第34話 取り引き
「少し……ここで待とう」
グルーワームの巣の中には、おそらく幼体が作ったであろう小さな穴があった。
マキアはリディアを抱えて中に入ることで、何とかして母親の脅威から逃れたが、依然としてこの場所が危険地帯であることに変わりはない。
(今は……いないか)
生き残った幼体を引き連れて母親は巣の中からいなくなっている。おそらく、地上の人間に攻撃されるのを恐れたのだろう。
(どのくらい耐えればいい……)
地上の部隊が地下に降りてくるまで最短で数時間。最長で三日はかかる。
巣のある場所から地上までの距離が離れていることや、単純に地下都市が指定の手続きを行って部隊を投入するのを渋る可能性がある。今回巻き込まれた通行人はマキアを含めておそらく全員が死んだかと思われていてもおかしくはない。
そうなった場合、救援部隊が来る可能性が極端に低くなる。
調査部隊が来る可能性はあっても、それはかなり遅くなる。
それまでこの地下で耐え凌がなければならない。
光も食料も無い危険地帯で、果たして無事でいられるだろうか。
マキアならば大丈夫だ。
しかし一般人のリディアがどうだか分からない。
「なに、今もしかして心配してた」
暗闇で隣にいるマキアの姿を見えないはずなのに、的確に思考を読み切ったリディアが、マキアの耳をつねる。
「してません」
「嘘言え」
白々しいマキアの嘘にリディアはさらに耳をつねっていく。
「ご、ごめんて……」
声を抑えつつ謝ると、リディアは「ふん」と鼻息を漏らして満足気な表情を浮かべた。
「助けは来るの、来ないの」
「分からない」
「来ないとしたら」
「餓死で死ぬかグルーワームに食べられるか」
「それか逃げるか、でしょ」
「そんなとこないよ」
「ある。見つけるの」
「んなむちゃな」
「死ぬよりかはマシでしょ」
「まあそうだけど」
リディアの強引な言葉に、マキアはしぶしぶ首を縦に振った。
「ただ取り合えず、一日はここで待機」
「一日も暇ね」
「襲われなかったらな」
「じゃあまた助けてね」
マキアは無言で懐から拳銃を取り出すとリディアに握らせる。
目で見えないながらも手で触って形を確認し、それが拳銃だと分かるとリディアは首を傾げる。
「拳銃でどうしろってのよ」
「自決用」
虚を突かれたリディアはあんぐりと口を開いたまま固まった。
「嘘だよ。冗談、じょーだーん」
「……巻き込んだくせに」
「うぐ」
その言葉には弱かった。
◆
「どうしますかね」
「どうとも言えないな、これは」
メーテラとミケがテーブルに座りながら落ち込み気味に言葉を交わす。
すでにマキアが巣に落下してから半日が経とうとしていた。
崩落したキバンエリアには封鎖網が敷かれ、誰も入ることはできない。
レイダーズフロントや都市の動きを見る限り、まだ救援部隊は到着していないようだ。
というより、救援するべき対象が残っているかどうかすら曖昧だが。
「今は生き残っている方に賭けるしかない」
「そうで――」
メーテラの声を遮ってミケの通信端末が音を鳴らす。
(誰だ……)
ミケが通信端末を取り出し相手を確認する。
電話に出る前からその相手のことを知っていた。
「ジャンからだ。出るか?」
状況的に判断するのならば、ジャンの電話は今回の事件のことについてだろう。
何を話されるのかが分からない以上、無暗に出ることはできない。
しかし無視し続けることもできない。
「出てくれますか」
メーテラの反応を伺ってからミケが電話に出る。
『よぉ、ミケ。試合の内容について話しておきたくてな』
『試合の内容?』
『ああ、明後日の試合があるだろ。その細かい条件についてだ』
地下に落ちたマキアが二日後の試合に出れるはずがない。もし出れたとしても五体満足ではない可能性の方が高い。
であるというのに試合の話をするということは……。
