第13話 地下都市の侵入者
「そういえば、マキアは女の子なの? 男の子なの?」
昨日の夕食の時、メーテラに聞かれた質問を思い出しながら、マキアがリディアの店に向かって歩いていた。
メーテラの質問に対しては軽く「どっちでもないです」と答えた。
本来ならば強化人種の子孫であることは喋らない方が身のためだ。もし言いふらしている奴がいたら、そいつは異常者かほら吹きか、実験動物になりたい志願者だ。
そういう訳もあり、マキアはリディア以外に強化人種の子孫であることを言っていなかった。しかしメーテラはテイカーロッジに入ってここまで恩を受けた以上、そして彼女の人柄を鑑みて、素直に素性のことを話した。
その後はメーテラに『下半身を見せて欲しい』と食い気味で言われたりして、軽く言い争いになったことを除けばゆったりとした夕食時だった。
「リディア」
店に辿り着いたマキアは店の奥でいつものように胡坐をかいて修理をしていたリディアの名を呼ぶ。
するとリディアは顔を上げてマキアの方を見た
「お、生きてたんだ」
「酷い言い草だな」
「正直、心配してたよ」
リディアが立ち上がって修理した依頼品をテーブルの上に置く。
「もう探索は行ったんでしょ」
「一応、生きて帰れたよ」
「そう」
リディアがマキアが背負っている運搬用ロボットやN-41カルディンに目を向ける。
「それ、どうしたの」
「まあ色々あってレイダーハブに入ったんだ。そこで支給してもらった」
「三番街じゃないでしょ?」
「当然」
「……ふーん、まあ詳しいことは後で聞くわ。今日はそれの修理?」
「頼めるか」
「はいはい」
運搬用ロボットとN-41カルディンをそれぞれリディアに渡す。
「重っ……よくこんなん持って歩けるね。さすがは強化人種」
「どうだか分からないけどな」
軽く会話を交わしながらリディアが工具片手に地面に置かれた運搬用ロボットを見る。
そして修理に際してどのような部品が必要か、どの程度かかるかを調べながらマキアに問いかける。
「それで、レイダーハブって?」
リディアは商売柄レイダーの相手をすることがある。その際にレイダーハブの話題を聞いて、ある程度の知識を持っていた。
リディアの認識ではレイダーハブに入るのは難しく、駆け出しレイダーのマキアでまず無理だろうというのが見解だ。マキアは顔がいいので、『そういう面』を評価するのならば、また別だろうが。
マキアはまずそんな扱いを望まない。
だからマキアがレイダーハブに所属したと聞いて疑問符が浮かんだ。
「テイカーロッジってところ、まあワケを話すと色々あるんだけど」
「いいよ、暇だし聞かせてよ」
「見積もりが終わるまでな」
「だったらすぐ終わっちゃうよ」
「はいはい」
近くにあったテーブルを引っ張って来て座ってから、テイカーロッジに所属した経緯を話し始めた。
だが、話し始めてすぐにそれどころではなくなる。
「……警報か」
地下都市全体に警報が鳴り響いていた。
地下都市は常にマガツモノの脅威に晒されている。それは地下二階だけでなく、マキアたちが住んでいる地下一階も同じだ。基本的には探査装置や分厚い壁に阻まれてマガツモノの被害が出る前に対処することがほとんど。
しかし稀に対処が間に合わずマガツモノが壁に穴を空けて侵入することがある。
その際は決まって地下都市全体に警報が鳴る。
リディアは一旦手を止めて店のシャッターを下ろしに行く。
「近いらしいね」
「そうっぽいな」
警報と共に聞こえるアナウンスの内容から判断する限り、マガツモノが侵入した場所はそれなりに近い。
すぐに襲われるというわけではないが、『もしかしたら』があるので油断はできない。
メーテラが店のシャッターを降ろすのをマキアも手伝う。
店の外に出ると他の店も同様にシャッターを下ろしていた。
「警報なんて久しぶりだよ」
「機械類のエリアじゃあんまり寄り付かないからな」
マガツモノが入ってきたらまず向かうのは美味しそうな匂いのする、飲食街か住宅街だろう。
機械油の匂いが充満するこのエリアにはまず近づかない。
二人が一言二言会話を交わしながらすぐにシャッターを下ろし終わると店の中に戻る。
そしてリディアは運搬用ロボットの見積もり計算に戻った。
「それにしても、化石みたいな運搬用ロボットだね、これ」
マキアが持って来た運搬用ロボットはもう生産されていない旧型の代物だ。駆け出しレイダーが買う運搬用ロボットは、大抵安物が多いが、ここまで古いのは珍しい。
