第16話 大規模攻略作戦①
「ということで、おれは明日討伐作戦に参加することになりました」
ヴィクターとの話し合いを終えた後、細かい仕事などをこなしたマキアが、今日あったことや明日にやることなどを、夕食の際にメーテラに告げた。
まさかドロクマの大群に襲われたと予想もしていなかったメーテラは驚愕で口を開けたまま固まっている。加えて女王討伐のために組織される部隊に参加するということも聞いて、一層放心状態になっていた。
しかしテイカーロッジの責任者として不甲斐ない姿を見せるわけにはいかない、と我を取り戻したメーテラが困惑を隠しきれていないながらも平静を装って尋ねた。
「あの……なんで討伐隊に参加すると」
「色々とメリットがあると思ったので」
討伐隊はおそらくマキアよりも遥かに経験を積んだレイダーが参加する。その中で行動すれば得られるものは大きいはずだ。それと女王の討伐という一人であれば絶対に積むことのできなかった、貴重な経験を得ることができる。
足手まといになってしまうだろうが、ヴィクターから了承を取った以上、多少嫌われてでも全力で挑むつもりだ。
「そういうわけで、おれは参加することにしました」
「……なんかこう……すごいな、きみは」
マキアは基本的に一切逆らわずに淡々と目標に向かって努力をする人間だ――と、メーテラは思っていた。しかしテイカーロッジに入ることを決めてくれた時や、こうして討伐隊に参加したことなど……マキアは意思が弱いわけでも、能動的に動けないわけでもない。
「ごめんなさい、私……ちょっと傲慢だったわ」
無意識のうちにマキアのことを見くびっていたかもしれない、メーテラは自分の過ちに気が付いて訂正した。
一方でマキアは気にしていないのか、テーブルの上に並べられた料理を口に含みながら答える。
「そんなことないです。装備を与えてくれただけで恩しかありません」
レイダーとして活動できるだけの装備を与えてくれたというだけでメーテラには恩がある。
「そうかなぁ……」
マキアがどれだけの恩義を感じているのかがメーテラには分かりづらかった。メーテラもまたマキアから恩を受けているからだ。
ただ、今はその背中を押すだけにした。
「もし何かあった時のために、これ」
メーテラが席を立って加工場の方に行ったかと思うとすぐに戻ってきて、マキアに一つの小型斧を渡した。
「私が地上にいた時に使ってた……解体用の斧なんだけど、マガツモノの素材で作ってるからもし何かあったら……」
小型斧はそれなりの重量があり、装備をできるだけ軽くしたいレイダーには嫌われるかもしれない。マキアがどのような装備で、どのようなことを重視しているのか、そもそもレイダーに必要なのか、それすらもメーテラはあまり把握できていなかったが、必要ならばと差し出した。
「いいんですか」
小型斧があればもし弾丸が尽きた時に役立つ。
加えて解体用というのならば、その用途でも非常に役立つ。
マキアとしては非常にうれしい提案だった。ただ、小型斧はメーテラが地上から持ってきた仕事道具であり、自分に渡してもらっていい物なのかと迷う。
マキアはN-41ガルディンや運搬用ロボットなどを支給してもらった身だ。これ以上良くしてもらってもいいのか、メーテラに問いかけると彼女は快活な笑顔を浮かべた。
「当然、君はテイカーロッジの第一社員。特別待遇さ」
メーテラの快活な言葉にマキアもつられて笑う。
「頑張ります」
◆
次の日、マキアは保護区域と非保護区域の境目にあるレイダーズフロントの施設で待機していた。装備はいつも通り、バックパックと防護服とN-41ガルディンだけだ。運搬用ロボットだけ今日は必要ないので持っていない。バックパックには急遽買い足したN-41ガルディン用の弾倉が詰め込んである。
右も左も分からないため何を持ってくればいいか分からなかったが、どんな事態にも対処できるよう準備したつもりだ。
マキアのいるフロントエリアには巣攻略のために集まったレイダーが大勢いる。
今回、大規模攻略作戦の募集がかけられたのは実績のあるレイダーばかりということもあって、皆がマキアよりも数段良い装備を持っている。その上、経験でも実力でも勝っていることだろう。
自分の今いる位置を測り、周りとの実力差を確かめるためにマキアが回りを見渡す。
そうしているとふと見知った人と目が合う。
「……」
「……」
二人が無言で目を合わせていると、向こうから近づいてきた。
「お前も参加してたのか」
声をかけてきたのは以前、前哨基地跡で『三番街』のレイダーに絡まれている時に助けてもらった『ミケ』という経験豊富なレイダーだった。
彼は珍しい亜人ということもあってすぐに目についた。前と変わらない毛並みと高品質な装備。過去に一度だけ話しただけの関係ではあるが、周りに知人が誰もおらず孤独を味わっていたマキアは、少しばかり胸を撫でおろした。
「はい、実力不足ですけど」
ドロクマの巣を見つけたのがマキアであることは公表されていない。そのため裏の事情を知らないミケは、なぜ駆け出しレイダーであるマキアが大規模攻略作戦に参加できたのかが分からなかった。
しかし、わざわざ問いかけるほどのことでもないので、話題を変える。
「その様子だと処理部隊に配属か」
「はい。ミケさんは討伐部隊に?」
「三番街の野郎どもとな」
巣の攻略は大きく二つのグループに分けられる。
ザコを駆逐する『処理部隊』と女王を狩る『討伐部隊』の二つだ。
