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マガツモノ  作者: しータロ(豆坂田)
第一章(後半) 光の射す場所

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第36話 脱出不可能

 江東社の事務所でミルゲスが仕事をしていた。ジャンのせいで最近は家に帰れていない。何しろ試合を行うのだ。ジャンとの話し合いや試合の会場となるレイダーズフロントの練習場を借りなければならない。


 その他には武器の手配や、ジャンに言われた他の用意など、すべきことで山積みになっている。


「腹立つ野郎だらけだな」


 本当ならば全員をぶっ殺してやりたい。しかしそれができないから穏便な作戦を取っている。

 湧きあがる怒りを抑えてミルゲスはどうにか建設的な案を考える。


(条件が同じであったとしてもジャンが勝つ可能性の方が遥かに高い……だがもし失敗したら……準備はしておいた方がいいな)


 テーブルの上に置いてある通信端末をミルゲスは手に取った。


 ◆


(……何がどうなってんだ)


 母親マザーの咥内を抜けてすぐにあった謎の出っ張りにマキアがしがみついていた。

 咥内を通り抜けた時、気絶してしまったのでいまがいつごろか分からない。出っ張りに助けられた。もし無ければ今頃消化液に溶かされている。

 体中は傷だらけ、碌に飯も食えていない、N-41ガルディンはいつの間にか破壊されていた。そのうえ状況は絶望的。解体斧が残っていたおかげでどうにかなったが、果たしてこれ以上持つかどうか。 

 刃こぼれのようなものもある。


(とりあえずここを抜ける方法だが……)


 出っ張りを足場にしたまま待機することはできない。振動などから母親マザーが動いていることがわかる以上、早く逃げなければ地上に戻れない可能性がある。

 もし外に出れたとしても地中で生き埋めになる可能性は否定きれない。

 加えてグルーワームの体内はひどいにおいだ。

 消化液の臭いや腐敗臭など、長年マガツモノの解体現場で働いていたマキアでも鼻をこそぎ落としたくなるほど酷い。


(ただどうするかが問題だな)


 もう一度咥内に戻るのは不可能。

 かといってこれ以上奥に進めば消化液に溶かされるだけ。 

 やはり解体斧で内部を抉りながら外に出るしかなさそうだ。


「やるしかないか」


 母親マザーが暴れ狂わないことを祈りながら、解体斧を振り下ろす。

 内部の壁はさすがに柔らかく、解体斧は容易に切れ目を作った。


(何もない……か?)


 大きな変化がないことを確認してから、もう一振り。


(何も……ない)


 もう一振り。

 さらにもう一振り。

 肉の壁に穴ができ、人ひとりが中に入れそうな場所を作り出す。


(あと何回だ?)


 母親マザーの厚い脂肪層を断ち切って外に行くまでにどの程度かかるのか、見当もつかない。 

 だが取り敢えず切り進むだけ。

 作った割れ目の中に入ってもう一度斧を振り下ろす。

 

「やっちまった」


 斧が肉を上がった瞬間、突然揺れが大きくなった。

 まともに立っていられないほどの揺れ、それだけでなく天地がひっくり返った。


「次から次に!」


 母親マザーが身を捻って一回転した。

 幸いにもマキアはすでに出っ張りではなく切り開いた肉の中にいた。

 食道に再度投げ出されることはない。


(早くしねぇと駄目だな)


 グルーワームが暴れている以上、悠長にしている場合ではない。

 痛がろうと、揺れようと、天地がひっくり返ようと、何度も解体斧を振り降ろし道を切り開く。

 その際、切り開いた肉片から寄生虫が飛び出した。


「――んだよ!」


 咄嗟に寄生虫の頭部を掴みとり、そのまま握りつぶす。

 

「邪魔だよ!」


 肉の壁を切り開きながらそう少なくない数、寄生虫が現れる。

 その度に解体斧で切り伏せ、殴り飛ばし、踏みつぶす。

 一心不乱に肉の壁を抉り進んでいると、解体斧を振り降ろした時に、ガキンッ、と音が鳴る。


「鱗か……」


 母親マザーの体表を覆いつくす鱗に辿り着いた。

 つまり、ここさえ突破すれば外に出れる。

 解体斧を両手斧に展開し、振りかぶった。

 肉を断ち切る時とは違う確かな手ごたえ。

 両手斧は鱗を叩き割った。


(どこだここ)


 鱗の先は外に繋がっていた。

 だが見える景色は土の壁だけ。

 母親マザーは移動していないのか、景色が変わらない。

 

(……)

 

 鱗の隙間から外を注意深く観察する。

 マキアがもともといた巣穴ではない。

 別の巣穴だ。


(どうすんだよ)


