第43話 後処理
「あのクズ、死にやがった」
江東社の社長であるセルバンはジャンが死亡したという報せを受け、テーブルに拳を打ち付けた。
ジャンがマキアを殺すというのだから話を引き受けてやったというのに、すべて無碍にしやがった。勝負の条件はすべてジャンが有利だったはずだ。マキアは負傷していて、装備でもジャンと差を付けることはできず、単純な実力でも差があった。
「何があった」
試合を見ていないセルバンには原因を探ることはできない。
しかし原因が分からずとも、ジャンがすることは一つだけだ。
「殺してやる」
ジャンが成功するのならば穏便に済むのでそれでよかった。
ただもし失敗すればセルバンは元のやり方に戻すだけだ。
すでに傭兵は手配している。
「面倒なことに」
ジャンが介入しなければ、と悪態を吐きながらセルバンが通信端末を触る。
だが通信端末は暗転したまま動かない。
「……ックソが! んな時に!」
通信端末を投げ捨て、懐からサブの端末を取り出す。
「ッああ? クソが!」
サブの端末も起動しない。
「何が起きやがる」
不幸ばかりが重なる。
最悪だ。
そもそもとして通信端末二つが一度に使えなくなることなどあり得るのだろうか。
通信障害を疑った方がいい。
「これも! あれも! クソが! なんで起動しねぇんだ!」
デジタル時計どころかあらゆる電子機器が使用不可能になっている。
「おい! 来い!」
部下を呼ぶが返答はない。
「ったく! 何してやがるんだ!」
テーブルを叩き椅子を蹴っ飛ばしながらドアに向かう。
「ああ?! ッ何であかねぇんだよ!」
ドアノブは硬く閉じられていた。
引いても体当たりをしてみてもびくともしない。
ジャンが来た時に散弾銃で壊してから新しいのに取り換えたせいか。
(いや、んなわけねぇ)
通信障害に加えて扉が開かないのならば何らかの異常が生じている状態だ。
攻撃を受けている可能性がある。
「……誰だ、お前」
セルバンが振り返った時、テーブルの上につばの長い帽子を被った優男が座っていた。
「僕かい? 僕はアベルという」
彼はテーブルから降りて礼儀正しく自己紹介をすると、セルバンの言葉を待たずに続けた。
「失礼ながら、隔離させてもらった。君の記憶が消えるまで少しここで待機してもらえるかな?」
「てめぇだな、早く出せ」
「それはできない。マキアくんに傭兵を差し向けようとしているだろう?」
「てめぇ、あいつらの仲間か」
「違うよ、ただ……こう昔馴染みというか、まあ困っていたら手を貸してあげたくなるような関係さ」
「――んなことはどうでもいい!」
セルバンは懐から拳銃を引き抜いてアベルに向ける。
「てめぇを今ここで殺せば済む話だろ!」
「そうだね。ただ、銃口を向けるというのならば、それ相応の代償が伴う。私としてはここは穏便に収めてもらいたい。今日ぐらい、彼を休ませたいからね」
飄々と答えるアベルにセルバンは額の血管を浮き上がらせ、引き金にかけた指に力を込めた。
「うるせぇな……関係ねぇよ! 今ここで殺し――」
◆
「終わりましたか」
執務室で仕事を終えたヴィクターが後ろに立つアメリアに準備を済ませるよう告げる。
「上層部との約束を守りましょう」
そう言いながら立ち上がるヴィクターの目の前のホログラムには、マキアとジャンの試合映像が再生されていた。
「アメリア、部隊の監督をお願いします」
「分かりました。予定通り、私が遂行まで担当してよろしいのですね」
「荒事は君の専門さ。相手が三番街となると面倒だからね」
ヴィクターはテーブルの引き出しから、彫刻の掘られたオートクチュールのリボルバーを取り出し、懐に収める。
「戦力面は圧勝していても、やはり数と地の利がある。半日で終わらせよう」
「はい」
今から行われる三番街の掃討だ。
上層部との話し合いの末、地下一階及び非保護区域の再開発が決まった。
今まで三番街の支配領域であった場所はこれより、レイダーズフロント管轄の区域となる。
グルーワームの侵入によって出た被害を意図的に増やすことで、上層部の重い腰を上げさせた結果だ。これで外壁の強化及び防衛の組織化が行える。そこに三番街が介入する余地はない。
すべてはレイダーズフロント主導の元、計画書通りに実行される。
当然、三番街は反対するだろう。
しかし収入源を失い、ジャンを失った三番街に何ができる。
銃でレイダーズフロントの部隊に敵うだろうか。
「さて、後処理を始めましょうか」
◆
一週間後、無事に退院したマキアはテイカーロッジの事務所にいた。
「もうだいぶ傷は治ったね」
隣でソファに座っていたメーテラがマキアの体を眺めながら呟く。
ジャンとの戦いを終えてから色々なことがあった。まず死にかけだったマキアの治療。それから三番街との話し合い。江東社の対処。ほとんどが第三者の介入によって何事も無かったが、色々と不気味な結末に終わった。
