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マガツモノ  作者: しータロ(豆坂田)
第一章(後半) 光の射す場所

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第26話 泥に染まっていく

「また事件か」


 執務室でヴィクターが一人、頭を抱えていた。

 テーブルの上に置かれた出力端末からホログラムが浮かび上がっている。ホログラムにはいくつかのウィンドウが表示され、そのどれもが同一の事件に関するものだった。


「『グルーワーム』か、また面倒なのを」


 数時間前、非保護区域にて『グルーワーム』が発見された。

 グルーワームは、地底世界の慢性的な脅威としてレイダーズフロントを悩ませる存在だ。

 小さな個体であれば、それこそ通常のドロクマ程度の大きさしかないが、成長すると体長は数百メートルから一キロ級に達し、地底に根を張る木々と同程度の巨大さを誇る。


 体表は硬質で分厚い環状の節が連なっており、地中を掘り進めるための摩擦や熱に耐えるため、岩のような質感をしている。

 頭部には目がなく、代わりに巨大な円形の口が開いており、その内部には無数の歯が環状に並ぶ。この歯は土を濾し取るための構造で、獲物を噛み砕くというより、土や岩と一緒に吸い込みながら選別するための器官に近い。


 グルーワームの強さだけで見るのならば地上にいるマガツモノより下か、同程度か程度しかない。

 しかし地下を住処にしている生態である以上、脅威度は跳ね上がる。

 特別な能力こそ持たないが、その巨体に相応しくないほどに早い移動速度、そして銃弾を受け付けない硬い体表。大人の個体になれば討伐が難しくなる。


「懸賞首認定が必要になりそうだな……」

 

 グルーワームは群れで移動する。

 今回見つかったのは群れの長であろう成人した個体。他にも幼体のグルーワームがいる可能性がある以上、放っておくことはできない。


「ああぁ……ったく。出世ができる部署って言われて来てみたが、寝る暇もない」


 地上に戻りてぇ、と呟きながらヴィクターは作業する。

 その日、新たな懸賞首に『グルーワーム』が追加された。


 ◆


「じゃあメーテラさん。絶対一人で外出ないでくださいよ」

「分かってるよ」


 箱に詰められたカイルの頭部を処理した後、マキアはすぐに事務所を出た。その際、何かあるかもしれないのでメーテラには外に出ないよう言っておく。カイルがこのような事態になってしまった以上、メーテラやマキアに何かがあってもおかしくはない。

 箱にはカイルの頭部と共に一枚の紙が入っていた。

 それは三番街のリーダーであるジャンからマキアとメーテラに向けたものだった。

 女王を倒したマキアに会って話してみたい、加工屋スミスであるメーテラと話してみたい、部下カイルが失礼をしてしまった詫びとして生首を一緒に送ってきたこと。

 正直、明らかに危険人物だと分かる。 

 だが無視する方が先が予想できないので面倒だ。

 事務所は防犯会社と地上に拠点を置く大手と契約を結んでいるため、相当のことが無い限りメーテラに何かあることはない。


(ああ……めんどくせぇ)


 まだカイルのことも頭で処理しきれていないというのに、次々に情報が流れ込む。

 対処するのに莫大な時間がかかる問題が何個も一気に押し寄せてナーバス気味だ。


(ったく)


 今悩んでも仕方のない問題について考えながら歩いていると、前から歩いてきたスーツ姿の男にすれ違いざまに声をかけられた。


「マキアさん。お話があります」


 初対面の知らない人物から名前を呼ばれたマキアは男の方に振り向いて半歩ほど離れた。

 脳内には『三番街』『ジャン』『刺客』『嵌められた』など様々な言葉が流れる。

 

「誰だ」

「あちらの裏路地まで……来ていただいてもよろしいですか?」

「なんでだ」

「単刀直入に申し上げます。私は江東こうとう社のヤジマと申します。此度はセルバン殺害の件についてお話申し上げたく、お声をかけさせて頂きました」

「……まじか」


 江東こうとう社はマキアが以前勤めていた、マガツモノ解体業者の名前だ。


 ◆


「来ていただいてもよろしいですね?」

「……ああ」


 何か嫌な予感は感じつつもヤジマの提案を断ることはできなかった。マキアは大通りから一本横に入った裏路地でヤジマと向かい合う。

 ヤジマは無駄話が好きなタイプではないのか、あるいはマキアと長く話したくないだけなのか、それともそのどちらもとかは分からないが、結論から話し始めた。


「マキアさん。あなたにはセルバン殺害、その他従業員二名殺害の責任を取って頂きたい」

「セルバンの殺害? やったのはマガツモノだろ」


 マキアは動揺しながらも冷静に言葉を選びながら答えた。ヤジマはこの程度の返しなら想定していたと言わんばかりに、すぐ切り返す。


「確かに……現場にはマガツモノの痕跡が残っていました。セルバンの死体も一部食べられていました。しかし、戦闘の痕跡があった。他の作業員には弾痕も残っていました」

「……それがなんだ」

「現場にM-36カルディンが残っていました。調べるのは大変でしたが、あなたの指紋が見つかりました」

「だからっておれが殺したと?」

「確証はありません。しかし現場の証拠からあなただと限りなく近い証明ができます」

「じゃあできないんじゃねえか。勝手な言いがかりは困る。それに、あんたのところのホームページを見る限り、あの事件を隠蔽してるじゃねえか」

「ええ……かなりの苦労をかけなければあなたが犯人だと証明はできません。それに証明するとなれば事件を公表しなければならず、我が社は損害を被ります。あなたの処分にそこまでの時間と労力をかけるのはこちらとしても望ましくない」

