第52話 顔がいい
「えぇ、動きにくい」
次の日、マキアは強制的にリディアの服を着させられていた。サイズに関しては文句がないが、単純に動きにくい。やはり機能美というものを失っている。
「文句言わないの。それでも動きやすいやつなんだから」
マキアが着ているのはパーカーのような服で、動きやすい部類に入る。普段、リディアが着ている服がフリフリとした女物ではないこともあって、マキアは助かった形になる。
もしリディアが持っていたら間違いなく面白半分で着させられていた。
だが、問題はそこではない。
「スカートが動きにくいんだって、なんかスースーするし」
「そういうものだと思って納得しなさい」
マキアが目の前の全面鏡に映る自分の姿を見る。
その姿は可愛らしい、あるいは尊さすら覚えるほどの美少女が立っていた。
「うーん、いいわね。パーカーにしてのも我ながらナイスチョイス。生活感があふれて逆にグッとくる」
「そういうのいいから」
「そう言って、鏡の前で自分の姿をみちゃって、ほんとは『可愛いな』とか思ってるんじゃないの?」
しきりに鏡を見て自分の姿を確認するマキアに、リディアが的確な指摘を落とす。
しかしマキアは動じず、逆に胸を張って答えた。
「いや、おれがこの服来たら可愛いに決まってるだろ。何を言ってる」
マキアは自分の評価に対して正当な評価を下していた。
「そう言われるとムカつくわね」
マキアからしてみれば、これは『女装趣味』ではなかった。性別がない以上、男と女、どちらの服を着ようとも構わない。選ぶ基準は周囲の環境による。解体作業員とレイダー稼業であれば当然、男物の服を着る機会が多くなる。逆に、もし女性のほうが生きやすいのならば、そうふるまっていただろう。
そうして二人が話していると、メーテラが扉を開けて入ってくる。
「終わったー?」
メーテラは入ってきてすぐ鏡の前に立つマキアを見て固まった。そして「ふむふむ」と言葉を漏らしながら、ゆっくりと懐からカメラを取り出す。
そしてレンズをマキアに向けてシャッターを引いた。
「ちょ、メーテラさん?」
「……」
マキアの呼びかけには答えず、メーテラはパシャパシャと様々な角度から写真を撮っている。
「ふむふむ」
「もう悪ノリやめてくださいよ」
メーテラからカメラを奪い取って蛮行を止めさせると、マキアは時刻を見た。
「ほら、もう機械が運び込まれてくる時間ですから……」
加工用機材の搬入が行われる頃だ、と言おうとしたところでマキアに電話がかかってきた。
電話の内容は、配達業者がちょうど目的地についたからガレージの扉を開けてくれ、というものだった。
◆
「それはこっちにお願いします」
綺麗になった加工場に次々と加工用の機械が運び込まれていく。知識のないマキアが見てもよく分からないものばかりだが、メーテラはすべてを理解しているため、作業員に指示を出していた。
数人の作業員はメーテラの指示に従って機材を設置しながら、小声で会話する。
「今日の職場はいいなぁ。美人が三人だぜ?」
「それな」
側から見ればマキアは美少女で、メーテラもリディアも美人だ。
「どうだ、仕事終わったら誘ってみるか」
「いいねぇ、それ。お前どこ行くよ」
「俺はあのお姉さんかなぁ、なんか優しそうで良さそう」
「馬鹿だな、俺はあのすげぇ可愛い子だな」
作業員が壁に背を預けながら通信端末を見ているマキアを見る。
「ボーイッシュな感じがいいというか」
「確かにな、お前見る目あるわ、じゃ……」
そこでマキアがメーテラに呼ばれて、機材の移動を頼まれる。
「マキアー! これこっちまでお願い」
「分かりましたー」
通信端末をしまってマキアが機材に駆け寄った。
小さいが重量としては50キロ程度もある機械だった。作業員たちのように簡易的な外骨格補助機構が、備え付けられた服を着ていないマキアに持てるはずがない——と、作業員は考えていた。
「あ、その荷物は俺たちが運んじゃ……」
作業員が言い終わるよりも前に、マキアが何十キロもある機材を生身で持ち上げた。
「メーテラさーん! これこっちでいいですかー?」
その場にいた作業員全員がマキアに驚愕の視線を向ける。
メーテラたちはその見慣れた光景に驚かず、リディアは早く動くよう言って、メーテラは感謝を述べる。
「さっさと次!」
「さっさがレイダー、ありがとね、マキア」
メーテラの発言に作業員2人が顔を見合わせる。
「あ、あ、あの子がレイダー?」
「そ、そうは見てねぇけど」
機械的強化手術や生体的強化手術などの言葉が2人の脳内で駆け巡る。
そして同時に同じ結論に行き着いた。
「き、今日はやめとこうぜ」
「そ、そうだな」
マキアという一見可愛らしい、あるいは美人な人がレイダーならば、もしかしたら残った二人も……と考えて、作業員は手を引くしかなかった。
◆
加工用機材の搬入があらかた終わると、あとはメーテラに任せて、マキアは今日中にやるべきことがあるので、そちらの方へと向かっていた。
服装は変わらずリディアの服のままだ。
流石に半日も経つとこの格好にも慣れた。
ただ、自分が気にしないからと言って周りがどうだかわからない。
(……この感じなぁ……)
周囲からの視線が気になってしまう。普段ならば見られていても気にしないのだが、恰好が違うせいでより見られるし、隙があるような気がして落ち着かない。幸いにも知っている人に姿を見られていないが、あくまでも『マキアが知っていない』というだけで、相手の方から一方的に知られている可能性もある。
そう考えた時、いつもの恰好と今とで、色々な噂が広まってもおかしくない。
貧困街はただでさえ狭い世界なのだ。
噂はすぐに広まる。
(うーん、これ、よくないなぁ)
マキアが道を歩けば、すれ違う人々が振り返る。
これに優越感を感じてしまう。
周囲の目に気持ち悪い感情と気持ちのいい感情の二つが混じり合っている。
(……んぐぐ)
良くないと思っている。
自分でも気持ち悪いと分かっている。
それでもやはり、満足感というか、優越感というか、常軌を逸した快楽物質が脳内でにじみ出ているのを感じる。
(まあ、いいか)
これほど人の目を引いていて絡まれていないのは運がいい。もしかしたら、声をかけられた末に拳や銃器を向けられていたかもしれない。そうなっていないことを考えると、運がいい。
周りの目を気にして色々と考えつつ、マキアがしばらく歩いていると目的の場所についた。
目的地はナカムラアームズだった。
ナカムラアームズにはレイダーようの防護服だけでなく、通気性や柔軟性の高いレイダー用の衣服も取り扱っているので、今日はそれを買う予定だった。さすがにこの服のままこれ以上外を出歩けない。
やっと元の状態に戻れることに安堵しながら、ナカムラアームズの扉を潜ろうとした時、後ろから声をかけられた。
「あれ、君は……」
マキアが振り返ると特殊な服装をした格好の女性が立っていた。
「あ、やっぱり! あの時助けた子じゃん」
背後に立っていたのはグルーワーム討伐の際にマキアを救い出した、アーサーの仲間であるツヅキという人物だった。




