第53話 旧知の人
グルーワーム討伐の際、マキアは気絶していたため自分を救ってくれたツヅキのことを知らなかった。
困惑するマキアの顔を見て、ツヅキは懇切丁寧に自分の正体を説明する。
アーサーたちとグルーワームの巣を破壊したこと、その後に来た成体も討伐したこと、ツヅキ自身がマキアを地上に送ったこと。
マキアは事前に、自分を助けてくれた人物の名前をヴィクターやメーテラから聞いていたため、ツヅキの話はすんなりと受け入れることができた。
「そうだよ、私は君の命の恩人なんだよ」
マキアが助けてくれたことに対して、素直に感謝を述べるとツヅキは『えへん』とでも言いたげな表情で笑みを浮かべた。
そしてすぐ、マキアの服装について尋ねる。
「君は……女の子だったの?」
「……」
難しい質問だ。
別に性別などどちらでもよいが、この格好は本意ではない。
だから肯定するのもどこか違う。
「ま、まあ……好きなように……」
答えに悩んで曖昧に返事をすると、ツヅキは「ふーん」と頷いてからマキアの頭に手をおいた。
「では君は今から、私の《《妹とする》》」
「は?」
マキアが困惑しているのにも関わらず、ツヅキは気にせずに抱き着いて頭をよしよしと撫でる。
ツヅキの背はマキアより少し低いぐらいなので年下の人に撫でられている感覚になる。
「ちょ、ツヅキさん?!」
見ず知らずの美人に抱き着かれたら、誰だって取り乱す。
これは男でも女でも同じだ。
「最近、ネネが抱き着かせてくれないからさー。うちの職場男ばっかだし、バルキリアコーポ行くのは迷惑だし」
やはりマキアのことは気にせず、ツヅキは好き勝手にマキアを触る。
「ちょ……」
マキアはどうにか離れようと試行錯誤するけれど、ツヅキは思った以上に力が強く振りほどけない。
それどころか逃げようとするとさらに強く抱きしめられる。
それに相手は命を救ってくれた人ということもあって、直接拒否することも憚られる。
その結果、マキアは無心になってツヅキに抱き着かれたまま人形のように動かなくなった。
「うーん、よきよき。ネネちゃんに勝るとも劣らない最高の抱き心地。それに……」
ツヅキがぶつぶつと呟いていると、突然頭を撫でる手を止めてマキアと目を合わせた。
「あ、そうそう。君ってメーテラのところにいるんだよね」
「え、はい。そうですけど」
突然、冷静になったツヅキは、マキアに抱き着いたまま尋ねる。
「メーテラはいつ加工屋の仕事を再開するの?」
「加工用機材は買ったので、素材さえあれば……もうすぐで」
「そ、やたやた。じゃあメーテラに伝言。第一部隊の皆が待ってるからって伝えといて」
「第一……? まあ、はい」
「やっぱりメーテラの装備ってすごく質がいいから……あ、でも素材が無いんだっけ?」
「そうですね」
こないだ狩ってきた蟻のような機械系マガツモノがあるぐらいで、とても十分な量とは言えない。
「じゃあ私が狩ってきてあげるよ……あ、それはスパイクに禁止されてるんだった……」
ツヅキは何やら考え事をして小さく呟いていると「よし」と声を出して、マキアから離れた。
「ありがと。久しぶりに妹成分を摂取できてよかったよー」
「ど、どういたしまして」
ツヅキは腰に手を当てて仁王立ちのまま満足げに「うんうん」と頷くと、首から下げた巨大な黒い球の数珠をマキアの前へとぐいと突き出した。続けて黒い球の一つを指でつまみ、たわんだ数珠を引き伸ばして、その端をマキアの手に握らせる。
「どう? 何か感じる?」
「え……なんか、生暖かいですね」
「ふむふむ。他には?」
「沈み込むというか……そんなイメージというか……」
「ふふん、そうだね」
マキアが握っていた黒い球を強引に引っ張って離すと、ツヅキはマキアの頭に手を置いてポンポンと跳ねさせる。
「ありがと。今度はまた地上で会おうね」
「あ……はい」
「それじゃ、ばいばい」
「は、はい……?」
ツヅキはいきなり振り返って、半身をマキアに向けて手を振ったかと思うと人通りの向こう側へと、すたすたと消えていく。
「な、なんだったんだ」
ツヅキが何の目的があって話しかけて来たのか、結局理解できなかった。
◆
気を取り直して。
ツヅキと別れたマキアは本来の目的地であるナカムラアームズを訪れていた。店内ではベンジャミンが接客をしていた。他に店員はいないようなので、ベンジャミンが接客を終えるまでの間、マキアはタッチパネルを操作して、取り扱っている商品について調べ始めた。
その際、ベンジャミンの方に視線を向けると、マキアの恰好をみて僅かに目を見開いた様子を見せていた。
(まあいいか)
ベンジャミンにはあとで説明するとして、意識を切り替えてタッチパネルに集中する。
(買う物は……)
まずはレイダー用の服を買わなくてはならない。タッチパネルには在庫アリの商品と在庫ナシの商品が詳細ページを開くと分かるので、今すぐ手に入れたいマキアは前者の商品から選ぶことになる。
