第24話 厄介事と禍具
禍具はマガツモノの『核』を用いて作られる最高等級の装備である。一般的に対マガツモノ用の装備の等級は十一段階で表される。
マキアが使っていたN-41カルディンは最低等級の『拾壱』に該当される。ただあくまでも基本性能での前提であって、拡張性に優れたN-41カルディンは改造に仕様によっては等級が幾つか上がる。
また防護服や強化服にも等級は存在し、それによって値段が決まっていくことがほとんどだ。
その中でも、『禍具』に該当される装備は等級が著しく高い。
最低品質の『核』に粗雑な素材が使われた禍具であっても『陸』程度の投球がある。
『禍具』の中での最低等級程度であれば、現行の科学技術を詰め込んだ装備であれば十分届きうる領域だ。
問題は『弐』や『壱』など最高等級に分類される代物である。
『禍具』の中でも特に品質の高いものが該当するとされ、現行の科学技術を基にした装備ではまず達することのできぬ高みに存在している。等級が『壱』の物に至っては片手の指で数えられる程度しかない。
その一つが元最高額懸賞首『月蝕幽狐』の核を用いた禍具——使用者呼称『墨汁ちゃん』である。
「ん……なにこれ」
マキアが握り締めた解体斧を見て、メーテラは存分に頭を悩ませた。
メーテラの技術があっても、解体斧という本来『禍具』用に作られたわけではない物に、純度こそ高いが小さい『核』を組み合わせたのがマキアの手にあるもの。等級だけで言うのならば『漆』が良いところ。
禍具にあるべき超常的な力が無いことを鑑みると、『捌』でも良い――と思っていたのだが……。
「わたしそんな力を……というか、あれぇ」
メーテラの想定ではただただ頑丈で切れ味が高い斧——というのが目の前にある『禍具』の評価だった。
まさか展開して両手斧になるとは……。
「マキア……どう? 何かこう……感覚的に……操作とかできたりしない?」
メーテラは頭の中で様々なことを並行して考えながらマキアに問いかけてみる。
するとマキアは両手斧を握ったまま、少し握り方を変えた瞬間に斧が縮まって元の解体斧に戻った。
「おお!」
「おおぉ」
マキアとメーテラ二人して驚く。
「いやはや、こんな経験初めてだよ。正直戸惑ってる。他に何かできそうにない?」
「どうですかね」
マキアはもう一度解体斧を展開して両手斧にする。
だがそれ以上に何かできそうな気がしない。
「分かんないです」
「うーむ。わたしも分からん」
メーテラでさえこの状況に遭遇するのが初めてで、腕を組んで渋い顔で仁王立ちをしているだけだ。
「……あくまで推測になるけど」
だが初めての状況に遭遇したとしてもこれまでの経験から、何が起きたのかはある程度理解できる。
『合ってるか分からないけど』と前置きを置いてからメーテラは説明した。
禍具は、素材となるマガツモノの『核』を加工して作られるが、稀にその核を宿していたマガツモノの意思が禍具側へ残留することがある。
こうした禍具を扱うには、持ち主が禍具と『契約』を結び、その力を引き出す際には『宝名』と呼ばれる合図を口にする必要がある。
特に、マガツモノの意思を宿す禍具は総じて高い等級に分類されやすく、最高位である『壱』の禍具は例外なく『契約』と『宝名』の両方が必須となる。
マキアの持つ解体斧は本来、『契約』も『宝名』も必要のない最低等級の禍具だったはずだ。
しかしマキアの意思を読み取って形態を変化させるというのならば、禍具側に意思があってもおかしくはない。すでに見せている反応から判断するに、『契約』そのものは成立していると考えてよいだろう。
『契約』と『宝名』はセットであり、もしマキアが無意識のうちに『契約』していた場合『宝名』もあることになる。
「いや、分からないです」
マキアには『契約』とやらも『宝名』とやらも、マガツモノの意思とやらも感じ取れなかった。
「だよね。『契約』を結んでるとなるとかなり高い等級の禍具になるから」
私にはそうは見えなかったんだよね、と付け足してメーテラが説明を締めくくる。
「形態変化についてはまだ説明できない部分もあるけど、取りあえずは大丈夫だと思うよ」
「そうですかね?」
「うむ、存分に使ってきなさい」
メーテラは胸を張って「ふふん」と鼻を鳴らす。