ただ幸いにもマキアたちに実害が出ることはなく、こうしてテイカーロッジもマキアも無事だ。
「まだ……ちょっと曖昧だけど」
ソファに座ってテレビをぼんやりと眺めながら、マキアが呟く。
傷は治ったものの倦怠感は薄っすらと残っているし、思考はどこかまとまらない。
ロクに食べず死にかけの体に鞭を打って働かせた罰だろう。すぐに治るとは思えない。
「まあ、一週間ぐらいで治りますよ」
「ほんと? 大丈夫?」
ジャンの策略に気が付けず殺し合いの勝負となってしまったことを悔いているメーテラは、負傷したマキアに対して必要以上の後悔を背負っていた。
そんなメーテラに誰かが後ろから声をかける。
「メーテラさん! そいつを甘やかさないでください。三番街も江東社も元はと言えばそいつが原因なんですから。『面倒かけてくれたわね』ってぶっ叩けばいいんですよ」
後ろからそう声をかけたのは、風呂上りでアイス棒を片手に持ったリディアだった。
グルーワームの一件でキバンエリアが崩壊した時、リディアの店も巻き込まれた。
一時的に住居を失ったリディアはメーテラの誘いでテイカーロッジの事務所に住んでいた。
「マキアも! 頭動かなくてもやれる仕事ぐらいあるでしょ!」
「は、はい……」
リディアには何かと迷惑をかけたこともあって、マキアは彼女に頭が上がらない。
「あ、そういえばミケさんが呼んでたよ、もう時間じゃない?」
リディアに言われてマキアが時計を見ると、ミケと約束した時間が来ようとしていた。
「そうだった、行ってくる」
「気を付けてね」
「また面倒ごと引っ掛けてこないでね」
メーテラから優しい言葉を投げかけられ、リディアからは怪訝な視線を向けられながら、マキアがテイカーロッジの外に出る。
グルーワームの一件から三番街の解体と地下都市は大きく変化したはずなのに、街の光景はあまり変わらない。
事務所を出たすぐの通りも、雑多な物で溢れた飲食街も、人々の活気も、あれだけの非現実を経験した後でも、変わらず目の前にある。何度も見ているはずなのに、懐かしく感じる街並みを通りすぎて、マキアはミケとの約束の場所に辿り着いた。
「時間ぴったりだな」
約束の場所に辿り着くと、ミケが先に待っていた。
「すまなかった。わざわざこんな時間に呼んで」
「いえ、ぜんぜん。お世話になりましたし」
メーテラのことなど、色々なことでミケにはお世話になった。この程度で少し恩が返せるというのならば安いもの。
「わざわざ呼んで悪いんだが、伝えたいことは一つだけだ」
「……? なんですか?」
「アカデミーの選抜試験に合格した」
アカデミー選抜試験、という言葉を聞いてマキアはミケに言われたことを思い出す。
(合格したんだ)
大企業がレイダーを育成候補を集めるために行われる選抜試験。
ミケは前会った時にそれを受けると言っていた。もし突破すればミケは企業の手配のもと地上に行くことができる。
地下都市の住民のほとんどが行けぬ地上に、企業の手助けがあるとは言え、ほぼ自力だけで辿り着けるのだ。
「すごいじゃないですか……!」
倍率は数百倍ともいわれる。
ミケはその選考を突破したのだ。
「ああ、伝えるのが遅くなった。明日にはもう地上に行く」
「そうなんですね」
本来ならば一週間前にテイカーロッジの事務所を訪れた時に伝える予定だったところが、大きく伸びてしまった。
「頑張ってください」
素直に述べたその言葉に、ミケは不満気な顔を漏らした。
「……あの? なにか、しましたか?」
不満気な顔をする理由が分からずマキアはおずおずと尋ねる。
するとミケは腰に手を当てて『ふん』と鼻から空気を漏らしていそうな顔をして、マキアに問いかけた。
「お前はどうなんだ」
「……え?」
「俺は明日地上に行く。お前はどうなんだ」
質問の意図が分からずマキアは半白ほど言葉を失って考えた。
しかしすぐに言葉の意味を理解する。
(……夢か)
ミケはマキアの『地上に行きたい』という夢を覚えていてくれたのだ。
一足先に地上へ辿り着いたミケが『お前はどうするんだ』と問いかけていたのだ。
「……」
ミケに気が付かされて、今初めて考える。
地上に行くためにはどうすればいいか。
どのような行程があるのか。
何を準備すればいいのか。
昔は何一つとして思い描けなかった幻想が、今は少しだけ見えてくる。
その上で、マキアは自信ありげな顔をして返答した。
「すぐ追いつきますよ」
今までは漠然と思い描いていた夢が、少し現実味を帯びたような気がした。
第一章(後半) 光の射す場所——了
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