第49話 不気味な痕跡
(こんなもんか)
前哨基地跡の三階をある程度探索したマキアは、討伐した機械系マガツモノの死体や防衛設備として稼働していたであろう、壊れた銃火器などを一度車両の荷台に詰め込んだ。
今日は昨日と違って様子見ではないため探索を続行する。
弾丸の備蓄は十分であり、装備に不具合などは生じていない。
隅々まで探索したわけではないが、建物の三階についてもある程度分かってきた。
情報端末の音響探知やマッピング機能によって出来上がった地図情報におかしな部分はない。
今のところ問題はない。
ただ、一つ気がかりなことがあるとすれば……
(こんなフロアあったか)
三階を少し進んだところでマキアが立ち止まる。
目の前には天井の無い開けた空間があった。
『天井の無い空間』というだけならば特段珍しくはない。
しかし天井が崩落したのであれば床に瓦礫が積もるはずだ。
(おかしいな)
フロアの床には一切の瓦礫が無い。
機械系マガツモノが退かした可能性や食べた可能性を考慮することもできるが、可能性としては低い。
それに加えて。
(地図情報と違うな)
情報端末の中にある一年前に記録された、地図の情報と照合した時、このフロアの形は少しおかしい。
建物は崩落によって地図そのままの状態を保っているわけではないが、それでも崩落の痕跡を辿ることで元の様子を思い浮かべることができる。しかし目の前のフロアは違う。
地図の情報と似通っているものの、細部が明らかに異なっている。
図形にも載っていない、ホールのような開けた空間が、果たして崩落によって出来上がるだろうか。
嫌な疑問だ。
(どうしてだ)
その答えを見つけることはできない。
現状、与えられた情報だけではどう頑張っても『それらしい答え』が出てこない。
(いくしかないか)
立ち止まって考えたところで解決策が得られるわけではない。
マキアの仕事は建物を探索すること。
すでに三階部分はホールの部分も含めてすべて調べ尽くした。
情報端末にはすでに新しい三階の地図ができている。
三階に調べるところは残っていない。
つまり、二階に行く。
(気が引けるな……)
二階への入り口はすでに数個見つけている。
そのどれもが狭い階段だった。
(……準備は……できてる)
三階と違い、二階は周囲を瓦礫に埋められているため簡単に脱出することができない。
より閉塞的な空間での探索が求められる。
(……ったく)
明かり一つない階段は一段一段が欠けていて降りにくい。
場所によってはオイルのようなもので濡れていた。
それでも意思を強く持ってそう長くない階段を下り切った。
「……」
情報端末に記録された一年前の地図で、すでに二階の様子は予測できていた。
そのため、脳内である程度シミュレーションした状態で、どのように探索するかを思い描いていた。
しかしこれは《《違う》》。
情報端末に記録された地図と明らかに乖離している。
二階は幾つもの細い通路が迷路の組み合わさった空間へと変貌していた。
本来の二階は三階と同じように防衛設備が用意された部屋や、休憩スペースなどがあるはず。
しかし今マキアの目の前に広がっているのは通路のみ。
部屋なんて一つもない。
(こんな道……)
建物が崩れてあったはずの道が無くなるのは当たり前にあり得ることだ。
しかし『道が出来る』のはおかしい。
人の手でも加えられていなければ新しい道はできない。
「まずい……」
明らかな異常。
マキアは探索より身の安全を優先した。
踵を返し階段を上る。
「……」
しかし、階段を上った先は降り積もった瓦礫によって塞がっていた。
◆
(何が起きた……)
数十秒前に下ってきたはずの階段の入り口が、瓦礫によって埋まっている。
三階から天井が崩落したような音は聞こえなかった。
であるというのに来た道が瓦礫で塞がれている。
「……」
唖然として言葉が出ないし、思考がまとまらない。
「……」
マキアは一分ほど瓦礫で埋まった階段の出口を眺めていた。しかし時間が経ってやっと状況を飲み込むと、どうにか頭を動かす。
(どうにかは……なるか)
三階から二階へと通じる階段の場所自体は変わっていない。二階の地図こそ分からないが三階の階段がある場所と現在地を見比べながら別の階段まで辿り着ければ脱出自体は容易だ……想像を絶する苦難が予測されることに目を瞑ればだが。
「やるしかないか……」
退路が無いのならば進むしかない。
あの迷路のような通路を。
(行くとしたらあそこか)
更新したばかりの三階の地図を使って階段の位置を調べる。もし階段が二階に繋がっていなかったら最悪だが、そこは考えても仕方がない。現在地と階段の場所を照合し、位置関係などを調べながら歩く距離と方角を決めていく。
(五分ぐらいか……?)
