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マガツモノ  作者: しータロ(豆坂田)
第一章(後半) 光の射す場所

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第35話 上手くいくはずもない

「どのくらいった……?」


 仮眠と取っていたリディアが起きてマキアに尋ねた。

 マキアは通信端末に映る時刻に視線を向ける。


「一日経った……」


 未だ助けはなし。

 真っ暗な空間の中、時より聞こえてくるグルーワームか何か分からないモノの叫び声や近づいて来る音を聞き続け、すでに二人とも精神をかなりすり減らしていた。

 それでもまだ見つかっていないのは幸運だった。


(……試合まで一日もない)


 マキアはマガツモノに襲われる心配に加え、ジャンとの試合についても頭を悩ませていた。

 すでに契約を交わしてしまった以上、規定通り試合は行われる。 

 マキアが時刻通りに間に合わなければジャンの不戦勝となり、テイカーロッジはすべてを奪われる。

 それまでに地上に戻らなくてはならない。

 しかしリディアのために、この場を離れることができなかった。


「私は大丈夫よ」


 暗闇の中でマキアの顔が見えないというのにリディアが的確に心配を見抜いた。


「ここにいる限り、襲われる心配は少ないし……」


 リディアが途中で囁き声を止める。

 物音が聞こえたからだ。

 暗闇の中でも視覚を確保できるマキアが、音の詳細を確認する。

 だが、確認する必要もなく物音の主の方から正体を現す。


「おお、こりゃひでぇなぁ」

「さっさと撤収しようぜ」


 どうやら救援部隊が来たようだった。

 隠れていた穴から顔を出し、声のした方向に視線を向けてみると明かりが見える。

 降りて来たのは七人ほどのレイダーだ。

 マキアは彼らを確認して安全を確かめると、念のためN-41カルディンの動作確認を行う。


「ここで待ってて」

「分かった」


 彼らがレイダーズフロント直轄の部隊ではなく、おそらく個人のレイダーであるため現状はまだ信頼しきれていない。

 万が一に備えてリディアを待機させ、マキアが先に出る。


「救援部隊か!」


 マキアの声に部隊の皆が驚いて肩を震わせる。

 そして声のした方向にライトが取り付けられた銃口を向けた。


「い、生き残りか、お前」


 部隊の先頭に立つ者がマキアの姿をあり得ない者を見るような視線を向ける。


「ああ! こっちの方に洞穴があって逃げ込んで助かった!」

「そうか……他に生き残りはいるのか」


 マキアは彼らの顔や装備を見て逡巡した後に口を開く。


「一人いる!」

「分かった、今すぐ引き上げるから待っててくれ」


 彼らは自分達が降りて来たロープにマキアたちを括り付ける準備を開始して、マキアはリディアに声をかけて穴の外に出す。

 すると部隊の中から一人が出て来てマキアの元に来る。


「大丈夫か。見えるか?」


 おそらく、マキアが暗視ゴーグルを装着していないため、暗闇の中では動きにくいと思い来てくれたのだろう。

 

「生態強化手術を受けてるので大丈夫です」


 暗闇の中でも目が見える理由をマキア自身も把握していないながら、それらしい嘘をついて対応した。

 

「ということはやはりレイダーの方でしたか」


 防護服やN-41カルディンを見れば同業レイダーだと予測しやすい。


「まだ駆け出しですけど、一応そうです」

「そうですか……グルーワームの幼体が死んでいるので何が起きたのかと思ったんですけど……」


 普通ならば人間が食われて巣には何も残っていないことが多い。

 しかし巣の中には人間の死体だけでなく幼体の死体も転がっていた。

 レイダーに一部倒されたというのならば納得もいく。


「っと、話し過ぎましたね。早く上がりましょう」


 部隊員がそう言って巣の中心に向かう。

 マキアは穴から出て来たリディアの傍によって声をかけた。


「見える?」

「あの人達が明かり焚いてくれるからね」


 二人は足元に転がるグルーワームの肉片や人の脚や腕などを踏まないよう気を付けて歩きながら、巣の中心部に辿り着く。すると先ほどマキアと会話を交わした部隊員が再度声をかけてきた。


「今準備できてるのが一人分なので、そちらの方をお先にお送りしましょうか?」

「ああ、頼む」


 レイダーであるマキアがリディアよりも先に地上に上がることはできない。


「そういうことだから」

「ありがと」


 自分だけが優先的に助けてもらっている現状にリディアは不満を抱いて頬を膨らませつつ、ここで言い返しても行動が遅れるだけ。ため息を一つ吐いて、地上からぶら下げられたロープにリディアが捕まる。

 それから部隊員の一人が落ちないようリディアをロープに固定していく。

 

