第31話 ジャンの提案②
「いや、これは予想以上だな」
マキアの説明を聞いたミケは顔を引きつらせていた。
三番街だけの問題ならばまだしも江東社までかかわっているとは思っていなかった。
ミケの反応を見てマキアは「ですよね」とだけ返して江東者の問題だけでも先に対処する旨を伝える。するとミケは「それが妥当か」と頭を悩ませた。
「ミケさんも昔、三番街に吹っ掛けられたんですよね、その時はどうしたんですか」
「拠点に乗り込んでぶっ潰した」
ミケの対策にならなそうな対策を聞いてマキアは絶句する。
「ただ今は、三番街の規模が桁違いになってるから難しいだろうな。それと江東社? だったか、そっちも絡んでるなら一層複雑になる」
何か策はないかと尋ねてみたがミケの対策は現実的ではない。
「……」
マキアたち三人が状況の難解さに頭を悩ませていたところで、マキアの通信端末が鳴った。
発信者はわからず、電話番号のみ。
マキアはメーテラやミケを一度見てから電話に出た。
『俺はまどろっこしいのが嫌いだ』
単刀直入にそう述べる声を聞いて、マキアは心底『出なきゃよかった』とため息をつく。
『提案がある、聞いてくれるな?』
先ほどはマキアの提案を一瞬で却下したというのに、ジャンは一方的に持ち掛ける。
力関係がある以上、これはどうすることもできない。
『……』
『……返答がないようだか、話は進めさせてもらうぜ?』
ジャンが軽く笑う声が聞こえると、提案の内容について説明された。
『このまま真正面からやり合ってもそれなりに被害は出る。うちとしては人を消費したくねえんだわ。だから俺とお前……一対一でやり合わねえか?』
『……何が狙いだ』
ジャンにはマキアと一対一で戦う理由がない。三番街の武力に物を言わせて潰した方が簡単だ。
『言ったろ? 俺は無駄な争いは嫌いだ。もしお前が勝てば俺はお前らに絡まない。逆に俺が勝てばお前と加工屋は俺のもとに来い。飼ってやる』
「……」
ジャンが極端に無駄を嫌う人物だというのは噂でも聞いたことがある。その上で、マキアに持ち掛けた提案は合理的ではない。確かに、マキアも加工屋も引き入れるのが三番街にとって一番良い。
しかしジャンが自分自身の労力を割いてまですることだろうか。
(何かある)
見て分かる非合理的な提案の裏には、必ず合理的な論理が通っているはずだ。
だがその企みの実態が透けて見えてこない。
(自信ゆえ……それともその価値があると?)
ジャンは三番街のリーダーであるのと同時に、腕利きのレイダーでもある。駆け出しレイダーのマキアが戦って勝てる確率は低い。
『勝てる』という確信があるのならば、それだけの自信をジャンが備えているのならば、この提案も幾らか納得できる。そして身を張ってでもマキアたちを三番街に引き入れる価値があると判断しているのならば、いくらかの無駄も理解できる。
しかし、もし『勝てる』としても身を張ってまでマキアと戦うだろうか。
そこまでの価値がマキアと加工屋にはあるだろうか。
(いや、おかしいか)
ジャンの合理性は『他者の排除』に大きく傾いている。
今までもマキアのような生意気なガキがいれば力で排除していた。
今回もそうする予定だったはず。
しかし予定を変えた。
つまり、この部分で何かしらの異変が発生した可能性が高い。
外部的要因が作用している可能性だ。
(……ってことは)
現状から鑑みるに、『これ』しかない。
(江東社か)
江東社か関わっていると考えると、色々とジャンの行動が説明することができる。
あくまでも推測の上に推測を重ねて、その上であり得そうな予想を立てただけ。
可能性としては限りなく低い。
(だとしたらなんだ)
ジャンが江東社と結んだ契約はどのような内容か。
何があったのか。
だが思考がまとまるより早く、ジャンはマキアに別の思考を割かせる言葉を強引に投げかけた。
『もう一度言うが、もしお前がこの戦いを受け入れ、勝ったのならばもう面倒ごとはかけない。お前からしてみれば、いい提案だと思うが?』