皆、大規模攻略作戦に集まったレイダーは経験豊富だが、その中でも序列はある。実力のない者は『処理部隊』に配属され、逆に、『討伐部隊』には『三番街』やミケなどの優秀なレイダーが集められている。
「基本的には三番街の指示に従うしかねぇな」
大規模攻略作戦の指揮は、地下都市で最も力を持つ三番街が取る予定だ。討伐部隊のほどんどは三番街で構成されているため、その部隊に所属するミケは基本的に彼らの命令に従わなくてはならない。
実力だけで言えばミケは大規模攻略作戦に集まったレイダーの中でも一番か二番程度にはあるが。
組織で行動する以上、仕方ない。
「お前は、どうして参加したんだ」
ミケがふと尋ねる。
マキアの実力は一人でグロウラーこそ狩れるが巣の攻略を安全にできるほどではない。
大規模攻略作戦に参加したとして多くの報酬を得られるほど強くはなく、十分な経験を積める段階にすらも至っていない可能性がある。
蛮勇、の一言で片づけてしまえばそれだけだが、ミケにはマキアが無謀なかけをするような人物には見えなかった。
それゆえに出てきた疑問。
「……え、っと」
ミケの質問にマキアは自分でも驚くほどに思い悩んだ。
メーテラへの恩返し、そして設備を買うためのお金と……それから……。
考える中でふと『地上に出るため』という言葉が脳裏をよぎる。
解体処理員として仕事をしていた時は『無理だ』と、無理やり押し付けてくすぶらせていた夢。
しかし今ならば叶えることができる……かもしれない。
口に出すことぐらいならば、願望を述べたっていいかもしれない。
もしかしたら、ヴィクターに『討伐作戦に参加させてほしい』と願ったのは、そうして無意識の憧れだったのかもしれない。
「《《地上》》に行くためです」
マキアの言葉を聞いてミケは真っ黒な瞳孔を少しだけ膨らませた。
「どうやって」
「レイダーなら、実力さえあれば」
「……そうか」
レイダーとして実力だけで成り上がり、地上に出るのは至難を極める。よくて地下都市の中央区に立ち入ることが出来る程度で、それ以上はほぼない。しかし、可能だ。
可能だから、ミケもレイダーになった。
「一週間後、アカデミーの試験がある。俺はそれに合格して地上に出る」
地下都市から地上に出るための方法は幾つかある。中でも地上に拠点を置く企業に拾い上げてもらうことが、もっとも確実だ。レイダーハブを部門として持ち、加えてアカデミー育成すらも行うほどに、莫大な資金力を持つ企業のすべては地上にある。
今度、何年かぶりに行われる地下都市でのアカデミー選抜試験に合格すれば、企業の権力を使って地上に出ることができる。当然、試験を突破するのは難しい。一人も突破しない年もあるうえに、採用できる人数は一人だけ。
「俺は先に地上に出て待つ」
しかしミケは自分が失敗するとは微塵も思っていなかった。事実、ミケは地下都市の全レイダーの中でも片手の指で数えられるほどの実力者。
「ほんとなら実力だけで行きたかったが……」
ミケの取った方法はレイダーだけの力ではあんく、あくまでも企業の力に頼って地上に出る方法だ。
だが、そうでもしないと地上に出るのは難しい。
地下都市のレイダーとして頂点に近い場所で足掻いてきたミケだからこそ、誰よりもそのことを知っていた。
「お前はどうなんだ」
「おれは……」
真っ先にテイカーロッジとメーテラが思い浮かんだ。
「同じです。たぶん、助けてもらうと思います」
「そうか」
ミケが満足気な表情を見せたところで、施設内に声が響いた。
「よし、お前ら集まったな」
壇上に一人のレイダーが上がり、マイク片手に集まった者達に語り掛ける。
「一応、知らねえ奴のために自己紹介をしておくが、俺は『三番街』のリーダーやらせてもらってるジャンだ」
壇上に上がったのはレイダーハブ『三番街』のボスでもあり、ミケに並ぶレイダーでもあるジャンという男だった。
レイダーハブを除き、大規模攻略作戦の現場の指揮はジャンに委ねられている。
「もうすぐで作戦行動を開始する。集まったレイダーは事前に指示した場所につけ。各々、役割を間違えないように」
ジャンが軽い説明を終えると着ていた強化服のチャックを閉めた。おそらく、簡易型ではあろうが、あの強化服一つで100万リムはする。そして情報端末や暗視ゴーグルなどの機器も合わせるとさらに金額は増える。
極めつけは彼が腰のホルスターに収めている拳銃。
あれはマガツモノの素材を使って作られた武器だ。『核』が使われていないため、禍具ではないが、高性能な武器であることに変わりない。
三番街の潤沢な資金を贅沢に使った、他のレイダーが霞むほどに高性能な装備だ。
これ見よがしに装備を見せつけたジャンが壇上から降りると、ミケが愚痴を口にする。
「ったく、三番街か」
ジャンとミケがレイダーとしての実力で争った際はミケに分がある。しかし、総合力での勝負であればジャンに軍配が上がる。
両者ともレイダーとして高みに立った者同士でありながら、築き上げてきたものは真逆。
片やレイダーとしての力を身に着けるために努力したミケ。
一方でジャンはレイダーとしての実力は当然のこと、自治会を乗っ取り三番街を作り出した。
どちらが正しかったのかは、ミケが受けるアカデミーの結果次第で変わる。
「行くか」
だが今回は組織にいる以上、ジャンの命令には従うほかない。
ミケは面倒そうにしながら事前に指示された持ち場に向かう。
マキアと一言だけ交わして。
「また会おう」
「はい」




