第15話 ドロクマ
ドロクマは女王を頂点とした生態系を築いている。子を産む女王を地中深くにある巣の中で守りながら、ドロクマの一部が斥候として新たな資源を探しに地中を掘り進む。
その際、ドロクマは女王のいる巣と自分たちが作った通路が繋がらないようにすることが多い。地中を掘り進めた先で出会った敵対生物と戦って負ければ、今度は、その敵対生物が掘り進んできた道を通って女王の巣にたどり着くためだ。
そのため、ドロクマは女王の巣へと繋がる道を閉じるべく、通路を塞ぐ。
このドロクマの生態が『通路の行き止まり』を作りだしていた。
マキアは行き止まりに到着した際、この先は何もないと考えて引き返した。
しかし行き止まりの数十メートル先には女王を中心に据えたドロクマの巣がある。
「なんで――」
生態を知らぬマキアは行き止まりであったはずの壁を突き破って現れたドロクマに驚愕しつつ、N-41ガルディンの引き金を絞る。
ドロクマは壁から半身を出した程度で弾丸で頭部を撃ち抜かれてはじけ飛ぶ。
だが頭部を破壊したドロクマの後ろから死体を食い破って別の個体が姿を現す。
(まず……くないか?)
ドロクマが突如として壁を突き破って現れたこと自体も想定外だというのに、殺しても殺しても後ろから続々と湧いてくる。
それに今まで倒したドロクマよりも大きいような気がする。
ドロクマの生態を知らぬマキアは後ろに下がりながら発砲を繰り返すが、ドロクマもまた、仲間が殺されれば殺されるほど、発砲音が鳴れば鳴るほど、女王を守るべくより苛烈になって押し寄せる。
これまでマキアが戦ってきた斥候のような小型の個体ではなく、巣を守る大型の個体までも押し寄せる。
撃てば撃つほど状況は悪くなるが、マキアにはそれ以外の選択肢はない。
すでに運搬用ロボットは出口を目指して遥か後方にいる。
一方でマキアはまだ行き止まりの近くで押し寄せるドロクマの大群を相手にしながら少しずつ後退していた。
(まずいだろ)
ドロクマ自体は一発で撃ち殺すことができるため、弾幕を張っていれば片付けることができる。問題なのは弾丸が少なくなってきていることだ。
今日の朝から今にかけて弾倉を補給せずに狩りを続けた結果、バックパックにはもうほぼ弾倉が残っていない。本来ならばそれでも十分すぎるぐらいにはストックしていた。しかしこの予想外に対応できる数じゃない。
それに残りの弾倉を取り出すためにはバックパックの中から取り出さなければならない。
すぐに弾倉を交換するのが難しい状況だ。
それでもドロクマが近づいてくる速度は変わらない。
すでに壁を突き破り雪崩のように押し寄せてきている。
「――ッチ」
弾丸が切れかけている。
あと数発で弾倉を交換しなければならない。
「あぁ! ったく!」
それでもどうにか耐えて弾倉を交換し、また撃ち続ける。
そしてゆっくりと後退するしか方法は残されていなかった。
◆
「報告、ありがとう」
ドロクマに追い詰められながらもマキアは逃げ延びた。扉を閉めて通路を塞ぎ、その後は前哨基地にいたレイダーズフロントの職員にこのことを報告した。常駐依頼の際に、例えば分かれ道があった際にはレイダーズフロントへの報告が義務付けられているためだ。
今頃、扉の奥がどうなっているのかは分からないが、職員がレイダーを手配していて警戒態勢を取っているところだろう。
レイダーズフロントの職員に今回起きたことを説明した後、マキアは職員に案内されてヴィクターという、仕立ての良いスーツを着た男と会っていた。
彼はレイダーズフロントの地下都市――その非保護区域を統括する職員であり、今回の件でマキアから直接話を伺う必要があると判断し、こうして直接話を聞いていた。
「ドロクマの件はこちらで対処する。報酬に関しては追加報酬を払う予定だ」
レイダーズフロントの施設内にある応接室で、テーブルを挟んで向こう側に座っているヴィクターがそう締めくくる。
マキアはヴィクターに今回起きたことの一部始終を事細かに話した。
ドロクマの討伐報酬、行き止まりにたどり着いたことへの達成報酬、それから巣を発見したことに対しての追加報酬の三つが支払われる。加えて積み重なったドロクマの死体を売却して、さらに報酬を得ることができる予定だ。
襲われて疲弊しているので、今から死体を解体するのは想像を絶するほど面倒だが。
少しでも報酬が増えるのならばやるしかない。
「そのことだが、こちらで取り計らっておいた」
ヴィクターはマキアのそうした懸念を先回りして答えた。
「ドロクマの解体はこちらでやる。当然、報酬もこちらで支払う」
「いいんですか?」
「巣を発見した報酬のついでだ」
それと、今回は巣の近くに生息していたドロクマであるため、解体して生態に関する情報を得る目的もあって、処理はレイダーズフロント側が行うことになっていた。