ジャンの提案はマキアにとって、確かに魅力的なものだった。このまま真正面から三番街とやりあってもマキアたちが負けるのは確実。だがジャンとマキアの一対一ならば結果は分からない。
だからこそ、ジャンがこのような提案をする意味が分からないのだが、その点に関して推測しようとしても情報が足りない。
『じゃあ一つ確認したい。お前が約束を守ると証明できるのか』
もしマキアが戦いを受けてジャンに勝ったとして、ジャンが約束を守らずマキアたちに攻撃を開始する可能性を否定しきることはできない。何しろ、ジャンの提案には裏がある。
疑う余地ならばいくらでもあった。
だが『その点に関してだけは大丈夫だ』とジャンは説明を付けたす。
『安心しろ。契約は『執行基幹』を通す正式なものにしてやる。これで俺は約束を破れないし、お前も同じだ』
外部の機関に契約を約束させるのならば、マキアの取る選択は単純になる。
提案を受けて、勝つか負けるかの勝負に持ち込むか。
提案を却下し、三番街との直接的な勝負に持ち込むか。
明らかに前者の方がいいだろう。
(難しく考えるな)
要は勝てばいいだけ。
あっちが何を企んでいようとも、勝てばいい。
それだけ契約は果たされる。
だが承諾する前にマキアは近くで聞いていたメーテラとミケに視線を合わせる。
ミケはジャンに長い間嫌がらせをさせられていたこともあって、この提案を信用していない。しかし、だからといって承諾しない選択肢もない。やはり提案を飲んだ方が楽だ。
メーテラもまたミケと同じような考えに至っていたのか、表情は渋い。
二人の顔を見た上で、マキアは改めて結論を下した。
『分かった。受ける』
『よし。じゃあ試合は二日後だ。試合場所や細かいルールに関しては後で送る。もし何か不満があるようだったらそこで言ってくれ。何もないようなら、そのまま『執行基幹』に提出する』
『分かった』
『ただあくまでも『執行基幹』は契約の後を保証するものだからな。履行を約束するもんじゃない。お前が舞台に立つ保証が欲しいからな、お前が逃げないよう保険を取っておく』
『あ?』
『キバンエリアにいるリディア――』
『おい、あいつは無関係だろ』
『落ち着けよ、俺は保険が欲しいだけだ。お前が二日後にちゃんと来たら解放する』
『んなまどろっこしいことしなくても行ってやるよ。だから止めろ』
『ざんねん。もう部下を向かわせた』
『お前』
『じゃあ二日後に会おう。よき試合を』
通話は一方的に切れる。
(また脅しかよ)
江東社の件といい、無関係の奴らが巻き込まれていく。
だが、リディアはまだ生きている。
三番街に厄介をかけられた時から、事前にこの可能性は予測できていた。
リディアにはすでにテイカーロッジの事務所に来るよう連絡をしている。
位置情報を共有しているため、通史端末を見ればまだ捕まっていないことは分かる。
「どうする」
横で電話を聞いていたミケがマキアに問いかけ、マキアはすぐに答えた。
「リディアには事前に連絡してこっちに来てもらってます」
ただ今は大丈夫だが、ここに来る前に捕まる可能性がある。
「今から迎えに行きます」
「分かった。じゃあ俺はここでメーテラさんを守っておくよ」
防犯設備があるとはいえ、三番街が何をしてくるか分からない以上、メーテラの安全は保障できない。
だからマキアがいない間は誰かが守ってくれると助かるのだが……。
「……いいんですか?」
「ああ。俺も三番街には面倒かけられてるからな。仕返しだ」
「ほんと、ごめんなさい」
ミケが今日テイカーロッジを訪れたのは別の用件のためだ。だが用件を伝えるどころか仕事まで頼んでしまった。
マキアがそう思って謝るとメーテラが口を挟む。
「ごめんね……私が足手まといなばっかりに」
マキアは防護服を着てN-41カルディンなどの装備の準備をしながらメーテラに笑って返す。
「いいんですよ。ミケさんもこう言ってくれるので」
マキアはすぐに準備を完了させると通史端末に一度視線を落とす。
(まだキバンエリア……だが店からは離れてるな)
リディアの状況を確認するとマキアは二人の顔を見た。
「じゃあお願いします」