「じゃあ期待してます」
「ふふ、私の技術を堪能してくれたまえ」
「とは言っても、使う機会はあんまりなさそうですけど」
「え?! なんで?!」
片手斧を作業台の上に置いてからマキアは苦笑交じりに説明する。
「ほら、今日新しい装備を買いに行ったじゃないですか。かなりいい性能のを買ったので、解体斧を使う機会はそうそうないと思いますよ」
相当近づかれない限り、近距離武器である解体斧の出番はないだろう。
「えーーーー」
メーテラは露骨に落胆しているが、マキアは気にせずに続ける。
「まあ、そのこととか話したいことがあるので、昼ご飯食べながら説明しますよ」
「え、昼ご飯?! まさか!」
「リャンさんのところの弁当買ってきましたよ。一緒に食べましょ」
「やったぜぇ!」
◆
次の日の昼、マキアは解体斧を腰にぶら下げてレイダー稼業に励んでいた。
ナカムラアームズで買った装備はまだほとんどが届いておらず、防護服だけが店舗に在庫があったので着ている。
その他の装備は修理したN-41カルディンと防護服、それから運搬用ロボットなどいつもと変わらないものだ。
今回の大規模攻略作戦で得られた報酬が97万リム。その内、新しく買った装備代に70万リムが消えた。防護服は20万リムだ。本来であれば強化服を買った方がレイダー稼業を続けていく上で良かったかもしれない。
どれだけ良い銃器を持っていたとしても一瞬の判断ミスで攻撃を受ければ死ぬ可能性があるのがレイダー稼業というものだ。いくら強い武器を持っていてもどこかで死ぬのであれば、防御面を強固にした方が確実性が上がる。
その点、強化服は生存面でも死体の運搬面でも、様々な場面で役立つ。
しかし、強化服は最低価格のものでも100万リムは下らない代物だ。加えて故障すれば多額の修理費が必要になる。新しい装備や弾丸代などである程度は金を残しておきたかったマキアは、苦渋の決断の後、強化服を諦めた。
代わりに買った防護服もかなり性能が高く、噛みつかれたとしても破れない程度には頑丈。弾丸さえも完璧に防ぐ。
(これ以上は高望みだな)
97万リムという人生で一度も受け取ったことのない金額のせいで感覚がおかしくなっている。一度欲しい物が買えるようになってしまったら、今まで我慢していたものが弾けて『あれも』『これも』と欲張ってしまう。
20万の防護服ですら本来は手の届かない場所にあった代物。
しかし強化服が買えるほど報酬を貰ってしまうと、今度はそちらが欲しくなってしまう。
(頑張らないとな)
自制しつつ、強化服を買うために、テイカーロッジの設備を揃えるために、マキアは今日もレイダー稼業に励む。
◆
「あ、そういえばレイダーランクのことについて話しそびれたな」
常駐依頼を終えて運搬用ロボット共に細い道を進んでいると、ふとマキアは思い出した。
レイダーズフロントはレイダーの能力を可視化するために『レイダーランク』というものを導入している。全七段階で評価され、最初は『1』からスタートする。懸賞首討伐や大規模作戦での貢献度など様々な面で評価し、基準に達すればランクが一つ上がる。
マキアはレイダーになった時、当然ながらレイダーランクは『1』だった。
しかし大規模攻略作戦で女王を討伐したことでレイダーランクが一つ上がり『2』となった。
レイダーランクが高ければレイダーズフロントと提携してる店で割引や弾代の保証、レイダーハブの採用面接を受ける際に可視化された情報として有利になる。割り引きなどがあるので、メーテラに『2』に上がったことを伝えたかったところだが、昨日の昼食の時に伝え忘れてしまった。
(今日伝えればいいか)
頭の片隅にレイダーランクのことを残しておいて、一旦思考を切り替える。
もうすぐで細長い通路を抜けて非保護区域に入る。
これから運搬用ロボットと車両の荷台にのったマガツモノの死体を解体して、レイダーズフロントに売りに行く。
大規模攻略作戦が終わった後から随分と休んでいたため、今日は解体に対してそこまでの忌避感がない。
(さっさと終わらせよ)
頭の中で今後の道筋を描きながら細長い通路を出る。
すると出口の目の前にはカイルとハイディンの姿があった。
「付いてこい。言い訳をしたらこの場で撃ち殺す」