在庫ナシの商品はメーカーから直接取り寄せる必要があり、基本的に高価なものが多い。ただマキアはある程度の性能さえ確保できれば、無駄に値段と性能が高い商品を今は欲していない。
取り合えず在庫アリの中から適当に見繕っていく。
今回のような事態にならないよう、必要以上の量をカートに入れる。
(次は……)
服をあらかた選び終わると、商品ページを移して今度は銃器を表示させる。
機械系マガツモノに襲われた件で、サブウェポンの重要性を認識した。特にLK-MOTO『R』のような銃を使うのならば、制圧能力と足止め能力の高いサブウェポンが必要不可欠だ。
ただ、サブウェポンはその性質上、取り回しがしやすいよう小型であることが求められる。しかしながら相手をするのはマガツモノということもあり、一定以上の火力が必要だ。
小型の銃に高い火力を詰め込む際に犠牲になるのは、総弾数や整備性、安定性、そして値段だ。レイダー向けの短機関銃や拳銃は往々にして高い。最低モデルでもN-41ガルディンと同等それよりも高い程度だ。
財布事情はかなり厳しいが、いずれまた未探索領域に行くことになるので、備えておいて損はない。
(買うとしたら……)
片手で持てる短機関銃か拳銃だろう。
ただ拳銃でマキアが求める基準以上の性能のものは、ほとんどが予算を越えてしまう。
「……うーん」
マキアがホログラムの画面と向かい合いながらタッチパネルを難し気な表情で操作していると、接客を終えたベンジャミンが声をかけた。
「お悩みのようですね」
「お悩みですね」
そう答えるマキアの服装は敢えて見ずに、ベンジャミンが話を伺う。
「今回は……サブウェポンをお探しで?」
「分かりますか?」
ホログラムの画面やベンジャミンの長年の勘を前にすれば、マキアが求めているものなんて一瞬で分かってしまう。
「予算はどの程度まで?」
「30万以下で何か良いのがあれば」
30万という金額はマキアが出せる限界の金額だ。加工用機材を買った僅かな残りとマキアの僅かな貯金を足し合わせてやっと捻出できる。
「30万リム以下ですか……そうですね」
横でベンジャミンがタッチパネルを動かして、ホログラムの表示を切り替える。
「今どき、レイダーは長物二つを背負って戦うのも普通にあり得る話ですが、マキアさんは短機関銃か拳銃がご希望ですか?」
「はい。短機関銃で今のところは」
「でしたら……」
ホログラムが切り替わる。
映し出されたのは、マキアも良いと思っていた武器だった。
「こちらなんてどうでしょう。『GAR-NN4』……あまり知られてはいませんが、ストライクホーク社が生み出した傑作です。制圧能力、安定性、整備性に優れています。その上、使用弾薬のVX-22 ホーネットは性能が高い上に値段がお安い優れもの。どうですか」
「分かります」
マキアはまず同意で返事した。事前に調べたのだからGAR-NN4の価値に気が付いている。だが同時に、問題もある。
「これは値段が……37万リムなんですけど……」
「はは。そうですね。通常販売価格では」
ベンジャミンの言葉にマキアが食いつく。
「『通常販売価格では』とは?」
「当店、レイダーズフロントの提携を結んでおりまして、レイダーランク『3』の方には特別な割り引きを……加えて、初回のご利用でしたらさらに割り引き額を引き上げております。その上、マキア様は前回のお買い物でポイントも溜まっておりますから、それをお使いになると……」
ベンジャミンは手元のタブレットを操作して、諸々を差し引いた最終的な値段を提示する。
「31万リム程度で収まるかと」
予算である30万リムは限界ギリギリの額だ。しかしさらに絞れば31万リム程度ならば用意できる。
が、しかし。
(ど、どうする)
確かに魅力的な提案だ。
性能も見た目も納得できている。
値段も別に良いと思ってしまっている。
だからこそ踏み止まるべき。
これは一時的な感情に過ぎないかもしれない。
探せば別の、もっと良い武器があるかもしれない。
高い買い物なのだ、即決する必要はどこにもない。
じっくりと選んで。
それに。
割り引きがあるというのならば、別の34万リム程度の武器であれば予算内に収まるのではないか。
だとしたらそちらの方がいい。
無理をする必要はどこにもない。
「お買い上げありがとうございます」
「――っぐ」
理性では駄目だと分かっていても、欲望が抑えきれなかった。
「こちら、在庫の方に一点ありますので、整備を済ませ次第、すぐにお渡しいたします」
「あ、ありがとうございます」
「それから、衣服についても同時にお渡しいたします」
「はい……」
金が減っていく。
だが、マキアにはまだ買わなければならないものがあった。
「あの……それと……」
「はい、なんでしょう?」
「防護服を……」
さらに20万リムの防護服。
機械系マガツモノに穴だらけにされてしまったせいだ。
「ではまとめてお渡しいたしますね」
にっこりと頷くベンジャミンとは対照的に、マキアはげっそりとした表情だった。




