第33話 死地にて
グルーワームの巣の中で幼体に囲まれながら、いつ母親が来るのか分からない中で、人間同士で殺し合うのは馬鹿のすることだ。
しかし強化薬の副作用によってあふれ出る万能感に酔いしれていたハイディンには、そんな些細なことは一切気にならなかった。
機械眼球の手術と強化薬によって暗闇の中でも、暗視ゴーグル越しの景色のように鮮明に見える。
そしてマキアと目が合った時、ハイディンはこの暗闇の中でも確かに自分のことを認識していることに気が付いた。
(あの野郎も強化手術を)
常人ならば暗闇の中では何も見えないはず。
恐らくマキアも強化手術の類を受けているはずだ。
ハイディンはそう考えながら、激情に身を任せる。
「全力だ! やり合おうぜクソ野郎ッ!」
ハイディンは突撃銃で幼体を蹴散らしながらマキアと一気に距離を詰める。
マキアはリディアを幼体から守らなければならない上に、ハイディンの相手までしなくてはいけない。
瞬時にマキアは判断する。
(N-41カルディンじゃ無理だ)
N-41カルディンでは襲い掛かる幼体とハイディンの対処に間に合わない。
マキアはリディアにN-41カルディンを渡し、自分は両手斧だけを握り締める。
「リディア、動かないで」
「うん……分かった」
マキアたちと共に落ちて来た通行人のほとんどは地面に落ちた時の衝撃で死んでいる。もし死ねなければ足が折れるか、内臓が破裂するか、少なくとも動けず意識だけはある状態のまま、ミキサーのようなグルーワームの歯にすり潰されて食べられる。
辛うじて生き残っている三番街の構成員も濁流のように押し寄せる幼体に食われ、悲鳴をあげる。
グルーワームの金切り音のような声と食われる人々の泣き叫ぶ声。
暗闇で何も見えずうずくまることしかできないリディアは、腰を抜かして聞こえてくる叫び声を聞くことしかできない。
マキアが着ている防護服の裾を離す代わりにN-41カルディンを握らされる。
「死なないで……」
「分かってる」
もしマキアが死ねばリディアは暗闇の中、いつ食べられるのかもわからない恐怖を過ごすことになる。
マキアには単純に死んでほしく無かったし、恐怖にこれ以上怯えないために生き残っていて欲しかった。
リディアから一歩離れ、マキアがハイディンを見据える。
「……どいつもこいつも」
両手斧で飛び掛かってきた幼体を切断しながら怒気を含ませて呟く。
奥の方で幼体の肉片が飛び散っている。
ハイディンが障害となる幼体を蹴散らしながら向かって来ているのだ。
「はあ……」
息を吐いて緊張を和らげる。
両手斧を握り締め、飛び掛かってきた幼体を再度切断した。
同時に、目の前で蠢いていた幼体がハイディンに向かって飛び掛かる。
目の前の幼体が殺された瞬間、ハイディンとマキアは戦うことになるだろう。
背後にはリディアがいる。
これ以上離れることはできない。
おそらく、勝負は一瞬。
目の前にいた幼体が内部から破裂したように飛び散る。
臓物の中を突き破ってハイディンが顔を出した――瞬間にはすでに、マキアが両手斧を振りかぶっていた。
少量のナノマシンによる生態強化と強化薬の服用による相乗効果により、ハイディンの能力は極限まで――いや、限界を超えて研ぎ澄まされていた。マキアが不意打ちを仕掛けてきたところで、これはある程度予測できていること。
斧を振りかぶっていたとしても、義手で殴り飛ばす方が早い。
生態的強化手術、機械的強化手術、そして強化薬。現状取り得る手段のすべてを己が身につぎ込んだ。
死を伴う副作用を受け入れた結果、ハイディンの身体は逸脱した力を誇る。
だが、それでもマキアに劣る。
「なn——」
マキアが構えていたのは両手斧ではなく、展開前の解体斧であった。
両手斧に比べ、解体斧の方が取り回しがしやすい。
大型のマガツモノが相手ならばまだしも、人間相手に解体斧を使う必要などどこにもなかった。
加えて、ハイディンの強化された身体能力でさえ、マキアの素の身体能力に劣っている。