「部品の規格が同じだからいいけど」
駆け出しレイダーのマキアが運搬用ロボットを使えているだけで恵まれている。それだけでレイダーハブに入った価値があるというもの。
「この運搬用ロボットとN-41カルディンが支給品?」
「ああ。それと車両と防護服、弾代とかだな」
「全部じゃん」
「ありがたいことに運が良かった」
メーテラが『地上』から来たことや加工屋であることなど、未だ謎の多い人物ではあるが、助けられているのは事実。
テイカーロッジに入れたのは幸運だった。
「それにしても、ここまで支給してくれるレイダーハブってあったかな?」
リディアが首を傾げる。
地下都市にレイダーハブは少ない。まずレイダーへの給与や装備品の費用などを負担できる組織が少ないこと、そしてレイダーハブを運用するだけのメリットがあまりないことが理由だ。
加えて三番街が地下都市では最大のレイダーハブとして君臨している以上、優秀なレイダーは三番街へと行く。
そういうわけもありレイダーハブは少ない。
あるとしても地下都市にマガツモノが侵入した際に狩ってもらうため、エリアの自治会などがレイダーを個別で雇っているケースあるぐらいだ。
マガツモノを狩り、素材にして、売却や加工をする。
この一連の流れをレイダーハブの中で完結できるのが現状、三番街だけ。
マキアの言っている『テイカーロッジ』は、リディアでも知らない規模のレイダーハブだというのに運搬用ロボットやN-41カルディンなどの装備を支給できることに、僅かな違和感を覚えていた。
「最近できたらしいからな、それに従業員はおれと社長の二人だけだ」
「少なっ! 大丈夫そこ?」
「まあ、同意見だが」
傍から見ればテイカーロッジが怪しいと思ってしまうのも無理ない。マキア自身もメーテラのことやなぜテイカーロッジを作った目的が分からず、不安な点はある。ただ現状に満足もしていた。
「取り合えず何かあるまであそこでやっていくよ」
「何かあってからじゃ……って言っても仕方ないか」
マキア自身が決断したことに口を挟むのは無粋。
リディアは口を閉じて運搬用ロボットに向き合った。
その時、シャッターの方から衝撃音が鳴る。
音の鳴った方を見ると、シャッターが大きく凹んでいた。
凹んだシャッターには亀裂が入り、そこから鋭い足の爪らしきものが見えている。
マガツモノだ。
「うそでしょ」
リディアは驚きながらも冷静に対処する。
「奥の部屋に逃げよう」
そう言って扉を開けてマキアも手招きする。
しかしマキアは動かず、代わりにN-41カルディンを持った。
「戦わせてくれ」
昔ならば逃げて、隠れて、助けが来るのを待っていた。
しかし今は自分がレイダーだ。幸いにもマガツモノを殺せるだけの武器は今手元にある。
マキアの言葉にリディアは小さく「はぁ」とため息を溢して、扉を開けたままその雄姿を見守ることにした。
(弾倉は一つだが)
戦闘になるとは思っておらずN-41カルディンの弾倉は一つだけ。相当なヘマをしない限り大丈夫だろうが、敵の数や種類によっては分からない。
すでにシャッターは破壊され穴が開いている。
その奥にマガツモノの姿が見えた。
人間ではなくマガツモノだと確定したのならば容赦する必要はない。
迷わず引き金を絞った。
撃ち出された弾丸は一直線に飛んでいきシャッターに噛みつくマガツモノの頭部に命中した。
一発だけでなく五発ほど一気に撃ち出して、五発すべてを頭部に着弾させる。
前哨基地跡とは違い暗くはなく、遠くも無い。
(そうでもなかったな)
五発の弾丸をぶち込むと、マガツモノは動かなくなった。
近くに寄って死んでいることを確認して、それから周りに他のマガツモノがいないかを確認する。その上でマキアは振り向いた。
「そうでもなかった」
思っていたよりかは呆気なく終わってしまった。
マキアがリディアにそう伝えると、リディアはマキアの頭をチョップした。
「なにスカしてんのよ。慢心しないこと」
「あ、はい」
しゅん、とするマキアの横をリディアは通りすぎてマガツモノに近づく。
「うわぁ、これどうしよ」
シャッターが破壊された上に、マガツモノから流れた血が床を濡らしている。
片付けるのが随分と面倒そうだ。
そんなことを考えながら死体を見ていると、シャッターの外から声が聞こえた。
「おい! 死んでんぞ、これ!」
その声はマキアもリディアも聞き覚えのあるものだった。