 割れた鱗から地面を見る。

 何百にも及ぶ幼体が蠢ていた。


 ◆

 

「ヴィクター……地下都市ここは随分と様変わりしちまったなぁ」

「ええ、まあ。あなたがいた時からかなり時間が経っていますから」


 地下都市、キバンエリアと隣接する区域にある居酒屋でアーサーがヴィクターと共に飯を食べていた。

 レイダーズフロントの地下都市統括であるヴィクターは普段、貧困街スラムにある居酒屋に訪れることはあり得ない。

 つまり、アーサーが無理矢理ヴィクターを連れて来ていた。


「どうだ、ここの飯はうめぇだろ」

「えぇ、まあ」


 ヴィクターは渋々答えるしかない。

 個室ではあるものの聞こえてくる笑い声や話し声は下賤なものばかり、ヴィクターがいつも食事をしている場所ではない。

 どうにも落ち着かない。


「あらら、統括様の口には合わなかったか?」

「いえ、美味しいのですが……雰囲気が」


 正直に述べるヴィクターを見てアーサーは満足気に、豪快に笑った。


「っは! だろうな! まあもうすぐ来る! それまで付き合え!」

「そう、ですね」


 帰って書類の整理がしたいところだ。

 アメリアに何を言われるか分からない。

 しかしレイダーズフロントの職員であるヴィクターがアーサーの言葉を否定することは許されない。

 それは上層部であっても同じこと。

 アーサーはポテトサラダを摘まみながらヴィクターと視線を合わせる。


「ヴィクターよぉ……あんた、わざとグルーワームを招いたな」


 突然の問いかけにヴィクターは表情には出さないものの内心で心臓が跳ねた。


「なんのことでしょうか」

「とぼけなくていい。上と何を話した」

「再開発事業の利権とだけ……」

「地上か」

「これ以上はなにも……」


 ヴィクターの様子を見てアーサーは話題を変える。


「メーテラんとこのレイダーが今回の事件、巻き込まれたらしいな」

「ええ、巻き込まれたもう一人は救い出したのですが、マキアさんはどうだか」

「ったく、何が狙いなのかは分からねぇが、お前はいつも通りきな臭いな」

「よく言われますよも」


 そこでアーサーが個室の扉を開けて店の入り口の方に手を振った。

 するとちょうど待っていた二人のレイダーが店の中に入って来る。すぐにアーサーの姿を見かけると二人が寄ってきた。


「ツヅキ、遅かったな」

「仕方ないじゃん、突然地下に来いって人使い粗すぎ」


 小柄な女性がアーサーの小言に頬を膨らませて不満を顕わにする。。小柄というだけで子供には見えない見た目だ。黒髪で黒い目をして……なによりも、その服装に居酒屋にいる客やヴィクターは目を惹かれた。

 着ているのは幾つもの布が積み重なったような見た目の服だ。

 上半身に白くてゆったりした布をまとい、下半身には鮮やかな赤いスカートのようなものを巻いた見た目で、腰のあたりは幅の広い帯が結ばれていて、大きな結び目が背中の方にある。


 これはツヅキの地元でもある東洋の都市で着られている、着物と呼ばれる伝統衣装を戦闘用に仕立てたもの。


「さっさと退職しろ、このジジイ」

「んだとこら」

「こっちのセリフなんですけどー」


 ツヅキとアーサーが取っ組み合いの喧嘩を始めようになったところで、もう一人のレイダーが間に入って止める。


「もう、ややこしくするのはやめてくださいよツヅキさん。それとアーサーさん。今は時間がないんですから」


 もう一人のレイダーがツヅキをたしなめて、アーサーを軽く注意する。

 随分と騒がしくなってしまった。

 今までの光景をため息まじりに見つめていたヴィクターは、アーサーの代わりに舵を取る。


「あなたがスパイク様ですか」


 ヴィクターがそう紹介したのは、先ほどツヅキを取り押さえた男のレイダーだ。

 マキアよりも少し大きいぐらいの体格で、大人だと小柄な部類に入る。茶色の短髪はとんがっていて荒々しい印象を受けるけれど、先ほどツヅキを取り押さえたことやアーサーを注意したことから、見た目から受ける印象とは違う性格をしているらしい。


(この三名ですか)


 第一部隊の全隊員がここに集結している。

 全員が禍具持ちであり、全レイダーの中で見ても両手の指には入る精鋭。 

 グルーワームの討伐には明らかに過剰な戦力。

 おそらくヴィクターの狙いはアーサーに見抜かれている。

 だが仕方がない。 

 こうなってしまった以上、仕切り直しだ。


「では、案内いたします」


 ヴィクターは立ち上がり、彼らを崩落したキバンエリアへと案内した。

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