「だったら――」

「だからといって生かしておくのも、こちらとしては色々と問題があります」


 江東社はすでにマキアが犯人だと調べがついていた。しかし証明するためには面倒な手順を踏まなくてはならない。その上に証明する過程の中で解体現場で起きたマガツモノの被害の詳細を報告しなければならない。そうなれば会社のイメージが下がることは明白。

 社会責任も問われるだろう。

 たった一人の処分にそこまでの労力はかけられない――そうマキアは考えていた。


「あなたが殺したセルバンは社長とも繋がりがありました。詳しくは言えませんが、まあまあな関係であったようです。そのセルバンが殺されたとあって社長は怒っていますよ」

「だから責任を取らせると?」

「ええ。ただ社長も社長で現実主義者なのでリスクを計算した上で、ですが」


 事件を公表するリスクなどを考慮した上で、マキアに正当な裁きを下すのは諦めた。

 それと、とヤジマは理由を付け加える。


「あなたに弱みを握られている、というのもよろしくない」


 マキアにはあの事件という弱みを握っている。リスクはあるし、今のところやる意味もないが、その気になれば江東社のイメージを傾けることができる。

 江東社としてマキアのような潜在的な危険は排除しておきたい。それも今回動くに至った理由の一つだった。


「じゃあどうするってんだ。今ここでおれのことを殺すのか?」

「まあ……あなたの答え次第ではそうなります。しかし私としてはあまり手荒なマネはしたくない。穏便に行きましょう、穏便に」


 ヤジマは一度スーツを正した。


「マキアさん。私についてきてください。そうすれば今は穏便に済みます」

「今は、な」

「街中で殺人となると色々と根回しが必要ですから、できれば話を飲んでもらいたいのですが……」


 ヤジマは話ながら通信端末をマキアに向ける。 

 画面にはテイカーロッジの事務所で書類仕事をするメーテラの写真が写っていた。

 どうやら窓ガラス越しに取ったものらしい。


「随分と小さいレイダーハブですね。こちらとしては無関係の人まで巻き込みたくはない。だからレイダーハブを脱退してから私達のところに来て罪を償ってください」

「脅してんのか」

「それ以外に見えますか?」

「おれ以外の奴にまで危害を加えようってのか」

「いえ、分別はあります。あくまでもあなただけ。しかしもし……話を断るようならば……ということです」


 マキアは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべて、歯を噛みしめる。ベストな選択肢を脳内で探しながら。しかしヤジマはマキアに十分な時間は与えない。


「もしこの場で了承がいただけないのでしたら、もう帰ることは叶わないでしょう。今すぐ決断してください」

「断ればうちのメンバーを襲撃するのか」

「そうですね。もしかしたら、待機……させているかも、しれませんし、断ったら動きだすかも、しれません」

「外道が」


 防犯設備がある以上、事務所に押し入ることはできない。

 今はまだ安全だ。

 ただ睨まれたままというのは、今後面倒になる。


「こうして話を持ち掛けている時点で譲歩しているのですがね。外道などと……勘違いにもほどがあります」


 そもそもとしてある程度のリスクを取り、マキアに不意打ちを仕掛けなかった時点でヤジマは譲歩している。

 わざわざ話し合いをしてやっているのだ、というのがヤジマの立場だ。


「ッチ」


 舌打ちをしてマキアは考えていた。

 元はといえば自らが撒いた種だ。メーテラを巻き込むわけにはいかない。

 その上で、マキアは結論を出した。


「確か……レイダーハブを脱退してから、だったな」

「ええ。でないとレイダーズフロントに厄介をかけられますから」

「分かった。電話してもいいか」

「ご自由に」


 一息置いてから、マキアが通信端末を取り出した。

 掛ける先は当然メーテラだ。今は働いているので出てくれるか分からないが、できれば出てもらいたい。

 そう思いながら電話をかけて十秒ほど……メーテラは出た。


『どうしたの、何かあったのかな』


 先ほど生首が送られて来る事件があったばかりであるため、今電話がかかってきたということは、『何かあった』ということだけはメーテラも察していた。


『もっとまずい状況になりました』

『じゃあ何があってもここでじっとしてるよ』

『ありがとうございます』


 メーテラは詳細を話さずとも了承してくれた。


(ったく、江東社こいつらはどの立場だ)


 三番街と手を組んでいるのか、それとも全く別の独立した問題なのか。

 色々と面倒な事態が重なって複雑な問題に見えるが、話から察する限り、三番街と江東社は繋がっていない。 

 これは独立した二つの問題だ。


(あぁ、面倒だ)


 心の底で悪態をつきながら通信を切ると、マキアはヤジマと視線を合せる。


「ってことだ。提案はお断り。やり合うならさっさとしろよ」

「……面倒なことを。てめぇとやり合っても報酬は変わらねえのによ」

「知らねぇよ」

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