ドロクマが敵性生態の脅威から女王を遠ざけるために道を塞ぐことはレイダーズフロント側も当然知っていた。ただ今回は埋め立てた壁の近くに巣への入口があったのが珍しい。
いつもならば行き止まりの数百メートル先に巣があるのが普通だ。
そう考えると、マキアが今回出会った事例は特異的なもの。
マキアにとっては運が悪いものだが、レイダーズフロントにとっては、道を作ることで地盤を緩める原因を作るドロクマの巣を見つけられたのは大きい。そういうわけもあって、軽い感謝の気持ちも込めてドロクマの処理を負担していた。
「さて、話はこれで終わりだ」
必要な説明も終わり、ヴィクターが話を締めくくる。
「あの、231号路はどうなるんですか」
「討伐隊を集め、巣を叩く」
マキアが巣を刺激してしまった以上、女王が巣を移す可能性がある。
その前に巣を叩いて駆逐する予定だ。
「だったら、おれも参加させてくれませんか」
マキアの発言にヴィクターが眉間に皺を寄せる。
マキア自身もこの発言が生意気なものだと分かっている。ドロクマの女王と戦うのに足手まといがいればいらぬ危険が生まれる。たとえ相手がドロクマであったとしても万全の対策をするべきだ。
マキアのような駆け出しレイダーを入れるよりも運び屋を雇った方がいい。
自分のした提案が馬鹿馬鹿しいものだと、マキアも分かった上で、ダメもとで頼んでいた。
だが、ヴィクターの返答はマキアが想像していたものとは違った。
「分かった。伝えておく」
「え……」
まさか了承されるとは思わずマキアが声を漏らす。
「なんだ、やめるのか」
「いや……」
ヴィクターはマキアの表情や受け答えから、了承されると思っていなかったことぐらいは察していた。
だからこそ、親切心で説明してやる。
「いい。お前のようなレイダーに会ったのは久しぶりだ。明日は開けておけ、追って連絡する」
野心的なレイダーは多いが、その多くがたった一つのチャンスをつかみ切れずに落ちていく。
人によってはたった一つのチャンスすらも訪れない。その中でチャンスをモノにしようとしたマキアの行動をヴィクターは高く買っていた。たとえマキアにその意思がなくとも。
「話はこれで終わりだな」
「は、い」
「分かった。今日は早めに帰って休んでおけ」
「分かり、ました」
戸惑いつつではあるが話が終わるとマキアが立ち上がってその場を後にする。
「ありがとうございました」
椅子を立ったマキアは礼儀正しく一度お辞儀をして挨拶を述べてから部屋を出る。部屋に残されたヴィクターは、マキアと入れ替わりで入ってきた秘書の女性から資料を受け取る。
「アメリア、現場の状況は」
ヴィクターの言葉にアメリアはすぐに応答する。
「扉が破壊されましたが、対処しました。ドロクマの増援は今のところ確認されてしません」
「分かった。その状態で警戒を続けてくれ」
「作戦開始はいつ頃ですか」
女王が巣を捨てて逃げる可能性がある以上、掃討作戦はいち早く行わなければならない。
外部のレイダーに頼むのは契約の面で時間がかかるかもしれない。地下には有望なレイダーハブが三番街しかいないこともあり、誰かに頼むのは現実的ではない。
「レイダーズフロントの部隊を出す。《《地上》》から呼び戻せ」
「いいんですか?」
「少数借りるぐらいなら本部は何も言わんさ」
それよりも、とヴィクターは説明を続けた。
「こいつについて調べてくれ」
マキアについて書かれた一枚の資料をアメリアに渡す。
「マキア……? 今回、巣を見つけたレイダーですか?」
「ああ、最近レイダー情報を更新した。テイカーロッジというレイダーハブに入っているようだ」
「聞いた事ないところですね、それが何か?」
「責任者の欄を見てみろ」
テイカーロッジの責任者はメーテラだ。
資料に書かれたその名前を見た時、アメリアがわずかにしかめる。
「メーテラ……地上で有名な加工屋と同じ名前ですね……もしかして、まさか同一人物だと?」
「同姓同名って可能性の方が高いと思うが、数か月前に消えたって話じゃねえか。そいつが作ったレイダーハブに所属するレイダーがドロクマの巣を見つけた。調べてみる価値アリの面白れぇ情報じゃねえか」
「まあ、そうですが……」
「なんだ?」
「まずは業務を終わらせてからですね。最低でも調べるのは二週間後とかになると思います。当然、今回のように想定外の事態が起きればまた伸びますが」
「……面倒だな」
「地下都市の業務なんて誰もやりたくないから溜まってるんですよ。そうと分かったら働きますよ。明日の会議もあります」
「……そうだな」
どうやらマキアのことは後回しになるらしい。
ヴィクターは軽くため息をつくと気持ちを切り替えて業務に取り掛かった。