『待てよ。マキアが今どうなってるのか知って言ってるのか』
『あ? なんだ、何かあったのか』
白々しい嘘だ。
事件のことを知らないならばミケではなくマキアに電話をかけているはず。
『お前、ふざけるなよ』
『おいおい、そう怒るなよミケ。もう執行基幹に事は提出してるんだ。今更『無理です』だなんて通用しないぜ?』
『だがこれは――』
『緊急時だから、っつう言い訳も通用しない。マキアは明後日に俺と試合をする。もし時刻通りに来れなければ俺の不戦勝だ』
通話口の向こうでジャンがケタケタと笑っている姿が目に浮かぶ。
『いいか? ミケ、お前の仕事は試合の条件を整えるために俺と話し合うこと。それから無事にマキアが生還することを祈ること。それだけだ。どうせ近くに加工屋がいて、俺の話を聞いてんだろ? だったら今から、少しマキア《あいつ》が有利になるよう条件を整えてやれよ』
ミケが苦虫を嚙み潰したような顔を浮かべながらメーテラに視線を向ける。
不測の事態はジャンに味方しているようだった。
◆
地上——アカウンタビル64階
「まったく、妖怪ばかりですね」
レイダーズフロントの上層部と話し合いを終えたヴィクターがアカウンタビル64階のフリースペースでくつろいでいた。
ソファに腰かけ、アメリアに監視されていない時間を謳歌する。
(妖怪どもを頷かせることはできたが……仕事も増えてしまったな)
上層部との交渉は決して穏やかなものではなかった。会議室に集まった全員は知力、権力ともに化け物の域にある。地下都市の統括とはいえ、上層部からしてみればヴィクターは塵芥と変わらない。
それでも用件を聞き入れ、こうして会議の場を設けてくれたのだからありがたい……が、少し緊張した。
一歩でも間違えれば昇進に響く。
もしそうなれば今後の活動に支障を来す可能性があった。
「とはいえ……これで一歩、前に進めそうですが」
「なにがだ? ヴィクター」
突然後ろから聞こえて来た声にヴィクターは無いはずの心臓が跳ねた。だが聞いたことのある声でもあった。
「……いつここに」
ヴィクターは振り返らず前を向いたまま尋ねる。
「《《アーサー》》さん。なぜここにいるんですか」
「俺がいちゃ悪いか?」
ヴィクターの前に出てアーサーが顔を見せる。
アーサーはかなり年を取った見た目をしていた。白髪と長く伸びたひげ。古傷も見える。年を取っていることや、ひげが生えているせいで分かりにくいが、さぞ若い頃はモテたのだろうという顔立ちをしていた。
「いえ、なぜここにいるのか、少し疑問に思っただけです」
「俺がお前に会いに来た。それだけで目的は分かるな」
「ええ、まあ」
レイダーズフロント直属、第一部隊隊長アーサー。
彼がここに来た思惑をヴィクターはすでに知っていた。
「私はもう地下に部隊を向かわせましたよ」
アーサーと会い、こうなることを予測していたヴィクターは事前に幾つか策を打っていた。
すでにマキアたちが落下した地下に部隊を向かわせている。
「それはレイダーの寄せ集めだろ。かえって状況が悪化するだけだ」
「人聞きが悪いことを、志願者を募っただけです」
部隊を投入し、壊滅させ、上層部からさらに都合のいい話を引き出すために作られた、全滅前提の部隊。
「さっさと連れてけ」
アーサーは自分の言ったことを曲げない。
本来ならばグルーワーム程度のアーサーが動くことはない。
上層部も反対するだろう。
しかしアーサーにとっては関係ない。
「あなたおひとりで?」
「いや部隊で行く」
つまり『禍具』持ち三人ということ。
過剰戦力が過ぎる。
「……何をお考えでいるのですか」
「知り合いが地下にいるんだよ。そいつにも会いたくてな。どうせてめぇも知ってるだろ?」
ヴィクターの脳内にはメーテラの名前が確かに浮かんでいた。




