第65話
黒騎士が書いた文章を私は就寝前に思い出している。
問題が山済みなその紙片はもう既に処分した。完全に燃やす形で。灰になったソレも復元されぬ様に念入りに粉々にして水に溶かして排水溝に流した。
(マデナル王国って、何処よ?そんな国はこの地球で聞いた事も無いわよ。って言うか、王って何さ?名前も日本人じゃ無い。海外系だ。でも、そうじゃ無いんだよねぇ)
有り得ないとしか言え無い妄想の類が今、現実となっているのだと言う事に私は眩暈を覚える。
いや、もしかしたら私の知識が足りないだけでそんな名前の国があるのかもしれないけれども。
思えばこの黒騎士が現れたその時の光景と、その後に建物外に出た際のリアクションが大袈裟過ぎた事にも違和感はあったのだ、良く考えれば。
異世界、あの黒騎士はまさかそんな所から来ているのだと言う事を今の私は察したく無かったが、察してしまっているのだ。
余りにも馬鹿馬鹿し過ぎる、そんな与太話、ホラ話、妄想でしかないと言えるソレを普通は信じる事など有り得ない。
けれども私は何故だかそこを「直感」してしまった。そしてソレが食事をしていても、就寝時間になっても、その確信が揺らが無い事で真実だと言った現実を得てしまっている。
その事実は絶対に研究者たちに知られてはいけない。それだけは確実だった。
誰にソレを伝えた所で「常識」が理解を拒んで「馬鹿を言うな」と否定されるだろうが。
そもそもにこの世界に「ダンジョン」などと言う現実的に言って「有り得ない」と言える様な代物が馴染んでいる状況、環境、その他諸々が、先ず根本的にオカシイと言う事に慣れてしまっている現代で。
研究者、などと言われる者たちは違う。
(そんな事になれば長時間、黒騎士と接触していた私たちに何かしらの影響が無いかどうかを調べると言った理由で拘束されかねない。それは御免なのよ。そもそもにアンデッドが暴れたりせずに理性を持って行動しているってだけでも、それがそもそもに大問題で、大問題な、大問題だってのに)
ヒジリは余計にそうだ。それこそ「アンデッド」などと言った存在にあれほどに接近、長時間の何度もの接触だ。
ソレに関して何か人体には影響が?その調査に一か月以上もの「検査」が確実について回る事になるに決まっている。
(いや、甘い想定ね。一か月程度の期間であの狂った奴らがヒジリを解放するはずが無いもの)
それ所か黒騎士がもし奴等に捕まれば、きっと研究対象としてその狂った輩どもにずっと何時までも「おもちゃ」にされるに決まっている。
異世界、そんな見解をその狂った頭をした者たちが知ればもっと酷い未来が待って居る事だろう。
黒騎士はその存在自体だけじゃ無く、恐らくは「次元を超えて来た存在」としても見られてどんな実験をされるか分かったモノでは無いだろう。
(私はその黒騎士と最初っから関わりたく無かったって言うのに、今じゃその黒騎士の心配?冗談じゃないんだけどな。私がこんなに悩んでるって言うのに、まあ、三人とも気持ち良さそうに眠りやがって)
私だけが起きている。今は夜中の十一時だ。
ダンジョン変動から脱出できて以降、あれよあれよと色々な事が有り過ぎて疲れているのに眠れない。
私の精神は黒騎士の書いたあの文の内容の重みのストレスに晒されている。そのせいで精神が昂り過ぎて寝る所では無いのだ。
その問題の黒騎士は寝室の外、その扉の前に突っ立っている。
(どうやら就寝中の警護をしてくれるって事なんだけどもさ。アンデッドだから寝ないでも大丈夫って?今日の所はまだその「危険」は流石に無いと思うのよね。ヒジリが何も言及していないから、勘って言って)
今日は大丈夫でも明日からは分からない、と私は心底思っている。
何故なら政府が動き出したと言う事はそれだけ大事になると言う事だから。
それだけ黒騎士の情報が拡散されると言う事に他ならないから。
でも最低限で今日の所はヒジリが「勘」などと口にしてはいないので身に危険は起き無いだろう。
(今日まで情報が抑え込まれて来てた事って、奇跡なのよねぇ・・・ああ、もうこの先で私にできる事って、無いわ)
恐らくは時間が経てば海外からもこの「黒騎士」の事を調べようとする者たちが接近して来るだろう。
これまでの常識、それをひっくり返すその存在に興味を惹かれ無い訳が無い。
ここで漸く私は諦めがついた。もうどうしようもない。
小娘一人で出来る事はもう既に無い。その中で一番の功績はメモ書きを完全に燃やして証拠を隠滅した事のみ。
最悪の事態を想定するとキリが無いのだ。私にできる事はこれ以上無いと悟ってしまう。
(コミュニケーションが黒騎士と取れる様になった事は、もうこうなれば寧ろ逆よね。取れずにいたままの方がマシだった。ヤバイ爆弾抱えたまま明日を迎えなきゃいけないのかぁ・・・私の胃、明日もつのかしら?)
この先の事を思い大きく溜め息を吐き出した私はその後に一気に体の力が抜けて睡魔に瞬間的に襲われて意識が落ちた。
そうした翌日、私はエミコに起こされた。
「イチカ、珍しいじゃない。アナタが最後に目を覚ますってね。どうしたのかしら?何か気になる事でもあって悩んで眠り損ねた?」
「そういう勘の良い所あるわよねエミコは。お察しの通りよ。はぁ~・・・知らない方が良い案件だけど、聞いとく?アンタらは基本的に楽観しかしてないし、羨ましいわ。」
「あらそう?じゃあ聞か無い。」
「・・・あっそ。その方が良いし、もしも察しても、きっとソレ、口に絶対に出さない方が良いわよ。」
「あら?イチカがそこまで言う案件?じゃあ忠告にちゃんと従う様にさせて貰うわ。で、朝食は部屋に運んで来て貰ってあるから一緒に摂りましょ?」
「何でそんな冷静で呑気なのよ・・・まあ、腹が減っては戦は出来ぬ、か。あー、しんどい。」
そう言ってベッドを出た私が次に見た光景はモグモグと嬉しそうに朝食を摂っているマリエの顔だった。
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