「じゃあ、上で待ってるわ」

「分かった」


 リディアがゆっくりと上に釣り上げられていく。

 マキアはそれを見上げていると、先ほどの部隊員が来る。


母親マザーがどこに行ったか分かりますか」

「……たぶん……あっち側だとは思うが」


 巣には巨大な穴が幾つか空いていた。

 その中でも一際巨大な穴がある。

 おそらく母親マザーが通ってできたものだろう。 

 

「ですよね、いやぁ、大変だなぁ」

「救助者がいないことを確認したら終わりでは?」

「いや、確かに俺らは救護部隊なんですけど、地下の探索もしなくてはならないので」


 加えて死体の回収などの仕事もある。

 助けの来ない地下での長期間活動を前提にして作られた仕事内容。

 明らかに危険だと分かる。 

 だが話し方を見るに事前に業務内容を知らされた上で受けたように感じる。つまりこの重労働に見合うだけの対価が支払われている予定なのだろう。


「では、準備が終わりましたので今引き上げます」


 マキアを引き上げる準備が整い、ロープが体に括り付けられていく。

 そしてすぐにロープの準備も完了すると、上で待機している者にロープを引き上げるよう通信端末越しに伝えられた。


「気を付けてください。この立場で言うのはあれですが」


 ロープに括り付けられ僅かに体が浮いたマキアが部隊員に言い残す。

 すると部隊員は笑った。


「事前の地中レーダー調査で、付近一帯にグルーワームがいないのは分かっています。ただ……そうですね、何があるか分かりませんから、気を付けていきます」


 ゆっくりと体が持ち上げられていくマキアに部隊員がそう告げた。

 だが、マキアには部隊員の言葉が最後の方から一切入っていなかった。


(……この音は)


 マキアの聴力は一般的な人間の基準を逸脱している。 

 だからこそ、遠くから高速で近づいて来る物音にも気がつけた。


「お前ら! あっちに洞穴がある! 隠れろ!」


 物音の主は明らかにこちら側に気が付いている。今からロープを体に括り付けて上に逃げることはできない。

 しかしマキアがいた洞穴に隠れることはできるはず。


「何言ってんだ?」

「どうしたいきなり」


 突然伝えられたマキアの言葉を彼らがすぐに受け入れることはできない。

 戸惑う者。

 固まる者。

 マキアが指さした先を見る者、一歩だけ近づいてみる者。

 彼らの逡巡が逃れられていたかもしれない未来を現実にする。


「なんだこの音」

「地震が……」


 巣にできた巨大なトンネルから地面を削りながら進んでくる母親マザーの音が聞こえた

 同時に地下都市全体が揺れる。

 救援部隊がその事実に気が付いたとき、すでに逃げる猶予はなくなっていた。

 それでも絶望的状況を理解できず、必死にあらがって逃げる者や放心状態のまま突っ立っている者、それから武器を構えて抗おうとするものがいたが――が、皆が一様に、通路から飛び出してきた母親マザーの咥内で肉片となるか、押しつぶされるか。


 確実なのは、誰一人として生き残る者はいなかったということ。

 そして母親マザーは巣内に生き残りがいないことを確認すると、身体をうねらせて頭上にいるマキアに狙いをつけた。

 巣の中に長すぎる身体が収まりきる前に、母親マザーはマキアとの距離を詰める。

 部隊員が全滅し、マキアを狙うまで3秒ほど。

 当然、マキアができる準備は少ない。

 ただでさえ体がロープによって縛られているせいで、身動きが取れない。

 そのうえ、下手に動けばロープが切れてそのまま落下だ。


「関係ない――かッ!」


 飛び跳ねるように暗闇が広がる咥内を見せつけながら母親マザーが迫る。

 両手斧で切断できるはずがない。

 N-41ガルディンでも当然対処することができない。

 つまり、お手上げ、ということだ。


「行けるだろッ!」


 一瞬、諦めそうになった自分に活を入れ、マキアは解体斧でロープを切断した。

 ロープに縛られた状態での迎撃は不可能、かといって落下しながら倒すのも不可能。 

 食われること前提。


「うぅおがあああ!」


 ロープを自分から切り離したおかげで咥内のより中心部に飛び込むことができた。

 もし咥内の縁であれば何千個にもなる小さな歯にすりつぶされて死んでいた。

 中心に飛び込むことで歯に擦りつぶされる可能性は低くなる。

 ただ、それでもノーダメージというわけではない。


「ッッいでぇな!」


 両手斧で体を守りながら鋭い歯に当たらないよう軌道を変化させる。

 しかし咥内の奥に行けばいくほど空間は狭くなっていく。

 当然、一瞬でも対処を誤ればすり潰される。

 防護服を着ているというのに両手斧でガードできなかった部分の肉が抉れていた。

 もしかしたらこのままさらに咥内は狭くなり、やがて行き止まりに……。


(いや、これしかない)


 この選択が最善策。

 間違いはない。

 今はただ目の前で起きていることの対処にするだけだ。

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