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マガツモノ  作者: しータロ(豆坂田)
第一章(後半) 光の射す場所

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第32話 突発的な脅威

(まったくもう……あいつ何やらかしたの?)


 迷路のように通路が絡み合ったキバンエリアの一角で、リディアは汗だくになりながら座り込んでいた。


(今向かうからって……ほんと勝手なやつ)


 マキアから送られたメールを見てリディアが悪態をつく。

 急に三番街と戦いになるかもしれないと告げられ、誘拐されるかもしれないと警告され、テイカーロッジの事務所に来いと無理を言われ、あまりにも勝手すぎるやつだ。

 

(もうほんと大変)


 裏路地から大通りの方を見た時、三番街の構成員が通り過ぎるのが見えた。

 リディアが三番街に追われる理由はないので、やはりマキアのせいだ。

 せっかく今日は店が休みでゆっくりできると思っていたのに……。


「……はいはい、行きますよ」


 呼吸を整えようと休んでいると、マキアから心配するメールが届く。

 位置情報が動かないせいで捕まったと勘違いしたのだろう。


「ったく、ストーカーかっての」


 久しぶりの運動で疲労困憊の体を動かしてマキアと落ち合う場所まで向かう。


(災難続きすぎ……呪われてるのかしら)


 やはり悪態をつきながらキバンエリアの狭い路地を、人の波を掻き分けながら。リディアは早足で移動する。

 時に店から通路にはみ出したテーブルや機械に足や手をぶつけながら、心底うんざりした気持ちで、汗だらけになりながら、呼吸を乱しながら、目的地まであと少しだと自分に言い聞かせながら走る。


 その時、人混みの中から手が伸びてリディアの肩を掴んだ。


「見つけた」


 そのままリディアの腕を掴み、人混みの中からハイディンが顔を出す。


「お前が目標のやつだな。手間かけさせやがって」


 ハイディンの左腕はマキアに落とされた後、新しく義手が取り付けられていた。

 整備の必要や操作性の難こそあるものの、レイダーという側面でみれば義手を取り付けたハイディンは強化されていた。まだ義手を取り付けて日が浅いため、リディアの腕には鉄の指が食い込んでいた。


「――っ」

「っと、ごめんなぁ。ちと力を入れすぎちまったみたいだ」


 肉が潰れて、骨が軋む。

 咄嗟にハイディンを跳ね除けようとするが、それだけの力がリディアにはなかった。返って鉄の指が皮膚に食い込むだけだ。


「離して!」

「そりゃ駄目だ。お前は保険だからな」

「だから私はむ——」


 リディアが声を荒げたところで、急いで駆けつけたマキアの声が聞こえた。


「離せ」


 ハイディンとリディアが声の下方向を見た時、すでにマキアは拳銃を向けていた。


「もう話は承諾した。だからリディアを巻き込な」

「それはできねぇな、こいつはお前がちゃんと試合に来るための保険だからな」


 マキアがハイディンたちと一言交わす頃には、すでに周りを三番街の構成員が取り囲んでいた。


「大人しく退いておけ。左腕の借りを今ここで返すことになってもいいのか?」


 三番街と直接やり合う選択より、ジャンと一対一でやり合う選択肢な方がマシだ。ここで無理にマキアが我を通そうとすれば、一騎打ちは無くなり、より厳しい選択を迫れる。

 だからと言って無関係のリディアを人質として差し出すのも許せない。しかし無理に動けば今度はメーテラ達に迷惑をかける。


 三番街の構成員に囲まれた、リディアを人質に取られ、状況も詰んでいる。

 限られた時間の中でマキアが解答を探し出す。

 その時だった。

 キバンエリアが、いや、地下都市が揺れた。


 揺れは瞬きをする間に立っていられないほどに強くなる。同時にマキアはハイディンに近づくと機械の腕を至近距離から拳銃で撃ち込む。

 それでも義手に穴が開くことはない。


 しかしリディアの腕を掴んでいた手を話すぐらいの衝撃は与えられる。

 突然起きた予想外を上手く使いリディアを救出すると、逃げるために取り囲む構成員の数人に狙いをつけた——その瞬間、足元の地面が割れた。


 隆起する地面、逃げ惑う人々、鳴り響く警告音。

 この警報はマガツモノが保護区域内に侵入した際に流されるもの。

 この揺れ。

 そして割れる地面。

 これは。


(——来る)


 直後、キバンエリア丸ごとが陥没し、マキア達は地下の空洞へと落ちていった。


 ◆


 『グルーワーム』は、一匹の母体と数十匹もの幼体から成る群れで生活する独特な生物である。彼らは定住することをせず、一つの巣に留まるのは数日ほどで、すぐにその場所を放棄して新たな巣へと移動する。興味深いのは、その巣の多くが他のマガツモノの巣の地下に作られる点だ。この奇妙な習性は、グルーワーム特有の狩猟方法に深く関係している。


 巨大で手足を持たず、攻撃手段が口しかないグルーワームは、自力で獲物を弱らせて幼体に与えることが難しい。そこで彼らは、マガツモノの巣を感知すると、あえてその真下に自らの巣を構える。そして地盤を脆く加工し、上層の巣を陥没させることで、そこに住む生物を自分たちの巣へと落下させるのだ。落ちてきた獲物は幼体たちの格好の餌となり、母体は直接狩りを行わずとも子らを育てることができる。


