第41話 変容する様を②
(あの野郎——好き勝手ってにやりやがって)
マキアが建物の物陰に隠れながら傷口の止血を行う。
病院では最低限の治療しかしてもらっていないため、激しい動きで傷口が開いてしまった。
ジャンに追われている際中であるため、防護服のクッションを傷口に埋め込むだけの応急処置だが、血を残さずに済めばジャンとの勝負を幾らか有利に進めることができる。
とは言ってもジャンは訓練場の地理を知り尽くしている上に、こちらの負傷状況も把握しているはずだ。
マキアがどこに逃げ、どこに隠れ、どこで息を整えるか――その全てを読んでいる。
(……野郎)
瓦礫の隙間から覗いた瞬間、弾丸が頬の横を通り過ぎる。
反射的に身を引いた直後、コンクリ片が弾け飛ぶ。
「……ったく」
射線を切るために横へ転がり、建物の影へ滑り込む。
そしてすぐに駆け出し建物や瓦礫の後ろへと移動する。
小銃の弾倉を交換し、移動しながらジャンの位置を掴む。
発砲音の方向や弾道からある程度は予測できる。あとは逃げながら位置を把握し、少しずつ追い詰める。
「っんだよ」
マキアの意図を読んだジャンは逃げ隠れずに距離を詰める。
柱から瓦礫の後ろへと移動した瞬間、斜め前から足音が聞こえた。
(……ッ)
音のした方向に視線と注意を向ける。
その瞬間、後頭部に冷たい金属が押し当てられた。
「終わりだ、マキア」
なぜ背後に。
足音は。
いつから。
引き金が絞られる――
だが、マキアの手がそれより早かった。
「ックソ野郎」
反射で銃身を掴み、力任せに軌道を逸らす。
発砲音が耳を裂き、弾丸は壁に跳ねて火花を散らした。
同時に、二人の距離がゼロになる。
拳が飛ぶ。
肘がぶつかる。
二人は同時にナイフを引き抜き刃を交際させる。
体の状態も技術も経験も、本来ならばマキアが大きく劣っている。だが、グルーワームとの死闘を経て感覚が研ぎ澄まされた結果、マキアはジャンとも対等に分かり合えるほどに成長していた。
ナイフが閃き、互いの防護服を裂く。
呼吸が荒い。
血の匂いが濃い。
ジャンの動きは重く、鋭く、迷いがない。
感覚が研ぎ澄まされ爆発的な成長をしていようとも付け焼き刃であることには変わりない。長く打ち合えば自力の差が出る。
(近接は……分が悪い)
だが、逃げ場はない。
マキアはナイフを受け流し、逆にジャンの手首を掴む———よりも早く、ジャンは咄嗟の判断でマキアを瓦礫の山へと蹴り落とした。
視界が回転し、鉄骨が頬を掠める。
背中に衝撃。
肺から空気が抜ける。
そのまま転がり落ち、下層の瓦礫に叩きつけられた。
「……ッ、くそ……!」
立ち上がろうとした瞬間、上から影が降ってくる。
ジャンだ。
銃口が、再びマキアの顔面へ向けられる。
(間に合わねえ――)
発砲。
弾丸が頬を裂き、熱が走る。
だが、致命傷ではない。
マキアは反射で腰のポーチに手を伸ばした。
指先が触れたのは――手榴弾。
(……死ぬかもしれねえけど)
ピンを抜いた。
ジャンの目がわずかに見開かれる。
「おい、マキア――」
言葉の途中で、爆発。
轟音が訓練場を揺らし、瓦礫が舞い上がる。
衝撃波が二人を吹き飛ばし、鉄骨が折れ、壁が崩れ落ちる。
爆発によって吹き飛ばされたマキアの上から瓦礫が覆い被さっていく。
舞い上がった土煙が視界を塞ぐ。
幸いにも降ってきた瓦礫が背中に覆い被さっていることはない。
まだ、生き埋めにはなっていない。
(……生きてる、のか……?)
瓦礫の落下が収まると、マキアが顔を上げて周囲を確認した。
体の上にはコンクリ片と鉄骨が覆いかぶさり、身動きがほとんど取れない。
(……いや)
生き埋めになっていることよりも先に注意を払うべきことがあった。
暗闇の中でもマキアの視力は健在。
だからこそ自らの負った負傷がよく見える。
(痛みは……)
脇腹にパイプが刺さっていた。
加えて全身から血が流れ出している。
息を吸うたびに肺が痛む。
血の味がする。
視界はぼやけ、片目はほとんど開かない。
それでも、まだ死んでいない。
(……ジャンは……?)
耳鳴りの奥で、何かが崩れる音がした。
遠くで誰かが叫んでいるような気もする。
冷たい瓦礫の隙間から差し込む光が、やけに遠い。
(……クソ……まだ……終わってねえ……)
手を伸ばそうとするが、力が入らない。
指先が震え、血が滴る。
鈍かった痛みが時間が経って鮮明になっていく。
呼吸が呼吸が浅くなる。
意識が沈む。
「……なんでだ」
脳裏に記憶が過ぎる。
レイダーになったはいいものの、厄介ごとに巻き込まれてマガツモノではなく人と殺し合う日々。
マガツモノと殺し合えても毎回のように死にかける。
今回だって、グルーワームの巣で死にかけた後に来ている。肉体的にも精神的にも疲労していて、まともに動ける状態ではなかったというのに、小銃を持たされてまた戦わされている。
そのせいで治っていたはずの傷は全て開いて、手榴弾の爆発も喰らって、挙げ句の果てには瓦礫に閉じ込められている。
寝たいし、休みたい、それから飯も食べたい。
(なんでだよ……)
なんでこうなったんだよ。
なんでこうなってんだよ。
傷だらけで。
ロクに飯も食えてなくて。
なのにまた殺し合いをしてる。
誰のせいなんだよ。
「あいつか……」
ジャンの嫌味たらしい笑みが脳裏に浮かぶ。
三番街から報復があるから殺せない、だとかどうでもいい。
あっちがその気なら、こっちも同じ対応をするだけ。
「クソが……」
血だらけで本来ならば動くはずのない体に力を込めて、瓦礫をひっくり返す。
「殺してやる……」
瓦礫の中からマキアが現れる。
観戦室から試合を見ていた者たちに、マキアはまざまざとその変容した様を見せつけていた。
戦闘経験のないリディアでさえその異質さえに気がついている。
それを知らぬのは、皮肉にも毒牙を向けられるジャンだけだった。




