つかっていない。
理由は分からないが。
(やるしかないか)
解体処理係をしていた時は、マガツモノを見ればまず逃げることを考えていた。しかしレイダーになった今、逃げるのではなく狩ることをまず考えなくてはならない。幸いにも、グロウラーは強い部類ではない。
噛みつかれればまず死ぬが。
(頭は……無理か)
生物ならば狩る際に頭部を狙うのが定石だ。しかしグロウラーは頭蓋が硬く、おそらくN-41カルディンでは一発で撃ち抜けない。周りに他のマガツモノがいる可能性がある以上、三発で仕留めきりたい。
(……胸部……鐘の位置)
解体処理係をしている時、グロウラーの死体を解体する機会は多くあった。その際、グロウラーは決まって胸部を撃ち抜かれて死んでいた。鐘が破壊されることで音響探知を失うため、硬い頭蓋に阻まれる頭部よりも優先的に胸部を破壊したのだろう。
マキアもそれに倣ってまず胸部に銃口を向けた。
拳銃を発砲したことはあるが、小銃は無い。それゆえに射撃技術はおぼつかず、少し離れた場所で薬莢を食べているグロウラーに弾丸を当てる自信はなかった。
一歩近づくか。
それともこの場所から撃つか。
レイダーになった以上、この程度の射撃は成功させなければ後はない。
(……ふぅ)
一歩も動かず息を吐いて、照準器を覗き込む。
グロウラーが薬莢を食べようと頭を下にさげた瞬間、マキアが引き金を絞った。
N-41カルディンに備え付けられた消音機能によって、音は一切響かない。
代わりに弾丸はグロウラーの胸部にある鐘を鳴らした。
鐘と弾丸がぶつかり僅かな金属音が響き渡り、グロウラーは方向感覚を失って転げまわる。
無駄に暴れて他のマガツモノに気が付かれるわけにはいかず、マキアは続けて胸部に向けて弾丸を発砲した。
飛び散る血液とゆっくりと動きが鈍っていくグロウラー。
だが鐘が破壊されても音響探知の機能自体は残っている。あくまでも正確さを失っただけ。すでにグロウラーはマキアの存在に気が付いている。
(……気づかれ――)
気が付かれる前に殺さなければならなかった。
しかし殺せなかった。
グロウラーはマキアとの距離を一瞬で詰めると牙をむき出しに噛みつく。
「――っあ」
グロウラーが噛みついたのはマキアの隣にある瓦礫だった。
鐘が破壊されたことで周囲の正確な情報を読み取ることができず、マキアの位置を間違ったのだ。
最悪の未来を覚悟していたマキアは想像とは違う光景に目を白黒とさせて、一瞬だけ固まった。
だが、噛みついた対象がマキアではないことに気が付いたグロウラーが、すぐ横にいるマキアに向けて口を開いた。同時に、マキアも我を取り戻すと至近距離からN-41カルディンを連射した。
弾倉のすべてを撃ち切ってもなお、グロウラーが動かなくなってもなお、マキアは引き金を引き続ける。
「……はぁ、はぁ」
グロウラーの死体がマキアの体にもたれかかり、血液が服を濡らした時、マキアは初めて落ち着きを取り戻す。
すぐにグロウラーの死体を押しのけて今いた場所から離れる。
今の戦闘で鳴った音で他のマガツモノが来るかもしれないからだ。
(……来てない、か?)
瓦礫の裏で周囲の様子を確認する。
今のところ敵の気配はない。
マガツモノもマキアと同じように注意深く様子を伺っているのならば話は別だが、今のところは大丈夫だ。
(……はぁ)
N-41カルディンの弾倉を交換しながら僅かに緊張を緩める。
初のマガツモノ討伐。
何もうまくいかなかった。
当初は三発で仕留める予定だったところが、弾倉のすべてを使ってしまった。
物音を立ててしまったし、一歩間違えれば死にかけるところまで追いつめられた。
何か一つでもかみ合っていなければ、グロウラーに頭部を嚙み千切られていた。
(だめだな)
犬のようなマガツモノに襲われた際に返り討ちにした経験が、間違った自信をマキアに与えた。
自分ならば大丈夫。
自分ならば生き残れる。
自分ならば何となくうまくいくんじゃないか。
漠然とした自信のせいで死にかけた。
マキアの実力は最低限すらない。
武器だけはメーテラのおかげでそれなりに戦えるだけ。
グロウラーに勝てたのも一重にN-41カルディンのため。
(失敗したな……)
武器や装備などを与えてくれた以上、メーテラのためにも死ぬわけにはいかない。
(仕切り直しだ)
甘い考えを捨てて、グロウラーの死体の傍にマキアが近寄った。