突き出された拳がマキアの顔面を陥没させる前に、斧の先端がハイディンの顎を割った。
下あごが吹き飛ばされた勢いのままハイディンが地べたに這いつくばる。
(面倒ごと増やしやがって)
リディアの無事を確認した後、這いつくばるハイディンを確実に殺すため斧に力を込めた。
だが、斧を振る必要はなかった。
子供達の叫び声を聞いて上から降って帰って来た母親の尻尾がハイディンの上半身を押しつぶしたためだ。
「――っったく」
母親を見た瞬間に、マキアは逃亡という選択を取った。
体長は50メートルを優に超えるほどに巨大。
全身から生える鱗の厚さは一メートル以上。
明らかに真正面から戦って勝てる相手ではない。
瞬時にそう判断したマキアはリディアを抱きかかえて逃げ出した。
幸いにも、母親は無くなった我が子に視線を注いでいる。
普通の獲物ならば地面に落とした時の衝撃で死んでいるか、落下中に身動きもとれぬまま子供に食われる。もし運よく生き残っていたとしても幼体に貪られるのがオチ。
マキアとハイディン、それから三番街の構成員が混じっていた今回の狩りは完全に予想外だった。
母親は無くなった我が子を見つめ、それから犯人を捜すため周囲を見渡す。
しかしすでに、マキアの姿は無かった。
◆
「始末書の山だな、まったく」
ヴィクターは自室でため息交じりに呟いた。
「来るのが早すぎるな……」
グルーワームの発見から懸賞首認定をして、対策を練ろうとしたが、その前に襲撃されてしまった。
地中を高速で移動する関係上、グルーワームを発見するのは難しい。
地下都市周辺には常に地中にいる生物を探索する機械が取り付けられているが、完全ではない。その上、グルーワームがいるのが分かったとして取れる対処法も限られて来る。
事前に巣ができた場所の上にいる住民を避難させることぐらいだ。
今回はそれすらもできなかったが。
ヴィクターがこれから行われるであろう、不眠不休の重労働を覚悟してソファにもたれ掛かる。
すると後ろで黙って立っていたアメリアが一つ苦言を漏らす。
「では地上から部隊を呼べばいいですよね」
少し圧のある声にヴィクターは眉を顰める。
「そう簡単に言わないでくれ。上から許可を出すのは疲れるんだぞ」
「そう言って、大規模攻略作戦の時も結局呼びませんでしたね」
レイダーズフロントは自分達で対マガツモノ用のレイダーハブを所有している。
少数精鋭であり、在籍している者は皆が一流のレイダー。中には一握りの者にしか与えられていない、レイダーランク『7』の者も在籍している。そうした部隊の運用は慎重であり、特に地下都市に派遣するとなれば相応の理由が必要になる。
大規模攻略作戦の時、本来ならば呼ぶ予定であったが結局、ヴィクターは悩んだ末に呼ばなかった。
理由はかなりの割合を『面倒』が占めていた。
「それはそうだが……誰が来るのかも分からない内は、そう簡単に決められるものじゃない」
「第一部隊ですか」
「まあな」
レイダーズフロントの部隊は精鋭中の精鋭ではあるが、その中でも序列は存在する。
第一部隊はその一番上に存在する、たった三人の『禍具』持ちで結成される部隊だ。
「来ませんよ」
ヴィクターの懸念は本来ありえないもの。
レイダーズフロントの上層部が本当の緊急時の為に使うのが第一部隊。それをグルーワーム程度で使うことは通常認可されない。
通常ならば。
「《《アーサー》》なら勘付いて強行突破で来るかもしれん」
「彼に昔ほどの力はないのでは」
「嗅覚は昔のままだよ」
ヴィクターはソファに深く腰掛けると天井を見上げる。
「ただいずれにしても、上に報告するのは《《もっと被害が出てから》》だ。予算の調達がだいぶしやすくなるな」
「地上に行かれるので?」
「部隊を呼ぶ件についても話さなきゃならんからな」
ヴィクターは天井を見上げた体勢のまま、ぐいぃ、と頭をさらに後ろ側に傾けて、アメリアが見えるところまで動かす。
「アメリア……一週間後には地下都市が様変わりするぞ?」
「何をするつもりで」
「当然、利権の準備だ」