 このように、グルーワームは自らの身体的制約を補うために、他生物の巣を利用した巧妙な狩猟戦略を進化させた生物である。

 マガツモノの巣を襲い、幼体に餌を与える習性は、何も対象がマガツモノだけではない。

 地下都市の住民もまた同じだ。


「んだこれ?!」


 マキアがリディアを抱きかかえ、ハイディンたちと相対した時、巨大な揺れと共に足元が完全に崩れた。

 地下都市は二階の構造であり、一階は広い。しかし二階の非保護区域は狭く、一階の地面の下には二階ではなく地面が広がっている。何メートルにも積み重ねられた分厚い地面のおかげでマガツモノが侵入することは少ない。

 だが、今回は例外だった。

 足元の地面には亀裂が入り……やがて亀裂が走る。

 地面の下に広がっていたのは地面ではなく、巨大な穴だ。

 グルーワームが作った地下の巣へと続く直通路だ。


「な――何が起きてんのよ!」

「ちょ暴れないで!」


 突然のことに状況が飲み込めず暴れるリディアを取り押さえて鎮める。

 マキアが下敷きになればリディアを生かすことぐらい容易だ。

 問題は別。


(これは……)


 レイダーズフロントから発表されたばかりの懸賞首が思い浮かぶ。

 個体名を『ギルシュ』。

 数日前に近くの都市『ギルテ』の地下で数百人規模の人間を巻き込んで地中に叩き落した、大型のグルーワームだ。


 今回も同じ状況。 

 つまり、この穴の先には数十匹の幼体が蠢く巣があるはず。


 落下するまで数十秒ほど。

 その中で戦闘準備を整え、リディアを安全に着地させる方法を考え、そして――


(――ッチ、あの野郎)


 ハイディンが落下中、マキアに向けて弾丸が放った。

 

「マキアぁ! 俺の左腕の借りぃ! ここで返させてもらうぜぇ?!」


 ハイディンもグルーワームが地震の原因だと理解している。幼体のグルーワームの対処をしなければいけないということも分かっている。だがそれよりも、今ならばマキアを殺しても『マガツモノに殺された』としていくらでも処分できる。

 今まではジャンの命令で殺すことができなかったが、こうなれば話は別。


「イカれ野郎が!」


 N-41カルディンから手を離して解体斧を手に取り、そのまま両手斧に展開すると柄と刃を使ってリディアを覆い隠した。

 マキアは少し撃たれても防護服のおかげで致命傷は食らわない。

 だがリディアだけは違う。

 全力で死守する。

 

「――ったく」


 敵はハイディンだけではない。 

 一連の騒動で十数秒を消費した。

 本来ならば暗闇の中で何も見えないが、マキアたちと一緒に落下するネオン看板のおかげで地底が僅かに見えた。

 蠢くグルーワームの体長は二メートルを超えている。


(あれで幼体か?!)


 何十匹といることから、あれは幼体だろう。

 もし母親マザーならば一体だけ明らかにでかいのがいる。

 そしてマキアが地底世界を視界に収めた時、蠢いていたグルーワームが一斉に頭上を見上げた。


「リディア、着地する時ちゃんと抱えるから」

「え?! なに?!」


 暗闇の中、マキアは抱きかかえていたリディアから手を離す。

 グルーワームが頭上を見上げ、マキアたちに向かって口を開け飛び込んできた瞬間、リディアを抱えたまま対処することは不可能だと判断したのだ。暗闇で何も見えない中、急にほっぽり出されたリディアは叫び声をあげながら落ちていく。

 マキアは気にせずに対処を始めた。

 

(幼体とはいえ……)


 グルーワームの生体は弾丸を弾く堅牢な鱗を携えている。幼体も同じではあるが、やはり強度に違いがあった。

 片手に両手斧を持ったまま、N-41カルディンを連射する。

 口を開けたまま真っすぐに向かってくるグルーワームの咥内に向かって連射すれば、弾丸は体内をズタボロにしながら通り過ぎ、尾から飛び出て地面に埋まる。幼体ならばN-41カルディンであっても殺すのに数十発で十分。 

 そしてマキアとリディアの元に向かって来ていたのは僅かに二体のみ。 

 幸いにもマキアの他に三番街の構成員や通行人などが混じっていたおかげで狙いが分散した。

 周囲の状況を確認しながらリディアを抱きかかえ、マキアが着地する。

 数十メートル、いや数百メートルの高さから落下したというのに、マキアの体は一切の重力を感じさせずに着地し、リディアもまた、マキアに抱きかけられ衝撃を吸収されたとはいえ、本来ならば衝撃で内臓が破裂してもおかしくない衝撃があるはずだった。


「ごめん、大丈夫だった?」

「大丈夫じゃないわよ?!」


 胸に苦しさを覚えながらリディアが叫ぶ。

 周りは真っ暗で何も見えない。

 だがマキアには、視界の端でハイディンがグルーワームの肉片を踏みつぶしながら着地するのが見えた。


「……」

「……」


 両者が僅かに視界を合わせた。

 ハイディンの手には空の注射器が握られていた。


「あれは……強化薬」


 注射器の正体に気が付いた時、グルーワームの叫び声に紛れてハイディンが叫んだ。


「全力だ! やり合おうぜクソ野郎ッ!」

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