第42話 選択の覚悟
「……ッチ、あの野郎……」
手榴弾の爆発を至近距離で食らったジャンが負傷した腹を抑えながら悪態を吐いていた。
まさか手榴弾で自爆を選ぶとは思わなかった。
分かっていたのならば瓦礫の上から転げ落ちたマキアを、無駄に近づかずに銃撃していればよかった。マキアの覚悟を見誤り、調子に乗っていた己の不覚だ。
(ただ、終わりか)
ジャンがこれだけ負傷しているのだから、さらに近い距離で爆発を食らったマキアは死んだ可能性が高い。
そうでなくとも瓦礫に押しつぶされている可能性もある。
いずれにしてもマキアが動ける状態ではないだろう。
ただ試合の終了を決めるのはセンサーによる着弾判定であるため、死体を引っ張りだして当てなければならない。
「面倒だな」
とっとと終わらせて負傷の手当をしたいところだ。
(あそこら辺か)
マキアが生き埋めになっているであろう瓦礫の山に視線を向けた。
それと同時に、少し横にあった瓦礫が揺れる。
「生きてやがったな」
位置関係上、瓦礫が動いているのは見えるし、ひっくり返されるところも見えた。
しかし肝心のマキアは、ボロボロになった血だらけの防護服でしか生きているのを確認できない。
(まあいい)
それだけで十分だ。
どうせ、もうまともに動けはしない。
後はゆっくりと近づいて処理するだけ。
小銃を軽く握り締め、僅かに遠回りをして有利な場所からマキアがいるであろう場所を見る。
(いねぇな)
瓦礫がひっくり返された付近にマキアの姿は無かった。
しかし血を辿れば自ずとマキアのいる場所が分かる。
(おぉ……いたいた)
建物の影から破れた防護服の破片が見えている。
(となると……)
血が痕跡となっていることをマキアも気が付いているだろうから、あの防護服の破片はブラフ。
ジャンが防護服の破片を見て確実に撃てる場所まで移動するのを待っているのだろう。
となると、防護服の破片が完全に見える位置——をマキアが狙っているはず。
(あそこか?)
マキアが隠れているとしたらあの倒壊した建物の中が怪しい。
窓から狙うのはあからさまが過ぎる。
あり得るとしたら柱の後ろか屋根の上か、どちらでも構わない。
「出て来いよ!」
手榴弾のピンを引き抜き建物に向かって投げ込む。
「……あ?」
だがマキアは出てこない。
気配すら見せない。
つまり。
(こいつは)
裏の裏をかかれた。
今までのマキアであれば必ず建物の影に隠れていたはず――
(——違うな)
マキアはさらに先を読んでいる。
(となると)
これまでのマキアの行動と地理の情報を足し合わせ瞬時に解答を導き出す。
「そこだな?」
突如としてジャンは振り向くと瓦礫に向かって発砲する。
するとそこには瓦礫片手に近づいて来るマキアがいた。
「ッチ」
「てめぇ!」
マキアは咄嗟に瓦礫を投げ込みジャンの体勢を崩すと瞬時に隠れた。
「あの野郎!」
瓦礫がジャンの頭部を掠り僅かに肉を抉った。
「逃がさねぇ」
ジャンは建物の中に逃げ隠れながら位置をくらませる。
奇襲を食らってしまったが、今の攻防で分かったことがある。
(あいつは小銃が壊れて使い物にならねぇな)
もし奇襲を仕掛けるのならば離れた場所から銃撃すれば終わりだった。
であるというのに盾代わりの瓦礫を持って近接戦をしようとした。
すでに小銃や手榴弾を含め、あの自爆で破壊されている。
瓦礫を投げるしか遠距離での攻撃手段のない相手に負けるはずがない。
ただマキアが万が一、ジャンの予測を裏切ることもある。
それに備えて作戦を組み立て――ようとした瞬間、ジャンが隠れていた建物の中に、窓を突き破ってマキアが侵入する。
(俺の予測は合ってたか)
ジャンに事態を理解させる時間を与えずぐに追撃を与え、距離を詰めて来た。長期戦と遠距離戦を嫌っている証左だ。
マキアは小銃と手榴弾を失っている。
この近接戦で仕留める気だ。
「焦ってるじゃねぇか」
マキアがナイフを突き刺すがジャンは脇腹で腕ごと抑え込み、そのまま片手に持ったナイフで切りつける。
(ッこいつ! 人間か?!)
振り降ろされたナイフをマキアが噛みついて砕いた。
常人の咬合力ならばまずナイフの刃を砕くことはできない。それ以前に振り降ろされたナイフを噛みついて止めるのは不可能だ。
明らかに生態拡張手術を受けている。
だが今はそのことについて思考を割く時間は無い。
「――ッ」
ナイフをかみ砕いたマキアはそのままジャンの顔面に頭突きをかました。
鼻は折れ、右目の眼球は陥没する。
咄嗟に脇腹で抑えていたマキアの右腕を離し、一歩後退した。
そして柱を盾にして僅かな猶予を稼ごうとす――
「ありえねぇ!」
柱を無視してマキアがジャンを蹴った。普通ならば柱に強打された足の骨は折れる。
しかしマキアの蹴りは柱を破壊した。
距離を見誤ったため蹴りが直接ジャンに命中することはなかったが、吹き飛ばされた柱の破片が腹部に突き刺さる。
「お前ッッ! 俺を殺せば三番街が――」
ジャンが言葉を紡ぎきるよりも早く、ナイフが首を断ち切った。
流れだす血液を抑えようとジャンが首を両手で抑える。当然、血を止めることはできず隙間から血が溢れ出す。
「じゃあな、クソ野郎」
蹴り倒し、死にかけのジャンに向かって吐き捨てた。
ジャンの意識はすでに無く、マキアの声は聞こえていない。
「やってやったぞ……」
辛うじて意識を保っていたマキアも、負傷による出血多量によって倒れ込んだ。
◆
「終わったな……」
観戦室のホログラム越しに試合を見ていたアーサーが呟いた。
それからスパイクとツヅキを見る。
「さっさと帰るぞ。俺たちの仕事は終わった」
メーテラと関係があり、禍具の力を引き出すことができる上に、ヴィクターからも目をつけられている。
あの常人離れした身体能力も普通ではない。
単純にレイダーとしても、別の側面でも見ておく必要がある。
(よかったな、見てたのが俺らだけで)
もし地上のレイダーが見ていたら引き抜きやら身体検査やらで面倒ごとになっていたことに違いない。
幸いにもこの現場を目にしたのはアーサーたちを含めた数人だけ。
この場だけで完結するのならばどうとでもなる。
ホログラムに映し出される血だらけのマキアに一度視線を向けてから、アーサーは振り返ってメーテラに声をかけた。
「今度はゆっくり話せるところで会おう、その時は剣の整備も頼むぜ」
腰に携えた禍具を数回叩いて、アーサーたちは立ち去って行った。