階段の場所から現在地を直線距離で結んだ時、5分ほど進めば辿り着く距離だ。
ただあくまでも『直線距離で』という条件つき。二階はマキアが確認できた限りで幾つもの道が絡み合っていた。どの通路が階段のある場所へと通じているのか。遠回しなければたどり着けないような道のりになっているのか。
行ってみないと分からない。
心底嫌だが。
(分かんねぇな)
階段を降りて二階へと入ったマキアが通路を見渡す。
そこら中から機械の音やノイズ混じりの音楽などの異音が鳴っている。道が入り組んでいることや音が変に反響しているせいで、どこで何が起きているのか把握しずらい。
機械音を察知して事前に脅威に対処するのはほぼ不可能だと考えていい。
(こっちか……?)
自分が向かっている先が正しいという確証が持てないまま通路を曲がる。
部屋や広いホールなどは一つもなく入り組んだ道が続くだけ。
光景に変化はなく点滅したライトが等間隔に設置され、一部鉄板が張り付いたような壁のシミや窪み、床に散らかった機械片を照らしている。
以前として周囲から鳴り響く音の正体には出会えていない。
(あいつか……)
しばらく進んだところで鳴っていた機械音の正体を見つけた。
蜘蛛のような幾つもの足と長方形の箱が一体となったような、簡素なデザインの機械系マガツモノだった。この建物が機械系マガツモノの住処だと知っていなければ、普通の産業用機械だと間違えてしまいそうな見た目だ。
一見、何ら危険性を感じない。
しかし油断できるはずもない。
現状、目的地へと行くためにはこの通路を通るほかなく、討伐しなければならないだろう。
やることは変わらない。
照準を定め、引き金を絞る。
未確認の機械系マガツモノであったとしても怖気づにLK-MOTO『R』を構えた。
空を裂く僅かな破裂音と共に、一直線に弾丸が突き進む。
弾丸は機械系マガツモノの装甲を容易く突き破った。
それでもマキアは引き金を引き続ける。
相手が未確認の機械系マガツモノである以上、油断はできない。必要以上の弾丸を執拗に撃ち込んで穴だらけにする。幸いにも弾薬は豊富に持ってきていた。
(……こんなもんか)
弾倉を半分ほど撃ち切ったところで手を止める。
すでに機械系マガツモノは稼働を停止していた。
銃口を向けながら機械系マガツモノへと近づき、初めて死んだことを確認して初めて、マキアは息を吐いて緊張を解く。
その時、壁に張り付いていた鉄板が剥がれ落ちた。
「……はぁ」
壁に張り付ていた鉄板は思いのほか厚みがあり、巨大な灯油缶のようだった。
ころころと地面を転がって破壊された機械系マガツモノに覆いかぶさる。
すると鉄板から蜘蛛のような足が生えた。
そして股に当たる部分にある口を使って機械系マガツモノを食べ始める。
その時点で、マキアはため息をついた。
「だろうと思ったよ……」
つまり、壁に張り付いていた鉄板は機械系マガツモノで、今は仲間の死体を食べている。
これまでに壁に張り付いた鉄板なんて幾らでも見てきた。
百は下らない。
背後からもころころと機械が転がる音が聞こえる。
「懲り懲りだ」
運が悪いのは今に始まったことじゃない。
こうなることはある程度予測出来ていた。
怒りは湧かない。
代わりに落胆にも似た感情を覚えながら、LK-MOTO『R』を構える。