声は段々と近づいて来て、やがて壊れたシャッターの隙間越しにリディアと目が合う。
「よかった、リディア生きてたんだな」
声の主はカイルだった。
三番街は自治体と契約を結んでマガツモノが出た際の討伐を請け負っている。リディアの住んでいるこの地区も三番街と契約を結んでおり、マガツモノの出現と共にメンバーであるカイルが討伐しに来たのだろう。
カイルはリディアの後ろにいるマキアを見て、すぐ喜々とした表情を変える。
「なんだ、おまえ」
マキアが持っているN-41カルディンと頭部を撃ち抜かれて殺されたマガツモノを交互に見て、カイルは状況を察する。
「お前が殺したのか、余計なことしてくれたな」
「だっだら殺す前に来てくれ、シャッターまでぶち開けられて死ぬかもしれなかったんだぞ」
マキアがマガツモノを殺していなければリディアが死んでいたかもしれない。
マキアの発言に言い返すことができず、カイルは苦虫を嚙み潰したような表情をして、強引に話題を変えることしかできなかった。
「お前、仕事辞めたっつってたが……」
「レイダーになった」
一切濁すことなく言い切ったマキアにカイルが憎しみを込めた視線を向ける。
「お前みたいなやつが……」
カイルはレイダーになったことでマキアよりも強いという優越感があった。
自分は三番街に所属する有望角のレイダー。対してマキアは解体処理員の仕事をしながら日々借金に追われる生活。
見下せるはずの関係だった。
しかしもし、マキアがレイダーとして自分を追い抜かせば昔のようにまた負けることになる。
「そもそも! お前は借金が――」
カイルが声を荒げた瞬間、リディアの声が遮った。
「ちょっとなに言い争ってんのお前ら。まずは死体どうにかしてよ。ここ私の店なんだけど」
リディアがマキアとカイルを睨む。
「ごめん」
「ッチ、すまん」
リディアは腕を組んだままため息をつくと、カイルに死体を外に引きずり出してもらうよう頼む。
「カイル、とっとと外にやって。マキア、手伝って」
リディアに従うしかない。
マキアは内側から死体を外へと押し出してカイルは引っ張る。
それでようやくシャッターが少しだけ開くようになった。
「まったく。確かマガツモノに破壊された備品は三番街負担だったよね」
リディアがシャッターを開けながらカイルに尋ねる。
「ああ、自治会と三番街で負担だ。明日には新しいのに付け替える」
「そう」
説明を受けたリディアがため息を一つついてから、椅子に座ろうとすると、今度はマキアのものでもカイルのものでもない声が聞こえた。
「カイルさーん! 早すぎますよ! ちょっとは俺らを待っててくださいよ」
そう騒がしい声を響かせてカイルのもとに歩み寄ったのはハイディンという三番街に所属するレイダーだった。
「ハイディン、お前は遅すぎた。ちょっとは真面目に生きろ」
遅れて現場に来たことを注意してから、カイルはマキアとリディアの方を見た。
「……遅れてすまなかった。……それとマキア……いや、いい」
言葉を途中で止めてハイディンと共にその場を立ち去ろうとする。だが、ハイディンはマキアの方を見て固まっていた。
マキアもまた、ハイディンの顔を見て面倒そうな表情を浮かべていた。
ハイディンは昨日の前哨基地跡の際に車両を取り囲んでいた三番街のレイダーの一人だった。
ハイディンはマキアの顔を見ると露骨に不服そうな表情をした。
「お前昨日の奴じゃねえかよぉ! カイルさん! あいつが昨日俺が言ったやつです!」
ハイディンの言葉からある程度のことは察したのかカイルがマキアの方を見る。
「俺らの縄張りで勝手なことすんじゃねぞ。レイダーになったからには俺らに従ってもらう」
「ふゅーカイルさんかっこいい!」
ハイディンが賑やかすとカイルは苛立ちながら頭を殴って、バツが悪そうにその場を立ち去る。
マキアに鋭い視線を向けて。
「死体は後で回収に来る。それまで待っとけ。ったく」
カイルとハイディンがいなくなり、店内に静寂が戻る。
椅子に座りながら退屈そうにしていたリディアはマキアに愚痴を吐く。
「私の店で、私が被害にあったってのに、なにあれ? なんか二人で喧嘩始めるし。私のこともっと考えてっての」
「ごめん」
「謝らないでよ。罵倒しにくいでしょ」
「あ、じゃあ」
「だからって開き直らないでよ」
「……」
「それでいい」
その後、小一時間ほどマキアはリディアの愚痴を聞かされた。




